エピローグ 食いしんぼう姉妹が異世界に喚ばれたら

その日は雲ひとつない快晴だった。


「おねえちゃん、早く早くー!!」


大きく手を振ると、厨房のおばちゃんたちと別れを惜しんでいたおねえちゃんがようやくやって来た。


「お待たせ。レシピを教えてたんだ」


「そっか~。しばらく神殿を空けるもんね」


「うん」


これから私たちは、東の地に向けて出発する予定だった。


向こうにあった国が、魔物で壊滅したらしくってね。


大勢の難民が出ているみたい。彼等を神殿に誘導するためにも、私たち勇者の力が必要になったってわけだ。


そうそう。アースワームの討伐はすごく上手く行ったんだ。


自分でもびっくりよ。魔剣を一振りしたら、冗談じゃなくバッサー!! って一刀両断できたんだもの。


……その後、別の個体がウジャウジャ地面から湧いてきて、それはそれで大変だったんだけど。


おねえちゃんのカレーのおかげかなあ。


誰ひとりとして命を落とさないで討伐を終えられた。


本当によかった。おねえちゃんを悲しませないで済んだのって最高だね!


「穂花、まもり。そろそろ行けそうか」


狼のおじさんが城門で私たちを待っている。


今回の旅には、おじさんも着いてくるそうだ。なんでも、故郷に近い場所だったらしくって。道案内してくれるらしい。


『たまたま用事があるだけだ』


そんな風に言っていたけれど、結局は私たちを心配してくれているのだろう。世話焼きなおじさんである。まあ、モフモフワンコだから別にいいんだけどさあ。


「マモリ・キザキッッ! 次に戻ってきた時は、絶対に私が勝つんだからなッ!!」


「だ、団長。もう少し声を抑えて……」


フロレンスとギルは相変わらずだった。


彼等もアースワームとの戦いじゃあ、すごい活躍だったんだよ。


怪物を倒せたことで、自信がついたみたい。


きっと、次に会った時はもっと強くなってるんだろうなあ。


ちょっぴり楽しみだ。


「勇者様、行ってらっしゃい!」


「早く帰ってきてね~!」


大勢の人が私たちの出発を見送ろうと集まって来ていた。


ギギや教皇ジオニスの姿はない。


引きこもりドワーフはともかく、おじいちゃん教皇がいないのはちょっぴり意外だった。


「そろそろ行こうか」


おねえちゃんとジェイクさんが私を待っている。


笑顔になると、ふたりに駆け寄っていった。


「ねえ、東の山に温泉があるってきいたんだけど――」


ふと足を止める。


おねえちゃんの足もとに、不吉な奴を見つけたからだ。


「にゃあん」


真っ黒な毛を持った猫。その正体は――。


「深淵の魔女ダーニャ……!!」


慌てて戦闘態勢を取る。おねえちゃんの足に擦り寄ったソイツは、見る間に姿を変えていった。


「温泉? それはいいことを聞いた」


妖艶な美魔女に変身したダーニャは、おねえちゃんを後ろから抱きしめて笑む。


「いい機会じゃ。湯治としゃれこもうではないか。なあ、穂花」


「ええ!? えええ……!?」


おねえちゃんは真っ赤になって困惑している。


私はキッと険しい顔になると、おねえちゃんの腕を強く引っ張った。


「駄目! いまはそれどころじゃないでしょ!」


魔女はおねえちゃんを強く抱きしめて抵抗する。


「なぜだ。お前だって温泉に行く気まんまんだったではないか」


「うっ……! それはそれ!! アンタがいるなら行くわけがないでしょー!!」


「ケチだのう。ケチ勇者。ケチ」


「さ、三回も言った……!!」


怒りのあまりに小さく震える。


「そもそも、なんでアンタが来るつもりなのよ! さっさと巣に帰れー!!」


思いっきりコールを浴びせると、魔女は実に嫌そうに眉をしかめた。


「なにを言う。妾のおねえちゃんになってくれると約束したくせに。そうであろう? 穂花」


「……え? おねえちゃん、マジ?」


「い、いいいいいいや!? 私が約束したのはリリィで……」


「リリィは妾。妾はリリィじゃ。つまり、穂花は妾の姉だ」


ニィッと不敵に笑む。


紫のルージュを引いた唇を妖艶につり上げ、深淵の魔女は言った。


「姉に妹は甘えるものであろう? だから妾も着いていく。ね、おねえちゃん♥」


「ひょわああああああっ!! わ、私はなんてことを……」


おねえちゃんが明らかに怯えていた。


こりゃあ駄目だ。あの美魔女、私たちの旅に着いてくる気満々だ!


なんとかしなくちゃ。でも……どうやって!?


困惑していると、人垣の向こうで誰かが叫んでいるのに気がついた。


「あの、黒猫を見なかったかな!? やたらあざとい、時々邪悪な目つきをする猫なんだけど――」


教皇ジオニスの声だった。なるほど、逃がした姉を捜しに来たらしい……。


「ウッ! 弟が来た」


瞬間、ダーニャの手が緩んだ。


今だッッッ!!


いきおいよくおねえちゃんを引っ張って、奪還する。


「ま、まもり!?」


目を丸くしているおねえちゃんの手を引く。そのままふたりで駆け出した。


「ジェイクさんも! 行くよ~!!」


「こっ、こら! 待て。妾も行くって……」


「あ!! 姉さん、見つけた!! 今日は逃がさないんだからね!」


「ジオニス。お前、なにを……」


なにやら後方が騒がしい。騎士たちを巻き込んで、魔女の捕り物でも始まったのだろうか……。


まあいいや。私たちには関係ないもんね!


勢いよく走りながら、必死に着いて来ているおねえちゃんに声をかけた。


「ね、この先、どんな美味しいものが食べられるかなあ。いっぱい食べようね。おねえちゃんのご飯、楽しみにしてるから!」


息も絶え絶えになりつつ、必死に駆けていたおねえちゃんは、少し青ざめた顔に笑顔を浮かべた。


「ご飯の話ばっかり。まったく。まもりは食いしんぼうなんだから!」


「そんなの分かりきったことでしょ!」


きゃあきゃあ騒ぎながら、目的地に続く道を行く。


思いがけずに喚ばれた異世界。


背負わされた使命と力。


きっとこれからもいろんなことがあるだろう。


でもね?


おねえちゃんとふたりなら大丈夫。


繋いだ手から伝わる温もりが、そう教えてくれていた。





――異世界に食いしんぼうな姉妹が喚ばれたら?


そんなの、幸せになるに決まってる!!

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食いしんぼう姉妹が異世界に喚ばれたら 忍丸 @sinobumaru

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