大文字伝子が行く77

クライングフリーマン

大文字伝子が行く77

午前9時。大文字邸。台所から高遠が寝室に向かって、怒鳴っている。

「伝子さん、朝食だよー。眠り足りないだろうけど、起きてー。」

全裸にガウンをまとっただけの伝子が頭をかきながら、出てくる。

「学。食べたら、また眠っていい?」「事件がなかったらね。」

「今朝はお茶漬けかあ。たまにはいいな。」

EITO用の部屋でアラームが鳴った。「何か着てくる。出ておいてー。」大きなあくびをしながら、伝子は寝室横のクローゼットに向かった。

画面の前に高遠が座ると、「おや。大文字君は?」と高遠に尋ねた。

「今、起きたばかりで、着替え中です。何か事件ですか?」と高遠は応えた。

「病院ジャックだ。」「病院ジャック?立てこもりですか?」「しかも、制服巡査だ。君のよく知っている、池上病院だ。若い看護師を人質に取っている。」「要求は?」「総理退陣だ。」「無茶な。」「立てこもり犯人は大抵無茶言うもんだ。」

「新総理に恨みがあるんですかね。」「さあな。」「警察は?」「既に柴田管理官が交渉している。病院業務はストップ。午後からオペの予定だが、八方塞がりだ。」

「理事官、まさか、交番か駐在所勤務の巡査とか。」伝子はセーターとスカートだけ着て、モニターの前に座った。

「まさか、ノーパンノーブラじゃないだろうな。」と、理事官は探りを入れたが、高遠には『指摘通り』の事実を見て黙っていた。

「まあいい。長期戦になるかも知れないから、1時間後にEITOに来てくれ。正装でな。」

画面は消えた。「伝子さん、バレバレですよ。早くお茶漬け食べて、身支度しましょう。」「お前は、本当に優しい夫だな。」「今頃気がついたの?ハリーアップ!!」

午前11時。EITOベースゼロ。「状況は?」と伝子は、なぎさに尋ねた。

「おねえさま・・・。ちゃんと着ているわね。ノーパンノーブラじゃだめですよ。」

「了解。あかりに笑われるな。気をつけるよ。ああ。浜田はもう一人前だな。今回から正式にメンバーにしよう。」「それは、異議無し。」

会議室。河野事務官と枝山事務官がやって来た。

「西村病院、ロート病院でも相次いで病院ジャックが発生しました。連続テロですね。手口はいずれも同じ。巡回に来たと思わせて、人質を取り、拳銃を突きつけている。今回もダイナマイトを身に着けています。各所轄と、警視庁からの応援の警察官が向かいました。」と、河野事務官が報告した。

「要求は?」と結城が尋ねた。「総理退陣。」「無茶だ。いや、不可能だ。」と、伝子が発言した。

「取り敢えず、順番に行こう。幸い、池上病院には、池上家からの秘密の通路がある。なぎさ、池上家に向かえ。浜田、平服で病院側から回り、フォローだ。」

なぎさと浜田はオスプレイに乗りに行った。

「では、今回の作戦会議の前に、前回の事件の報告から。久保田管理官。」

理事官から指名された久保田管理官が説明を始めた。

「生島悦子ことハン・悦子は、10年前に帰化しました。5年前の『テーブルマナー』研修で10人の若い警察官に『時期が来たら言うことを聞け』と洗脳しました。今回、その『指令』で集めて、お互いにダイナマイトを装着させたそうです。あのトラックには、大きな振動があれば爆発する仕掛けがありました。彼らは、『死ぬのを待つ役割』を与えられたそうです。福島のダイナマイトですが、実は逃げる犯人を目撃した人物がいたのですが、公表せずに調査していました。制服警官だったからです。その目撃者に10人の警察官の写真を見せましたが、首を傾げていました。そこで、漆山商会の社員の写真を見せたら、副社長の江木に指をさしました。詰まり、ダイナマイトを盗んだのは、制服警察官ではありませんでした。」

