神様お悩み相談室

雪鶴 亀丸

File1. 英雄の娘の話

英雄の娘の話


「話によると、娘さんが住んでるのはこの街の郊外みたいです。赤い屋根が目印だって。」

「なるほど。のどかでいい場所だ。」

「そうですねぇ。」

 とある田舎町におそらく異邦人らしい2つの人影があった。大きなショルダーバッグを抱えた小柄な少女と、酷く綺麗な顔をした青年で、どこぞの職員のようなぴっちりとした装いをしている。

「にしても、こういう現地訪問ってなんで徒歩での聞き込み調査なんですか?こう、神様パワーってやつでワープしたり、お悩みをパパッと解決できたり、聞き出したりできません?」

「予算がないからねぇ。」

「神様に予算って概念あるんですね…?」

「あるある。信仰する人間は減ってるのに神に祈る人間は変わらずいるから。払う人間はいないのに使う人間は増え続ける、少子高齢化ってやつだよ。」

「おおよそ神様から聞きたくなかった言葉だ。」

「営業の人たちも頑張ってるんだけどねぇ。ほら、最近コンプライアンスとかプライバシーとか厳しいし。マルチ商法に間違われちゃうんだって。」

「一般企業の回答だ…。」

 その街は白い石でできた城壁でゆるく囲まれていて、白い石が積み上げられてできた家が建ち並んでいた。中心市街地ではそれなりに商店が出店していて、物資の売り買いが行われている。しかし、そこから一つ道を外れると広大な畑と新緑に満ちた草原が広がるような、大変穏やかな街並みだった。

「うーん、でもちょっと不思議ですね。」

「何が?」

「英雄さんのお家ならもっと目立つとこに建てませんか?病気の娘さんがいるなら、尚更お医者様がいる街の方に住んでいた方が都合がいいのでは?」

「確かに。まぁ人間の養生には新鮮な空気と静かな場所が必要らしいし、彼も華美な生活は好んでいないようだったから。」

「なるほど。」

 娘の病気を治してほしいという依頼が相談室に持ち込まれたのは、今から3日前の話である。赤毛の髪をした筋骨隆々の男が身を小さくして言うには、半年前から娘がベッドに寝たきりらしい。医者に見せても病状がわからず、野山を駆け回っていた娘が日に日にやせ細っていくのを見ていることしかできないのだと。そう言うことであれば直接見てみようか、と2人の異邦人はこうして男と娘の住む国へと足を運んだのである。


「娘はこの部屋です。」

 2人が郊外に建つ赤い屋根の家を訪れると、早速男が出迎えてくれた。娘の部屋は日当たりが良さそうな一角にあり、扉にかかったネームプレートには幼い文字で名前が書かれている。

「アンジェロ、お医者さんを連れてきたんだ。入るよ。」

 男はそう声をかけ、控えめにノックする。開かれた部屋の窓際に簡素なベッドが置いており、娘が1人、身を起こしていた。男と同じ赤毛の髪に、頬に散ったそばかすが印象的な娘は、胡乱げな顔で2人の異邦人を見た。

「パパ、もうお医者さんを呼ぶのはやめてって言ったよね?もういいの。さっさと帰らせて!」

「そう言うわけにはいかないんだ。ごめんな。父さんはお前に元気になってほしくて…、」

「そう言うのがいいって言ってるんでしょ!ちょっと具合が悪いだけなんだから、寝てればすぐに治るわ。お医者さんを呼ぶなんて大袈裟よ。」

「でも、今日もご飯を食べていないだろう。もう長いことベッドの上にいて、外にも出られていない。前はあんなに外で遊ぶのが好きだったのに…。」

「昔の話はやめて。もうそんな歳じゃないの!」

 異邦人の少女が娘に抱いた第一印象は「元気そうだな」と言うものだ。病弱だと聞いていたものだから、出てくるのは肌が紙のように真っ白で、手足が柳のように細くって、墨みたいに濃い隈をした子だとばかり思っていたのである。しかし、ベッドの上にいる娘にはある程度肉がついていて、少し日に焼けていて、眠れていないということもなさそうな、普通の健康的な少女であるように見えた。あくまで医学的根拠を用いない、主観的な話であるが。

