開花の囁き

尾八原ジュージ

開花の囁き

 花の咲く音が聞こえるようになった。

 それは蓮のような形をした綺麗な花だ。丸く膨らんだ蕾の中央がふわりと最初に開くとき、ぷち、という音がする。それに続いて、擦れあう花弁がさわわ、と鳴る。それが私の耳に届くのだ。直接見たこともないくせに、私にはそれがわかる。

 開花音は深い地の底から土を伝い、家の基礎の中を通り、床下を伝い、階段を上り、ドアの下の隙間を潜り抜け、ベッドの足に絡みつき、マットレスの繊維の間を縫って、私の枕に染み込み、耳元で弾ける。

 ぷち、さわわ

 そして私は今しがた見ていた夢から飛び起きる。

 全身にじっとりと汗をかき、心臓は早鐘のように打っている。眠りはずいぶん浅くなった。頬は痩け、顔色は土気色になって、まるで死人のようだ。

 ぷち、さわわ

 そのうち本当に、あの音に殺されるのかもしれない。


 むかし、恋敵だった女を殺して地面に埋めた。慎重に、大切に、とても深く埋めた。

 それからそのうえに家を建てて、ずっと住んでいる。そうしておけば死体は誰にも見つかるまいという、浅はかな考えのために。

 地中の死体に花が咲くなどとは考えてもみず、ましてその開花の音が私に届くなんて思いもよらずにそんなことをして、今に至る。

 私は毎晩、顔中に花を咲かせた女が、私を探して家の中を歩き回る夢を見る。

 逃げても、よその土地に別の家を借りても無駄だった。地面が繋がっているせいだろう。どこにいても女は必ず私を見つけ、開花の音を私の耳に注ぎ込む。


 ぷち、さわわ


 人殺しまでして手に入れた男は、日に日に醜く窶れていく私を見捨てて、どこかに行ってしまった。

 その夜の夢の中で、顔中から花を咲かせた女に突然腕を掴まれた。

(誤解よ。あんな男じゃなくて、わたし、貴女のことが好きだったの)

 顔中から花を咲かせた女は肩を震わせ、花弁を落としながら、笑った。

 むせ返るような花の匂いが私に向かって押し寄せ、私は夢の中で気を失った。


 ぷち、さわわ


 開花の音は、日増しに大きくなる。

 床下を深く掘り返してみたら、本当に女の死体から花が生えているのかもしれない。そんなことを考える。

 もっともそれを確かめる気力など、ありはしない。代わりにいつかこの家で、私がひとりぼっちで死んだあとのことを考える。


 私の死体からも、同じ花が生えるのかもしれない。

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