説明を切った、管理官にあつこが言った。「詰まり、制服警察官に汚名を着せ、警察が不利になるように仕掛けた、ということですね。」

「そうだ。そして、ハンは『お陰でEITOが誇るエマージェンシーガールズのチームワークがよく分かったわ』、と笑い転げた。」

今度は、増田が声を上げた。「管理官。ひょっとしたら、ハンは『死の商人』では?」

「簡単に認めたよ。お前達の呼び方では、そうなるな、と。」

金森も負けずに声を上げた。「分散作戦だわ、きっと。」

「多分ね。」と、草薙が言いながら、入って来た。

「理事官。アンバサダー。今度は花井病院です。いずれも10キロ圏内です。」

「残念ながら、以前の事件のような五芒星とか六芒星の軌跡は書けませんね。」プロファイラーの枝山事務官は言った。

「では、分散作戦で対処しましょう。」

伝子には、考えがあるようだった。

午前11時半。池上家。なぎさが、玄関を訪れた。「大文字さんから聞いています。一佐は、ここで着替えて。」

なぎさが着替えている間、池上院長は、どこやらに電話をしていた。病院内の誰かだ、となぎさは思った。

池上院長は、着替えたなぎさと共に、大浴場に入り、大浴場から続く秘密の通路から病院内に入った。そこは、オペ室の一つだった。

オペ室から外を伺い、看護師長の真中瞳が合図を送ってきた。犯人の巡査の背後から、なぎさは急襲し、送り襟締めで失神させた。しかし、犯人は時限装置のスイッチを押した。すぐに、爆発物処理班が解体にかかった。

浜田は拳銃を回収した。「それは、柴田管理官に渡して。」となぎさは浜田に指示をした。なぎさは、池上院長と、今出てきたオペ室に引き返した。

館内に放送が流れた。「犯人が逮捕されましたが、業務を再開するまで、しばらくお待ちください。」

池上家の外。なぎさは、バイクで待ち構えていた伝子の後ろに跨がった。

「おねえさまの後ろに跨がるの、意外と初めて。嬉しいわ。」「行くぞ!」

同じく午前11時半。ロート病院。所轄の警察官と青山警部補が犯人の説得を続けていた。

そこへ、般若の面を被った和服姿の女性が電動スケーターに乗って登場。犯人に体当たりした。

拳銃は宙を飛び、愛宕がキャッチした。人質は、すぐに逃げた。般若の面の女はどこかへ消え、結城警部が逮捕した。しかし、犯人は時限装置のスイッチを押した。

「しまった。時限装置が・・・。」愛宕が困惑していると、オスプレイから駆けつけた井関五郎が「お待たせしました。私が解除します。」と、解除作業にかかった。

同じく午前11時半。西村病院。中津警部補が犯人の説得を続けていた。ロート病院同様、看護師を人質に取り、総理の退陣を要求していた。

そこへ、白バイに乗ったまま、早乙女が突っ込んできた。早乙女の大きな体の陰から、あかりが犯人の足首目がけてシューターを投げた。

怯んだ犯人の巡査は、どこからか飛んできたブーメランに拳銃を弾きとばされ、中津警部補がキャッチした。

「こうなったら。」と言うが早いか、犯人は時限装置のスイッチを押した。

ブーメランを飛ばした、エマージェンシーガールズ姿の金森と、制服警察官姿のあかりは男を後ろから羽交い締めにした。人質の看護師は脱出した。早乙女は、白バイのボックスから道具を取り出し、解体作業にかかった。

「私にはね、3人の子供がいる。可愛い子供達を親無しにはしたくない。あんたも、子がいるそうだな。あんたの子供も親無しにはしない。」と早乙女は作業をしながら言った。「何を言っている。あんたらも巻き添えで死ぬぞ。」「どうかな?」とニヤリと早乙女は笑った。

同じく午前11時半。花井病院。久保田警部補が説得にかかっていた。エマージェンシーガールズ姿の増田と、あつこが駆けつけた。増田がシューターを放ち、あつこがブーメランを投げて、男に急襲した。ここでも、他の病院と同じことが起こった。人質の看護師が脱出した直後、犯人の巡査は時限装置のスイッチを押したのだ。

あつこは、解体作業に取りかかろうとしたが、「ここからは私たちの出番だよ、エマージェンシーガールズ。」と言って現れたのは、鑑識の井関権蔵と、その部下だった。

「久保田警部補。解体作業にかかります。」と、井関は敬礼をして言った。

「よろしくお願いします。」と井関に敬礼を返した久保田警部補は、あつこに頷いた。午後12時15分。池上病院。爆発物処理班班長鳥島が見たのは、カウントダウンをしていたディスプレイ部分に現れた文字『5番目のスイッチが入った。爆発まであと1時間30分』だった。

同じ頃。ロート病院。井関五郎も、解体した直後に同じ文字を見た。

同じ頃。西村病院。早乙女も解体した途端に同じ文字を見た。

同じ頃。花井病院。井関権蔵も同じ文字を見た。

同じ頃。EITOベースゼロ。「陽動だったのか。嵌められたのか、我々は。」と理事官は言った。

枝山事務官は言った。「どれかが解体されると、その時限装置自体のスイッチは入るが、5番目の時限装置が稼働する、仕組みか。しかし、どうやって連動させたんだろう。10キロ圏内なんですよね。病院はどこも。長波ホイッスルは届きますよね、草薙さん。」

