エピローグ・余り者の勇者

 『風の始まりの月』の半ば。日によっては汗ばむような春の盛りの午後、騎士団事務所の裏にある訓練場から聖獣神殿分室の自分の部屋に戻った私は

「また、来ている」

 来客用のテーブルセットのソファにどかりと腰を掛けて、歴代聖騎士の記録を読んでいる双子の兄に肩を落とした。

「またサボリ?」

 仲が戻ってからセシルは、よく執務を抜けて私の部屋にやってくる。彼は実はこういった冒険譚や不思議な事件の記録を読むのが大好きなのだ。

「ユリアさんが探しているんじゃない?」

「いや……ユリアからは『どうせサボるなら、ミリー様の部屋にいてくれた方が探す手間が省けて助かります』と言われている」

 セシルがページをめくりながら答える。

 ……なにそれ……。

 半目で見つつ汗を拭き、私は自分の影に「カゲマル、お茶を二人分お願い」と声を掛けた。

「承知」

 固苦しい口調の男の子の声が返って、私の影から影丸が出てくる。素早く部屋の隅の火桶の火を起こし、湯を沸かしてくれる。ポン! と茶葉の瓶を開ける音がして、ガスが調合してくれたハーブ茶の香りが流れた。

「結局、カゲマルはオークウッド本草店に住むことになったのか?」

「うん。『桜の主』が命じた本当の理由は、彼を意地悪な眷属から引き離す為だって、『桜の姫君』が教えてくれたの」

 その上で姫君は

『父の望みは貴方が幸せに暮らしていくこと。だから、自分の意志でこれだと思う主に仕えなさい』

 と勧め、一連の事件から影丸は私達に仕えることを決めた。ガスと私と主従契約を結び

『オレが店にいるときは、ミリーの側にいてくれないかい?』

 彼に頼まれて、私の従者をしている。

「勇者殿、奥方様、お茶が入り申した」

 すっかり大陸語が上手くなった影丸がカップを二つ、盆に乗せて運んでくる。

「奥方様?」

 訝しげに眉をひそめるセシルに「奥方様はあるじが心に決めた大切な女性故に」彼が真面目に答える。

「もう……カゲマルったら……!」

 正直、そう呼ばれるのは嬉しい。うふふと笑う私をセシルが呆れた目で見た。


「ところでセシル。私、これから依頼で出かけるんだけど」

 飲み終わったカップを影丸と二人で片づけながら、私はまだ記録を読んでいるセシルに告げた。

「魔物からの新しい依頼か?」

「うん。昨日の夜、お店の方にね……」

 昨夜、お店の顧客の一人である『白嶺の方』の使者が来た。最近『白嶺の方』が住んでいる、お山に冒険者が来ているのだという。

 この大陸では『冒険者』というのは国の志願兵にも街の自衛兵にも傭兵にもなれない、あぶれ者の探検家のことだ。

「いつもなら穏便に脅かして追い払うんだけど、今、『白嶺の方』が二人目の子を懐妊中で家来達がピリピリしているの。だから、死人が出る前にガスになんとかしてくれないかって」

 ちなみにこの『死人』は勿論、冒険者の方である。

「そういう依頼もあるのか」

「冒険者絡みの依頼は多いってガスが言ってた」

 お互いの縄張りを守って暮らす周囲の人里の人間と違い、彼等は平気で魔物の縄張りを荒らす。

「なるほどな」

 セシルが頷いたとき「主!」影丸が窓の外を見る。ぶわりと風が吹くとそこに昨夜店を訪れた巨大な黒い狼と小さな……といっても大型犬くらいはある……真っ白の狼がいた。

「ミリー、カゲマル、迎えに来たよ!」

 薬箱を担ぎフランを肩に乗せたガスが、黒い狼の背から声を掛ける。

『勇者と『余り者の勇者』だ!』

 愛らしい男の子の声が頭に響く。窓枠に足を掛けて小さい方の白い狼が興味深々といった顔で私とセシルを眺めていた。

「『余り者の勇者』?」

「すみません。ハニービーとスミレの事件を知った魔物達がミリーをそう呼ぶようになって……」

 ガスがふにゃりと頭をかく。

 表だって活躍する勇者セシルの裏で、魔物も助けてくれる私……勇者ミリアムを『余り者の勇者』とハニービー達が呼び出し、その呼び名がアルスバトル公国に住む魔物達の間に広まっているのだ。

 私は棚を見た。そこにはナタリー嬢とトーマスの『撫子七変化事件』、ハニービー一族の『蜜蜂と金獅子草事件』、『桜の姫君』とスミレの『桜と紫の風事件』の記録書が置いてある。どれも私が『目立たない』勇者としていたからこそ解決した事件だ。

『ねえねえ、ボクねぇ、お兄ちゃんになるんだよ!』

 わふわふと白い尻尾を振る狼の向こうで

『すみません。若君は会う人、会う人、自慢したいらしくて……』

 家臣らしい黒狼が頭を下げる。

 『お兄ちゃん』……どうやらこの子が『白嶺の方』の一人目の子らしい。

「それは、おめでとう」

 セシルの顔がほころぶ。

「すごいね。おめでとう」

『わ~い! 二人の勇者が『おめでとう』って!』

 わふわふわふわふと喜ぶ姿に笑みがこぼれる。

「じゃあ、セシル、私行くね」

「四、五日ほど、『白嶺の方』のお山に行ってきます」

「ああ、気を付けてな。目に余るようだったら、騎士団こちらからも注意をするから知らせてくれ」

「はい」

 私は部屋の扉の表に『捜査中』の札を掛けると軍服の襟を止め、腰のショートソードを差し直した。

「これ、お願い」

 部屋の鍵をセシルに渡す。

「カゲマル、行くよ」

「はい、奥方様」

 影丸が私の影に潜る。窓から出、黒い狼の背のガスの後ろに飛び乗った。見送るセシルに手を振る。ごうと風が舞い二匹は風をまとって駆け出した。


 * * * * *


「オレはまず『白嶺の方』の御容態を診るから、ミリーはフランと家来の方々から冒険者について聞き取りをしてくれないかい?」

 狼の背でこれからの打ち合わせをする。

「パーティーの人数とかスキルとか?」

「それと武器の種類と魔法が使えるなら、その様子。それらを合わせて、皆で追い出す策を練る」

「話せない魔物には私が聞くから」

 フランがぷるんと揺れる。

「解った」

「カゲマルは見張りの方々と偵察を。冒険者を見つけたら追跡を頼む」

「承知したでござる」

『薬屋、『余り者の勇者』』

 白狼の若君が声を掛けてくる。

『母上を助けてくれて、ありがとう』

 これで良いんだと思う。『余り者の勇者』だからこそ守れるものがある。

「頑張って、冒険者を追い出そうね!」

『うん!』

 風が舞う。眼下を彼等の縄張りが広がる。ハニービーのお山とはまた違う、常緑の森に覆われたお山だ。お山に住む鹿の群が走る。

 その向こう、突き出した峰にお腹のあたりがふっくらとした真っ白の巨大な狼が家来や眷属の狼達を連れて、私達を出迎えに来ている。

『母上!!』

 若君が吠える。それに呼応するように遠吠えが響く。

 また新しい『余り者の勇者』と『薬屋』の活躍の始まりだ。

 私はふにゃりと目を細めるガスに笑みを向けると、彼等に向かい大きく手を振った。



余り者の勇者と桜の姫君 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

余り者の勇者と桜の姫君 いぐあな @sou_igu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