「お父さんは病気を治してほしいって言ってるけど、娘さんはいらないって言ってる。この場合ってどっちのいい分を聞くのが正しいのかな?」

「相談室にいらしたのはお父様の方ですし、お父様の方かと。私たちの相談室に訪れることができた時点で一次審査には通ってるってことですもんね?」

「一応はね。だけど、自分は裕福なのに本気で貧乏だって思ってる人とか、貧乏なのに裕福だって思っている人とかがいるから、本当に神様の助けが必要なのかな?、ってこうして二次審査があるわけで__」

「でも、娘さん、割と元気そうですよね…。」

「そうだねぇ。」

 親子が少々取り合っている間に後ろでコソコソ話あった異邦人たちは、そっと目を合わせた。依頼を聞いた限りでは娘の病気を治して終了だと思っていた業務だが、思っていたよりも難儀するかもしれない。娘が医者を拒んでいるのは知っていたので、少女は特に驚くこともなく娘に笑いかけた。

「初めまして、アンジェロさん。私たちはお父様の相談を受けて診察しにきた医者のようなものです。簡単な診察をしたら終わりますので、少々お時間いただいてもよろしいですか?」

 嘘である。少女たちに医学の知識などこれっぽっちもなかった。

「…分かったわ。あなたたちもそれが仕事ですものね。」

 明らかに医者の風貌をしていない異邦人たちを、娘は少々渋りながらも診断を容認した。早めに答えて、早めに終わらせてしまおうということだろう。

「ご協力感謝いたします。では、体の不調はどのあたりですか?」

「…頭よ。ずっと痛むの。」

「それはどんなふうに?」

「こう、…ぎゅって握られる感じ。」

「なるほど他には?」

「胸も痛いわ。心臓が張り裂けそう。」

「なるほどなるほど。」

 少女が適当に質問している間、青年は娘の部屋をぐるりと見渡した。簡素なベッド、サイドテーブル、椅子、クローゼットがこの部屋の家具の全てで、窓にはレースのカーテンがかかり、床には薄いラグが敷かれている。サイドテーブルには、娘の友人らしき人たちからの見舞いの手紙や贈り物がそのまま置いてあった。花束や栞、焼き菓子などが並んでいる。

 ちらり、と娘の表情を見遣れば、少女の質問に手慣れたように答えつつも視線はどこか落ち着きがないように彷徨っているのが見てとれる。可愛らしい花柄のシーツに皺がよるほど強く手を握り締めていた。

「はい。回答ありがとうございます。それじゃあ治療に移りますね。」

「…え?治療ってどういう…。病名でも分かったっていうの?」

 あっさりと終わった診察と、途端にはじまるらしい治療に娘は驚いたように目を見開いた。まるで、聴診器も体温計も薬も使わない診察の仕方をする医者は初めてだと言うように。それはそうである。

「病名はちょっとわからないけど、治すことはできるよ。」

 そんな娘の混乱を気にすることもなく、青年はなんの根拠もなくそう言い放った。そのまま懐から鍵を一本取り出す。銀のチェーンがついた古びた鍵で、えらく繊細な彫刻が施されていた。それを軽く振りながら、青年はベッドサイドに腰掛けてにっこり笑った。

「僕自身にそんな力はないけれど、中央局___、僕の上司というか、お偉方というか_から借りたこの鍵はなんでも願いを叶えてくれるんだ。」

「…あなたたちって医者じゃなくて詐欺師か宗教団体だったのね。」

「まぁそうなりますよね。」

「正常な思考能力があるようで結構じゃないか。」

「他人事だなぁ。」

 荒唐無稽なことを言い始めた異邦人に、少女は明らかに怯えたように身をすくめた。しかしそんな反応を気にすることもなく、青年は鍵をくるりと回す。

「____神様、どうかこの娘の病気を治して。」

 かちゃん、と軽く錠が空いたような音がした。


「それで、娘の容体は…。」

「見事に追い出されたねぇ…。」

「追い出されちゃいましたね…。」

 鍵は果たして、何も作用しなかった。眩く光ることもなく、娘がみるみる元気になるということもない。ただ虚空の鍵穴を回しただけのその鍵は、物言わぬまま青年の手の中で冷たく存在していた。その時点で異邦人側として考えられることは2つだけ。鍵のバッテリーが切れているか、娘の病気など存在していないか。青年がそれを馬鹿正直に伝えたところ、娘は顔を真っ赤にして異邦人らを追い出したのである。