「でも、紛失した長波ホイッスルはないですよ。敵の何人かは見ただろうけど、偽造はどうだろう?出来るかな?」と、草薙は言った。

大文字邸用のモニターから、高遠が言った。

「もっと、アナログですよ、きっと。詰まり、仲間が病院にいて連絡すればいい。DDメンバーに頼みました。みんな、聞いてる?高遠がLinenの声をスマホの外部スピーカーに繋いで流した。

「こちら、西村病院の南原。高遠さんの言った通り、患者は右往左往する人が殆どなのに、逮捕された直後に公衆電話に向かった人がいた。勿論、写真を撮ったよ。」

「こちら、ロート病院の依田。南原さんに同じ。怪しい人がいたから、写真を撮った。」

「こちら、池上病院の山城。。僕も怪しい奴を見付けて撮ったよ。」

「こちら、花井病院の服部。右に同じ。人の流れに逆らって移動する人間って、意外と目立つよ。」

「みんな、久保田管理官に写真を送って。さて、5番目の病院だが・・・そうか。」

「分かったんですか?高遠さん。」と、枝山が不思議そうに言った。

「アナグラムかな?と思って病院の名前を並べました。池上病院、ロート病院、花井病院、西村病院。この順で来るのは頭に『ほ』が来る病院で、10キロ圏内に入るのは本庄病院。草薙さん、エマージェンシーガールズに連絡して下さい。理事官。ホットラインで池上先生にも、本庄病院に警告の連絡をお願いします。」

「了解した、ホームズ君。」「ワトソン君じゃなかったんですか?」「金田一君にしよう。」

河野事務官が理事官に報告した。「理事官。島之内署管内の如月駐在所から電話が入っています。橋爪警部補です。」

「スピーカーをオンに。」と理事官は指示した。

「橋爪です。部下の城田巡査が無断欠勤をしているので見に来たら、戸締まりせず、誰もいません。」「逃走したか?」「いえ。今回の連続事件に関係しているのでは?」

高遠が割って入った。「拉致されたかも知れません。それも本庄病院に。今、福本に言って、元警察犬のサチコを向かわせました。匂いの分かる物を誰かに届けさせて貰っていいですか?」

「聞こえたか?橋爪君。」「今の声は誰ですか?」「EITOの特別捜査員だ。」

本庄病院。伝子、なぎさ、大町、右門、安藤は、いち早く到着した。想定外に対応するための『遊軍』を伝子は用意していたのだ。みちるには自宅待機をきつく申し渡していたから、来ていない。

対応したのは、本庄時雄、本庄病院の副院長だった。

「ウチは、立てこもりされていませんが、これから立てこもり事件が起こるのですか?」

「いや、既に爆発物がセットされている可能性があります。」と伝子が言った。

「今、指示通りに、使用していない部屋や掃除道具入れなどをチェックしていますが・・・。」

「我々も手分けして探します。行くぞ!散開!!」伝子達は死角になりそうな所を探し歩いた。

歩いている内、伝子のガラケーに電話が入った。「先輩。今、玄関です。俺たち警察じゃないし、犬連れて入れない。」

伝子が玄関に戻ると、丁度江南がジュンコを連れてやって来た。

本庄院長が早足でやって来た。「池上先生と警察から連絡があった。警察犬だよ、時雄。」「それでは、捜索をお願いしましょう。おや?」

息せき切ってやって来たのは、橋爪警部補だった。「あなたが、エマージェンシーガールズの隊長さんに届け物です。隊長補佐の方の指示でして。行方不明の私の部下のシャツです。彼は、城田巡査は真面目な奴でして・・・事件に巻き込まれたのですね?」

伝子は頷いた。江南はサチコとジュンコに匂いを嗅がせ、追跡命令を出した。

2匹は一気に駆けだした。伝子達は、必死に追った。

病院裏手。燻製を作る炉が設置されていた。

院長が開けると、城田巡査が出てきた。そして、時限装置付きの爆弾が。

「時雄。まだ息がある。眠らされたんだ。早く運んで手当を。爆弾は任せろ。」

「すぐ、用意します。」と、副院長は応えた。

大町と右門は、自分たちのマントを即席の担架にして、副院長と共に院内に戻った。

院長が時限装置を解除したのはタイムリミット5分前だった。爆発物処理班が到着した。エマージェンシーガールズも、DDメンバーも。サチコとジュンコが吠えた。

「大文字君。何て言っているんだね、彼女達は。」と本庄院長が尋ねた。

「お疲れ様、です。」一同は爆笑した。

―完―

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