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 中は暗く、窓がない。ロイドが「パスカル」と呼びかけて彼にライティングを求めようとしたその刹那、ぼんやりと足元が照らされた。部屋の隅、床の上にぽつぽつと置かれた球体が発光したのだ。続いて微かな振動を感じ、それからざざっという雑音が耳に響いた。


「ようこそ。こちらは真・秩父神社です。人類の遺産を未来へと遺す為、ここは作られました。あなたは生き延びた人類としてその意思を未来へと伝える義務があります」


 女性の声、に似せた機械音声だった。パスカルの自然な発音とは随分と違う。かなり旧式のシステムを用いて造られたものだろう。


「ねえ」


 ロイドはパスカルにどうすべきかと尋ねようとしたが、まるで二体を導くかのように足元の床に滑走路のような点滅が現れ、それが真っ直ぐに奥へと伸びた。


「これがエネルギィ反応の正体なんだろうか」

「偵察用ドローンが上空から感知できるほどの熱量は確認できない」

「でも何かはありそうだね」


 パスカルは不満そうだったが、歩き出したロイドに続いた。

 奥にはまた別の扉があり、その前に立つと自然と開く。エレベータだった。乗れ、ということだろうか。


「ここの非常電源は持つと思う?」

「情報不足だ」

「だよね」


 彼に聞いただけ無駄だったと思い、ロイドは気にせずそれに乗る。ロイドが乗っても落ちない、と分かるとパスカルはゆっくりと後に続いた。


 無事に目的階まで到着して扉が開くと、目の前に広がったのは巨大な空間だった。どこに照明があるのか分からないがまるで陽が差した屋外にいるかのように明るい。足元は砂に模した素材で埋められ、その一部に石のようなタイルが道を作るようにして一列に並んでいる。飛石と呼ばれるものだ、とパスカルが言った。

 その石に導かれた先にはロイドの身長を十倍程度にした大きな壁が立っている。近くまで歩いていくと石碑だと分かった。石に文字が掘られ、その上からコーティングされている。


「これが人類の意思?」

「石だな」


 パスカルの発音がロックに聞こえて小さな笑いが漏れたが、彼にその意思はなかっただろう。

 刻まれているものは大昔の日本で短歌と呼ばれていたものに形状が似ていた。漢字とひらがなを用い、一定の文字数で意味を成すように構成する。

 たとえばこんな具合だ。


『むらさきのひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る』


 ロイドたちにはその意味は分からなかったが、かつてこの地で暮らしていた人々にはこれが読み取れたのだろう。


「これを遺す為に無駄なエネルギィを?」

「そのようだ。だが無駄というのは我々の価値観で、これを遺そうとした者たちからすればそう考えてはいなかっただろう」

「そうだね、パスカル」


 エレベータで一階に戻ると、そこには小さな生き物が二匹、彼らを待っていた。タヌキ、と呼ばれたものによく似ている。彼らは手にした缶詰を一つだけ置いて、この建物を出て行った。(了)

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武蔵野に遺りしモノ 凪司工房 @nagi_nt

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