サランラップ食堂

結騎 了

#365日ショートショート 326

 サランラップの値上げは止まらなかった。あっという間に元の二倍、いや三倍、あるいは四倍の価格になった。

 とある街。その食堂は、食器にサランラップを巻いて提供することで有名だった。主人の娘が私立大学への進学を希望したため、学費を貯める苦肉の策として始まったのである。皿洗いの人件費と光熱費を節約するための妙案は、最初こそ数人の客のクレームを買ったものの、地元ではすっかり定着していた。

「ねぇ、あんた。どうしよう。サランラップがこんなに値上がりしてしまっては、巻けば巻くほど、逆に赤字になってしまうよ」

 ある夜。電卓を叩きながら、夫人は嘆いた。

「しかし、ここでサランラップをやめるわけにはいかないだろう」。腕を組み、難しい顔で主人が語る。「この見すぼらしいサランラップを巻いた皿で、どれだけのお客さんに我慢をしてもらったか。ここでやめてしまっては、これまでのお客さんに不公平を強いることになる。後から来た客だけが得をするなんて、あってはならないだろう」

 その食堂は、サランラップを巻き続けた。来る日も来る日も巻き続けた。やがて、サランラップの価格高騰が平時の十倍を記録した頃、経営が破綻した。

 ある小さなネットニュースは、これを美談として取り上げた。『客のためにスタイルを貫いた地元の食堂、涙の閉店』。SNSでは、その実直な姿勢にいくばくかの賞賛が集まった。

 三日後、もはや誰もその食堂を話題にしなくなったある日。ひとりの女学生が高卒で働くことを決意した。

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サランラップ食堂 結騎 了 @slinky_dog_s11

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