#03 姑当日発送
年が明けて1週間が経った。
日常を再開していく世界を横目に、私は年末年始特有の怠惰な生活に取り残されていたので、気合いを入れるために「姑当日発送」サービスを利用してみた。
年末年始の期間中、無限に実家で怠惰をむさぼっていた私にとって、日常が再開されていく社会に戻ることはおせちの黒豆を一発でつまむことより難しかった。
三が日を新年のめでたい期間として定めたのは一体誰なのだろう。本当に3日間、大晦日あたりとかも入れて5日間で足りてたのだろうか。
もしかしたらその人はおせちづくりとか挨拶とかあって、「もう年末年始なんてこりごりだよ〜〜〜!」となっていたのかもしれない。それなら三が日で正解。
別に私も「もう仕事はこりごりだよ〜〜〜!」と思っているわけでも、「三が日を三百が日にしてくれ!」と思っているわけでもない。
しかし、どうもオンとオフの切り替えが苦手な私にとって、休み明けの動き出すタイミングはやや疲れてしまうものなのである。
オンオフのスイッチが多分適当な作りになっているから、餅も食べたいし映画を連続で見てゴロゴロしたいけれど、仕事には行ける…という微妙な心持ちのまま活動をぬるりと再開してしまった。仕事から一人暮らしの部屋に帰ってきてもいつも通り家事が進まず、なんとなくダラダラしていた。
そうこうしていると週末になっていてまた休みが訪れたのだけれど、なんか部屋は汚いし、年末あたりに冬を感じたくてルンルンで買った餅がキッチンに鎮座しているし、実家の賑やかさがなくて寂しいし、全体的に締まっていない。こんな年明けは嫌だ。
部屋の一角だけちょっと綺麗にして、餅のアレンジメニューを見ながら週末が終わっていく未来が見えたので、以前広告で見かけた「姑当日発送」サービスを利用してみることにした。
振り返ると、この時に広告を思い出して良かった〜と思う。
基本的に広告から何かを買ったりサービスを利用するのは避けている。何も調べずに広告に即物的に飛びつくと、痛い目に遇うような気がする。リサーチ大事。
しかし、追い詰められたらすぐ広告に飛びついてしまうことも割とある。
先日もめちゃくちゃ疲れて適当にネットサーフィンをしていたときに、下からぼやぁっと出てきた乙女ゲームの広告を気がついたら押していて、いつの間にか美男子に囲まれた学園生活を送っていた。疲れた心に良い広告。
こういうタイミングをいつの日か掴むために、数多の広告がぼやぁと現れては×を押され、スクロールに合わせて追従してきてはタブごと消されているのだと思う。広告ってすごい。
汚い部屋を見つめていると、穏やかそうな女性のシンプルなイラストと「優しさと厳しさ、サービスしてます!」と言うピンク色のポップな文字の広告が、私の脳内にぼやぁと浮かんできた。優しさと厳しさを欲していた私は×を押さず、ブラウザで姑当日発送の公式サイトを検索してみた。優しさと厳しさ以外にも家事を手伝ったりしてくれるのかな…!という希望もあった。
姑当日発送サービスの【fast shooters】には、「家事プラン」「居間でお茶会プラン」「孫プラン」などいくつか選択肢があった。
色々と検討して、とりあえず初回限定の「姑におまかせプラン」を選んだ。3時間パックで1万円だそう。よくわからないけど安いと思う。通常プランだと1時間4500円〜になるみたいだ。
「姑におまかせプラン」というのは予約時にぼんやりと希望を伝えるか、姑と対面で相談して、注文者の状況にあった姑のサポートを受けるられるプランだ。
3時間もお姑さん、というか知らない人と家に居れるだろうかと思ったけれど思い切って申し込んだ。
プランを選ぶと、お姑さんのタイプの選択があった。ぼんやりと、家庭教師の先生のタイプを選んだ時のことを思い出した。あの時は結構しっかりと弱点を指導してくれる雑談の少ないタイプの先生を選んだ記憶がある。賢くてクールな大人への憧れ。
