第三話 夕焼け空の下
結局あの後、朝から夕方の部活動終了まで彼女とは話さなかった。
何度も声をかけようか迷ったが、なんて話しかければ良いかが分からなかった。
部活終わりの帰り道。少しの青と赤紫が混じり合う空の下で、長い下り坂の先に彼女が歩いているのを見つけた。
僕は走った。全力で走った。
今走って彼女の元へ行かなければ僕は一生後悔する。そんな気がした。
「まって!!」
彼女が振り返る。
「今朝はごめん!」
僕は思いっきり頭を下げた。
ちゃんと言えてたのか自分でも分からないくらい激しく息切れをしていた。
「怒ってないからいいよっ」
顔を上げると、彼女の瞳には透明に煌めく雫たちが、
「もう、部活後にそんな走って (笑)」
彼女は少し怒ったような顔をして、
僕に笑いながら言った。
彼女が微笑むと、その雫たちが流れ星のように頬を伝って顎先へと消えていった。僕には彼女が今どんな感情を抱いているのかが分からなかった。
だが、不思議と微笑む彼女につられて少し笑って僕が言う。
「ありがとう。 一緒に帰ろっか」
「うん」
少し目が合った後、夕焼けのせいか、顔が少し赤くなった二人は、赤紫から黒紫へと移り変わった空の下で微笑みあって一緒に帰った。
「暗いし家の近くまで行こうか?」
「私の家結構遠いよ?」
「良いよ、まだ話したいし」
「じゃあ......お願いっ」
彼女の家の近くまで一緒に帰れることになった。僕の心音が彼女に聞こえるのでは無いかと思うくらい僕の心臓は大きな音で鼓動していた。
暫くして、彼女の家付近に着いた。
それまでは他愛のない会話をして笑いあった。その時間がたまらなく幸せで愛しかった。
彼女と一緒にいると、この世の全てが美化され輝いてるように思える。
なんでもない帰り道でさえも、僕の脳にその時の情景が焼き付けられた。
後になってだが、朝の出来事があって良かったなと内心思った。ただそんな事は口が裂けても言わなかった。
「私の家もうこの辺だから」
幸せで楽しい時間とは、得てして短く感じるものだ。
「そういえば、今日の夜電話する?」
僕が彼女に訪ねた。
「もちろん! またLINEするねっ」
僕が心の中で大声をあげて思いっきりガッツポーズした瞬間だった。
だが彼女にバレるダサいので表面上は余裕ぶってお別れの挨拶をした。
(彼女と話すのに夢中で来た道を忘れ家までとても時間がかかった事は彼女には絶対に言わないでおこう。)
家に着いた。
かなり時間がかかったが、この無駄な労力さえも良かったと思うのは、彼女が凄いのか僕がバカなのか。
きっと彼女がすごいからだろう。
(いや、絶対後者だ)
玄関を開け家に入ると、母親が「なんでそんな機嫌いいの」と気持ち悪そうに言ってきた。息子がいつもより遥かに遅れて帰ってきたのに心配の一つもしないとは。全く、無関心な母親だ。
「とりあえずシャワー入りなさい」
そう言われてシャワーを浴びた後に、晩御飯を食べて部屋へ行った。
早く彼女から連絡が来ないだろうか。待っている時間の一分、一秒が永遠の様に感じる。
何の意味も効果もないのにLINEを開いては閉じ、それを何度も繰り返した。
虜になるとはこの事か。
あの夏の忘れ物 どどめ @e6869b
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