「娘さん、病気なんてしていないよ。」

「…やはり、そうですか。」

「お父様は知っていらしたのですね。」

 締め出された先のリビングで顔を合わせた父親に青年が再び馬鹿正直に告げると、わかっていたように父親はかぶりを振った。

「今まで娘を見てくださったお医者様の中にも、あなたたちと同じ診断をされた方がいました。私も薄々そうではないかと…。しかし、ではなぜ娘は病のふりなどしているのでしょう。」

 結局、この依頼の問題点はそこであった。半年前は元気であった娘が、なぜ急に病のふりをし始めるようになったのか?

「でも、半年前って確か、」

「…えぇ、恐れ多くも、私がこの国を救った英雄として賞与を承った時期です。」


「この少ない状況の中だけで見ても、可能性はいくつかある。」

 ひとまず中心市街地に戻った2人は、街中を歩きながらおやつを食べていた。餡を包んで焼いたパンを更に油で揚げて砂糖をまぶした焼き菓子で、じゅわっとしたパン生地の食感と、餡と砂糖の甘さが癖になる。異国の商人が売っていたそれらは、彼らの故郷の伝統菓子らしかった。

「娘さんがなぜ半年前から病を偽装することになったか、ですか。」

 可能性として先ほど3人が提示したのは以下3つである。1つ、英雄業に忙しくしていた父親に構ってほしいが故の仮病の可能性。2つ、学校や仕事場などのコミュニティにて娘の行動を制限するような事態が起こった可能性。3つ、

「病気のふりをすることで得する何かがあるんだろうね。」

 ではその得とはなんなのか。お金や品物がもらえるのだとしたらどこから、誰の差金で、どういう意図があって娘を唆しているのかを調べなければならない。娘が父親に隠れて創作活動やらサプライズやらをしているなら父親を誤魔化す言い訳を考えなければならない。なんにせよ、娘の行動の理由を知らなければならなかった。しかし2人は先ほど追い出されたばかりであるので、とりあえず学校を調査してみようと町に戻ってきたわけである。


 この国の学校は義務ではなく、制度化されているわけでもなかった。ただ子供たちに教育が必要だと主張する大人たちが日替わりでそれぞれの専門分野を教える簡易的な学校が週に2、3回行われているようである。広場に大きめの黒板と、簡易的な椅子が数脚。図書館から借りてきた本があればそこはもう彼らの教室だ。2人の異邦人が広場に訪れた時にはもう午後の授業も終わってしまったらしく、何人かの子供たちがおしゃべりをしていたり、本を読んでいたりしていた。

 アンジェロについて聞きたいと少女が問えば、意外にも子供たちはあっさり教えてくれた__というより、皆口々に彼女の心配をしていた。曰く、彼女はここの姉であり、母であり、先輩であると。小さい子の手を引いて学校に通い、わからないことは手をあげて質問し、よく笑ってよく喋る、そんな少女であったのだと。子供たちは皆一様に娘を心配し、不安を口にした。聞けば聞くほど、アンジェロが学校に通わなくなった理由がわからない。

「アンジェロさんが最後にいらした時、何か変わったことはありませんでいたか?」

 学校が原因ではないのか、と異邦人が思い始めた頃。

「そういえば、エイミーお兄ちゃんが来てから、アンジェロお姉ちゃんは来なくなっちゃった気がする…。」

 1人の子供が、そう零した。


「はい、アンジェロのことは、僕も心配していたんです。」

 エイミーという少年の話を聞いてから、2人は街を逆戻りした。なんてったって、子供たちがいうエイミーお兄ちゃんとは2人が焼き菓子を食べた屋台の息子であったので。

 曰く、7ヶ月ほど前にこの国にやってきた商人の息子であること。頭がよく、運動神経も抜群であること。子供たちの憧れの的であり、よく勉強を教えてくれること。栗色の髪と青い瞳の少年は、大変丁寧な口調で異邦人に返答した。

「アンジェロさんとは、どこでお知り合いになられたので?」

「お店にお菓子を買いに来てくれた時に少し。ちょうど、彼女のお父さんの研究が大詰めの時期だったらしく、よく甘いものを買って行ってくれたんです。それから一緒に学校に通うようになりました。」

