第五話:流浪と放浪の漂泊流離


 ゴブリン。それはどこにでもいる魔物の一種。体表が緑色で大きな鷲のような鼻。体は小さく子供ぐらいの大きさで臆病な性格が特徴だ。

 森のヒエラルキー最下位で、基本的に数十匹で群れを作って生活をしている。こちらから手出ししなければ、向こうも逃げるだけの哀れな魔物。


 そんなゴブリンについて、ここ最近特に数週間前からひっきりなしに辺鄙な場所にある冒険者ギルドに情報が寄せられていた。

 なんでも、頭が二つあるゴブリンがいただの、数百匹のゴブリンが大きな群れを作っているだの、大きなゴブリンがオーガを撲殺してただの。


 そんな荒唐無稽な話ばかり。


 いくつかの冒険者パーティーが調子に乗ってそいつらに手を出したところ、無数のゴブリンに群がられ、ボロ雑巾になった話も聞く。


 もし、その時に冒険者たちが死んでいたことになっていれば、冒険者ギルドも重い腰を上げ、王都にいる上級冒険者たちの派遣などもしたがそんな情報はまだない。

 だからこそ、冒険者ギルドは冒険者たちが自分達から手を出し、ゴブリン程度に負けた恥ずかしいことに尾鰭をつけて流しているだけだと認識していた。ただでさえ、隣接している帝国から不穏な話が聞こえてくるのに、これ以上ゴブリンにかまけている場合ではなかった。



【近隣の森にて調査】



 そんな依頼が掲示板の隅っこに貼られてある前で睨めっこしている一人の男性。その後ろには三人の人物。


 彼らの名前は《流浪るろう放浪ほうろう漂泊ひょうはく流離さすらい》。頭が頭痛で激痛みたいに痛い、という感じにちょっとおかしい名前にしか聞こえないが、本人たちは本気で考え抜いたパーティー名。

 しかし、酒場に行くたび馬鹿にされるのも当然だ。誰が聞いても小馬鹿にしたくなる。


「当面、金銭面に問題ないだろうから、ちょろそうなこれにするぞ」

「ザックがそれでいいなら構わん」


 最初に声を上げたのは《流浪るろう放浪ほうろう漂泊ひょうはく流離さすらい》のリーダー、自称流浪るろうの伊達男、ザック。

 本人は男なら髭だろ、と考えここ数十年は切っていないボサボサの髭がトレードマーク。そろそろ絵本にも出てきそうな賢者ぐらいの長さだが、まだまだ切るつもりはないらしい。


 ザックへ返事をした男は自称放浪ほうろうの狼、レオル。

 体毛は濃く、頭部から伸びる二つの耳ですぐさま獣人族だとわかる。大きな口はなんでも噛み砕けそうだが、どこか気の抜けた表情。

 放浪の狼と自分で言ってるのも、彼が獣人族から分類した狼人族だからだ。


「右に同じく」


 生真面目そうな凛とした声。自称漂泊ひょうはくされし麗人れいじん、ミリー・レン。

 ザックとレオルと違い、名字があることから気づくと思うが正真正銘の貴族の令嬢だ。両親は娘がこんな頓珍漢な名前で冒険者をしていることに大層嘆いているらしい。

 声と同様、溌剌とした顔立ちに淡い青色のストレートで長い髪。


「いいよいいよー。なんでもいいよー」


 最後に適当に返した人物。自称流離さすらい極意ごくい、ブラッツ。

 ミリー・レンと同じ女性だが、見た目も性格も真反対。どちらかと言えばレオルに似ている雰囲気だろう。やる気は感じられないが、滲み出る魔力は色濃い。

 気だるけな様子で魔法使いのトレードマークである杖で背中をポリポリかいている。もし魔導国家のお偉いさんが見ていたらブチ切れそうな扱い方だ。

 その上、服装もだらしない。明らかにパジャマの上から鎧当てをしていた。近くにいる男性冒険者もブラッツの豊満な胸に目が吸い寄せられ、チラチラ覗いている。



 ここで気づいた人もいると思うが、《流浪るろう放浪ほうろう漂泊ひょうはく流離さすらい》は全員が自称しているあだ名をつけただけだ。


 本当にダサい。


 もう少しなんとかならなかったのか? そんな疑問を抱くがそれを笑った冒険者たちは大抵数分後には下着一枚すら残してもらえず、身包み剥がされる。

 ダサいパーティー名の癖に無駄に強い彼ら。というより、彼らは全員S級ランク冒険者。ここへやってきた理由は結構複雑なんだが、これ以上は長くなるから一旦割愛しよう。



 全員の返答を聞いてからザックは受付嬢の方へ歩いた。


 最初はどことなくキリッと真面目な顔をしていたが、すぐにだらしない顔に変化。視線は受付嬢の大きな胸に吸い寄せられている。ふむふむ、と意味ありたげに呟きながら受付嬢の鎖骨辺りにあるホクロをまじまじ見るザック。

 髭を撫でて格好つけているつもりだが、変態オヤジにしか見えない。


「これを受けよう」

「……はい」


 辺鄙な街にある冒険者ギルドの受付嬢。王都より更に遠い北方連合の辺りで活動しているザックたちを知らないようだ。

 受付場は一瞬ザックのいやらしい目線に侮蔑のこもった視線を向けるが……さすがは受付嬢、ぐっと堪えた。


 ザックから依頼の紙を受け取り、さらさらっとペンで何かを書いていく。


「……お名前を聞いても?」

「《流浪るろう放浪ほうろう漂泊ひょうはく流離さすらい》、流浪の伊達男、ザックだ」

「……は、はい」


 名前を聞いて受付嬢はむせ返りそうになったが、仕事は仕事。オンとオフを切り替えることができる受付嬢。

 なんとか心を落ち着かせ依頼の紙に名前を書いていく。


 そこへ嘲笑う声と共に一人の冒険者が近づいてきた。



「おいおい! なんだよ、そのダッセェ名前はよォ! しかもなんだ? 流浪の伊達男ってよォ!?」



 スキンヘッドの大男だった。人より少し高身長のザックですら、見上げなければならない。ザックは額にピキピキと筋を作りながら振り返る。

 

「流浪以外は俺もダセェと思「「「あァァアア!?」」」


 ザックが苛立ち気に返してる途中、三つの怒声が冒険者ギルド中に響いた。


「ざけんなァ! 放浪のどこがダサいっつうんだよ! 他の方がダセェだろうがァァ」

「貴様たちが名乗っている方が変だ!」

「てめぇら、ぶち殺すぞ!」


 まるで小さな檻の中に数十頭の猛獣をぶちこんだような有様。たちまち吹き荒れる魔力の暴風。


 スキンヘッドの大男は一瞬にして顔色が悪くなり、何度も大きくペコペコして逃げていった。


 しかしそれで終わるわけがない。火の中へ大量の油を注げば、そうそう鎮火するはずがない。《流浪るろう放浪ほうろう漂泊ひょうはく流離さすらい》の四人はその場で殴り合いを始め、魔法をぶっ放し、たちまち冒険者ギルドを半壊させてしまう。


 当初は簡単な依頼だけで済ますつもりだったが、一瞬にして資金が吹き飛んだ。返済するため彼らは調査依頼を中止し、山を五つほど越えた場所にいるドラゴンを狩りにいったそうだ。


 最終的に森の調査を受けたのは、半壊になった冒険者ギルドに目をパチクリさせた新人パーティーの若い四人組だった。


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今日も今日とて、聖なる鱗粉で森の生き物を魔融合させるぜ 羽場 伊織 @HabaIori

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