家庭教師と同じような感じで、「優しめ」「厳しめ」をまず選んだ。今はやや疲れているので優しめを選ぶ。
厳しめの方に「息子を支えるあなたがこんな部屋だと心配になりますわねぇホホ」みたいなことを言われても良かったかもしれない。ハートが強い時か気合を入れて欲しい時にまたお呼びしたい。
ざっくりとした性格の選択後は、「距離感」について選ぶ画面が出てきた。お姑さんと私がどういう距離感なのかを設定できるとのこと。リアルを感じる。
「距離感」の選択肢は以下の3つ。
1. 同居している
2. 同じ市内、もしくは県内等の車で数時間内の距離に住んでいる
3. 遠方に住んでおり、たまに訪問してくる
私は結婚していないしお姑さんとの距離感なんてわからないけど、遠すぎず近すぎない、でも繋がりを感じる時間が欲しい…とつかれたことを考えていたので、2を選択した。
これで大体の予約は完了した。オプションで「いびり」の追加もできたのだけれど、上級者の匂いを感じたので今回はお預け。
いびりサービスを受けている人の声が聞きたい。「姑」の醍醐味みたいな部分があるのだろうか。
真に迫る姑を感じたい時とか、将来の予習などに使うのもいいかもしれない。
最後の自由希望欄には「元気になって気を引き締めたい」ということと「部屋に年末年始の雰囲気が漂い続けている」という旨を記載した。
【fast shooters】の魅力の一つとして、「当日発送」がある。思い立ったが吉日というように、その日に行動を起こしたい!という気持ちにも応えてくれるのだ。ありがとう。
土曜日の11:00ごろに予約して、人を呼べるくらいには部屋を片付けて待っていると13:00にインターホンが鳴った。
お姑さんを呼んだ時点でサービスは始まっていたのかもしれない。片付けの最中は「なんかよくわからんけど注意されたくない」という緊張感があった。
返事をしつつドアを開けると優しそうな黒髪の母くらいの年齢の女性がカバンを片手に立っていた。「ごめんなさいね休日に!今日は一人?」などとやや笑いながら入ってきた。絶妙な距離を感じる。いい。
新年の挨拶もそこそこに、少し雑談を交わす。年末年始には義実家に行っていない設定なのか、「(私の名前)さんもご両親とゆっくりできた?またうちにも顔を出してくださいね。」などと言ってくれる。優しいなぁ…優しめプランでよかった…。
具体的なサービスの内容としては、お姑さんが「お仕事大変なんでしょ」と快く掃除を手伝ってくれたのと、残った餅を郷土料理?のレシピで調理してくれた。美味であった。細切れにして焼くと保存が効きますよ!などという知識も授けてくれた。
予約するときは、母や家事代行の方ではなく「姑」である必要はあるのか?と思っていた。しかし、母ほどは近くないけど確かな気遣いと優しさからくる暖かみのようなものが感じられて、緊張しつつも和やかな気持ちになれた。
いい距離の年上の女性との関係って、なんだかんだ社会で得られるのは難しいことを再認識した。「厳しめ」の方だとまた違った姑の温度を感じられるのだろう。
どちらにせよ、姑の距離感を演出できるこのサービスと、スタッフの方々が本当にすごいなぁ。新年を抜け出せない人間も、明日から頑張ろう!と思えた。
帰り際、「大変だろうけどお仕事も家事も頑張ってくださいね。息子をよろしくお願いします。」と言い残し、お姑さんは帰って行った。メリハリをつけた生活をしろよという激励を感じた。
部屋に戻ると、いつもは掃除しない箇所が綺麗になっていて、緊張感のある相手が来たんだなぁ…としみじみした。窓を開けて空気を吸うと、本当に姑が帰った後のような妙な安心感があった。ここは私の城。
大変貴重な体験だったのでまた頼んでみたいなぁと思う。独特の欲を覚えつつ、今日の晩御飯のことを考えた。自炊しよう。
架空エッセイ 群田紫星 @gunda_shisei
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