「アンジェロさんが体調不良になられた原因をご存知ですか?」

「それについては全く。彼女が病に伏せるまで、変わらず一緒に遊んでいましたから。」

 アンジェロについて話すエイミーの表情は悲しげで、とても嘘をついているようには見えなかった。

 しかし、エイミーの話を聞いた青年はふと、彼がいることによってアンジェロの居場所が無くなってしまったのでは、と思っていた。随分利発な子供らしいし、面倒見もいい。今ままでアンジェロが子供たちに教えていたことをエイミーが教えるようになり、追い討ちをかけるように父親が表彰されたものだから、続けて比較対象にされてしまった彼女の立場がなくなってしまったのではないかと。となると、問題を解決するためにはどうしたらいいのだろう。エイミーを死神課に“回収“して貰えばいいのだろうか。青年は考える。

「ふむ、なるほど。」

 少女もなんとなく状況を把握したらしい。何度かうんうん考えて、パッと笑顔を見せた。

「ではこれから、一緒にアンジェロさんのお見舞いに行きませんか?」

 おや?

 青年は父親もまとめて処分するのかな、と思った。


***


 しかし結局、ことの顛末はかなり単純であった。

 あの後、エイミーを連れて再び娘の家に戻った異邦人たちは、アンジェロの様子がおかしいことにすぐ気がついた。彼女はエイミーが来たと知るなり、恥ずかしそうにシーツに顔を埋めたのである。それから繰り広げられる会話は、まさに若人たちの甘酸っぱい探り合いであり、可愛らしい求愛行動であった。

「多分、お父様も娘さんもエイミーくんも、あれがアオハルだって気づいてないんですよ。」

 依頼を終えた帰り道で、少女は言う。

「アンジェロさんは、初めて恋にどうしたらいいかわからなくなって寝込んじゃったと。最初は本気で病気だって思ってたのかもしれませんね。」

「初恋ってやつだね。」

「はい。でも初恋ってどうしようもありませんから。悩んでいるうちにどうやって顔を合わせていたかを忘れて、出るに出れなくなっちゃたんでしょうね。」

「なるほどねぇ。」

 2人を引き合わせた後で、異邦人らはそっとその場を離れた。父親は娘の恋愛ごとに気づいていないのか気づかないでいたいのか、2人にはわからなかったが、「原因がわかったから、しばらくしたらまた前みたいに外で遊べるようになるよ」とだけ告げておいた。依頼達成とは言えないが、きっとこれが1番であるのだろう。

「てっきり僕は、エイミーのせいでアンジェロの居場所が奪われたから落ち込んでるんだと思ったよ。危うく死神課に依頼を出すとこだった。」

「命を刈り取るのに躊躇いがなさすぎる。」

「あはは、人の想いによって作られた僕らが人の気持ちをわからないなんておかしな話だよね。だから君がいるんだけど。」

「今回の件で再認識しました。とりあえずこれからも私に聞いてください。」

「頼りにしてるよ。」

 今思い返せば、アンジェロへの見舞い品の中に焼き菓子があったし、突然異邦人らが訪問したにしては彼女は綺麗な格好をしていた。父親が研究職でありながらも病を見抜けなかったのも頷けると言うものだ。いつの時代でも、恋の病に明確な治療方法はないのだから。

「そうだ、ずっと聞きたかったんだけど、父親はなんで村を救った英雄って呼ばれてるの?僕はてっきりドラゴンを倒したとか、疫病を治したとか、コンバインを開発したとかだと思っていたけど、あの街の様子を見るにそうでもなさそうだ。」

「あぁ、お父様はですね、土竜を駆除する薬品をお作りになられたそうですよ。」

「土竜?」

「はい、土の竜とかいて、もぐらです。放っておくと、土の中をあちこち移動して畑を荒らしちゃうんですって。」

 子供たちの帰宅する声がする。あたりの家々からは美味しそうな夕飯の香りが漂っていた。

 青年は目をパチリと瞬いた後、けらり、と笑った。

「なるほど、のどかでいい場所だ。」

「そうですねぇ。」

 その日の2人の夕飯は焼きたてのパンによく合いそうなクリームシチューだった。

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