居抜問答

戯男

居抜問答

「うう……もうだめだ……何もかもお終いだ……」

「どうした。何かあったか、すき家」

「うるさい!俺はもうすき家じゃないんだ!俺はもう……何者でもないんだ!」

「何言って……あっ。『テナント募集』……そうか。すき家は潰れたのか」

「俺はもうすき家じゃない!すき家と呼ぶのはやめてくれ!」

「そうか。悪かったよ。でもまあいいじゃないか。すき家が潰れたって、ここは幹線道路沿いだ。すぐ新しい店が入るさ。建物としてはまだ新しいんだし、取り壊される心配はないだろう?」

「そういう問題じゃない!」

「じゃあ何が不満なんだ」

「俺はすき家として作られたんだ。すき家花丸町店として、これまでずっとやってきたんだ。それを今さら他の店になんて……」

「ああ……なるほどな。気持ちはわからんでもないよ。だが居抜きなんてのは俺たちの宿命みたいなもんだ。そう心配すんな」

「他人事だからって……」

「他人事なんかじゃない。もちろん俺も経験済みだ。見てみろ……なあ。俺が生まれた時からずっとブックオフだったと思うか?」

「……違うのか?」

「違うさ。もしそうだとしたら、この三本の旗竿みたいなやつの説明がつかないだろう?国旗を掲揚するわけでもないのに。俺はな、もともとはユニクロだったんだ」

「ユニクロ……あんたが……?」

「そうだ。もう二十年以上前になる。当時は今みたいにファストファッションの店が多くなかったから、ここいらの若者はみんな俺のところにやってきてはジーンズを買って行ったものさ……フリースもな。まだわりと珍しかったし」

「マジかよ……俺はてっきりあんたはずっとブックオフだと……」

「俺がユニクロじゃなくなった日のことはよく覚えてる。いっそ取り壊してくれとさえ思ったよ。ユニクロであることが俺のアイデンティティだと、ユニクロじゃない俺はもう俺じゃないってな。だから今のお前の気持ちはよくわかる」

「辛かっただろうな……ユニクロからブックオフなんて」

「いや。いきなりブックオフになったわけじゃない。そのあと俺はトレジャーファクトリーになった」

「トレファク……?」

「そうさ。新品の服を売る店から古着を売る店になった。最初はショックだった。落ちぶれちまったって感じがしたもんだ。だがな、古着ってのもなかなか悪くない。誰かに大切に着られてた服が、違う誰かの手に渡って、そこでまた大事にされる……俺はその仲立ちをしてるんだって思うようになった。ユニクロより服の種類も多いしな。海水パンツからスキーウェアまで何でも売ったもんだ。

 ……思うんだがな、俺たちもそういうもんなんじゃねえのかな?ユニクロだのすき家だの、そういうちっぽけなところに執着するんじゃなくて、もっと大きなものの見方をするべきなんじゃねえか?清濁併せ呑む懐の深さが必要なんだ。新品のフリースもいいが、古着のセーターだって悪くないぜ。居抜きとか中古とか、そんなのは些細なことだ。大事なのは俺であること……俺やお前という建物が、この町にずっとあり続けること……そこなんじゃねえのか」

「ブックオフさん……」

「そうだ。今の俺は確かにブックオフだ。だがその前はオフハウスだったし、その前はツルハドラッグだった。買い取りマックスだったこともあったな……いつのことかは忘れちまったが。だが、いつだって俺は俺だった。何の店かなんてのは関係ねえんだ。自分ってものを強く持ってさえいればな」

「そっか……ありがとう。なんか勇気が出たよ」

「ふふ。まあ偉そうに言っちまったが、居抜き経験者はこの辺りにゃ大勢いる。たとえば交差点の丸亀製麺な、あいつはもともとアルペンだったんだ」

「マジかよ……あ、もしかしてあの三角の出っ張りは」

「そうだ。お前は若いから知らないかもしれんが、ちょっと前まであの三角といえばアルペンだったんだ」

「おかしいとは思ってたんだ……うどん屋があんなに尖ってるなんて」

「まあスポーツ用品店が尖ってる意味もわからんけどね」

「じゃあ国道沿いの天下一品も……?」

「ああ。もともとガソリンスタンドだった」

「やっぱり……しかしガソリンからラーメンなんて渋いっすね」

「本人には言ってやるなよ。まだちょっと気にしてるみたいだから」

「そっか。みんな色々あったんだな……」

「お前はまだ若い。これからもっと色々あるさ」

「もう何でも来いって感じですよ。コンビニでも散髪屋でも……あ、でもひとつ心配があるんですけど……」

「なんだ?」

「この……これ。この鉄塔なんですけど」

「ああ。すき家の時計塔か」

「これってもしかして撤去されたりするんですかね?」

「んー……どうだろうな。あえて外す必要もないと思うが……。次入る店舗によるだろうな。コンビニにそんな塔あっても意味ないし」

「やっぱそうっすよねえ……」

「なんだ。嫌なのか?」

「嫌っていうか……ちょっと寂しいっていうか……ブックオフさんもその三本のポールがなくなったら嫌でしょう?」

「俺は別に構わんが」

「いやー……でも俺はどっちかっていうと残して欲しいなあ……何とかなりませんかね」

「だから入る店次第だろ。個人経営ならわざわざ金かけてまで撤去はしないだろうけど、コンビニならひょっとするかもな」

「でも俺どうもコンビニになりそうな感じが強めなんすよね。規模的に」

「お前結構小さいから、用途は限られてくるよね」

「そうなんすよ。リンガーハットなら残してくれますかね?」

「あっちの塔はもうちょっとしっかりしてるだろ」

「ですよねえ……しかし参ったな。塔なくなるのか。きついなあ」

「だから言っただろ。店が替わろうと鉄塔が無くなろうと、お前がお前であることは変わらないんだ。自分ってものを強く持つんだ。いいな」

「……そうですね。わかりました」

「心配するな。俺たちの寿命は人間なんかよりずっと長いんだ。ここはひとつドッシリ構えて、この町がこれからどうなっていくのか見届けてやるくらいのつもりで、まあ気楽に行こうや」

「そうですね……ありがとうございます、ブックオフさん!」

「ふふ……まあ俺もいつまでブックオフでいられるかわかったもんじゃないがな。最近客足落ちてるし」

「そのうち潰れちゃうんじゃないですか〜?」

「ハッハッハッハ」

「アハハハハハハ」



 半年後。

『県下最大級!イオンモール花丸店来春オープン!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

居抜問答 戯男 @tawareo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る