第五章:ハナミズキ

 僕は澪さんがカフェで働いている時間に今日も来ている。

「お待たせ致しました。アールグレイです」

そして澪さんの同じ空間を共有し、幸せを感じている。

「蒼君、今週末一緒にお茶しませんか?」

彼女はそう僕に言ってくれた。

「すみません、今週末はすでに用事が入っているので無理です……すいません。」

そう、僕は今週一緒にご飯を食べなかった罰というこで、詩と一緒にお出かけする約束が入っていた。

澪さんには悪いが詩と約束してしまっていた為仕方がない。

本音を言うと詩とお出かけより、澪さんとお茶をしたい。

しかし、詩は怒らせると駄目な人である為、約束は果たさなければならない。

「そうですか……ではまたの機会に!」

「是非是非!」

彼女はそういってまた働き出す。本当に働き者だ。

 ――週末、詩に連れられてショッピングモールにきていた。

「アオ君! 恋人繋ぎしよ?」

「仕方がないな」

今日は詩の好きなようにしてあげようと思い、恋人繋ぎをし歩き始めた。

「えへへ〜アオ君と恋人繋ぎ〜!」

まったく、可愛いな。それにしても周りからの視線が痛い。

中にはデート中であろう男性もこちらを見ていたようで、彼女さんに怒られていた。

詩はそれほど可愛いということだろう。

「アオ君、今日は私だけを見ていて?」

「丁度そこにサンビタリアが売ってるね」

「サンビタリア?」

「サンビタリアっていうお花、花言葉は”私を見つめて〟」

「今の私にぴったりのお花だね!」

「そうかもね」

「ぶ〜! アオ君が冷たい……」

「丁度そこにハナキリンも売ってるね」

「また花言葉?」

「そうだけど」

「花言葉ばかり要らない! ちなみになんなの?」

要らないと言いつつ聞いてくるのか。

「ハナキリンの花言葉は”冷たくしないで〟」

「それも今の私にぴったりのお花だね!」

「そうかもね」

「ぶ〜! でもよくそんな知識が頭に入ってるね」

「よく人に花を渡すから覚えたんだよ」

そんなやりとりをしながら二人で並んで歩くのだった。

 途中で詩が気になる店に入っていくので僕も付き添う。

流石に下着屋には入らなかったが。

 そうこうしているうちに昼食を取ることにした。

詩がイタリアンを食べたいと言うのでショッピングモール内のイタリア料理屋へ入る。

それぞれ注文し、しばらく待っていると届いた。

二人で「頂きます」をして食べ始める。

「はい、アオ君あ〜ん」

「あ〜ん」

はたから見たら熱々カップルだろう。違うのだが。

「じゃあアオ君のピザ一枚ちょうだい?」

「欲しかったらいくらでもあげるよ」

「アオ君太っ腹だね〜! じゃ、あ〜んして?」

「はいはい、あ〜ん」

「あ〜ん! おいひ〜!」

「それは良かった」

 その後詩とのランチを楽しんだ。

 食後も詩とあちらこちらと周り茜空となった頃、澪さんと偶然出会った。

「え? 蒼君?」

「あ! 澪さん! 偶然ですね!」

そう声をかけたのだが彼女は目に涙を浮かべて走り去ってしまった。

「え? 澪さん⁉︎」

「詩!」

「良いですよ。行ってあげて」

「すまない!」

詩には悪いが澪さんが心配だ。急いで追いかける。

僕が普段運動をしていないからか澪さんにはなかなか追いつかない。

こんなことなら普段から運動しておけば良かったな。

それにしても澪さん速い……!

何度も止まってもらうようにお願いするが、聞いてくれる気配がない。

 そうこうしていると彼女と初めて会った崖で彼女は足を止めた。

そうしてようやく追いつくことができた。

もうこれ以上走れない。息が上がり収まる気配がない。

 しかしそんなことを考えている暇はない。

彼女がここに来るということは自殺をしようとしているのだろう。

どうにかして自殺だけは阻止しなければならない。

どうする? 相手はヒステリック状態。今何を言っても無駄だろう。むしろヒートアップする可能性すらある。

考えるが脳に酸素が十分に回っていないのか全く思いつかない。ここが正念場だというのに!

考えている間も時間というものは過ぎていく。もう時間が無い!

「蒼君、私はあなたが好きだった。でも、それは私だけだったみたい」

 ――そう言って彼女は崖から飛び降りようとした。

しかし僕は彼女を後ろから強く抱きしめ阻止した。

僕はこれ以外思いつかなかった。

彼女からは良い匂いと体の柔らかさが伝わってくる。こんな状況でなかったら堪能したい気分だ。

しかしそんなことを考えている時間は無い! 体力も限界がきている為抵抗されるのは非常に困る。

「抵抗しないで! もう、体力が限界だ!」

「じゃあ離せば良いじゃない! もう生きる意味なんて無い!」

「離せる訳がないだろう! あと僕の気持ちをまだ伝えていない!」

「そんなの分かり切っているじゃない!」

「澪さんは分かってない! 僕は君が好きだ!」

「じゃあさっきの女の人は誰なの⁉︎」

「彼女は僕のメイド!」

「じゃあなんで恋人繋ぎしていたの⁉︎」

「それは彼女にお願いされたから!」

「……それ、信じて良いの?」

彼女の抵抗が収まった。僕はまだ彼女を優しく包み込むように抱きしめた。

「本当だから信じで欲しい」

僕の思いが伝わってくれると助かるのだけど。

「じゃあ、この状態のままキスしてくれたら信じてあげる」

「分かった」

 そう言って彼女の唇に僕の唇を重ねた。

すると彼女は可愛く微笑むのだった。世界で一番可愛いと心の底から思う。

「もう一生、離れないし離さないでね!」

「うん、一生離れないし離さないよ!」

 そうして僕達の恋人生活は幕を開けた。

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