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「出口! 出口! うわぁぁぁ!」

 ベンはそう叫びながら、魔人の後ろの出口をにらみ、内またでピョコピョコと走り出した。

 もう一刻の猶予もない。早く用を足さねば狂ってしまう。

 丸腰でピョコピョコと突っ込んでくるベンを見て、魔人はあざ笑う。

「荷物持ちの小僧に何ができるのかしら?」

 同時に勇者は撤退の口笛を吹いて、一行は静かにダッシュで入口の扉へと走っていく。魔人の意識をベンに向け、卑怯にも撤退して行ったのだ。

 漏れる! 漏れるっ!

 走り出してしまったベンの便意は最高潮に達し、もはや暴発しないのがおかしいレベルに達していた。そして限界ギリギリのベンからは、何人をも寄せ付けない殺意のオーラがぶわっと噴きだす。

「な、何よ。なんだっていうの、お前……」

 魔人は便意のオーラに気おされ、背筋にゾクッと冷たいものが流れるのを感じた。こんなに圧倒されたのは魔王と対峙した時以来である。

「ちょこざいな!」

 魔人はバサバサッと翼をはばたかせ、玉座から飛び上がるとベンの前に立ちふさがる。そして、指先で空間を裂くと中から紫色の炎をまとった魔剣を取り出したのだった。

 ベンにはもう出口しか見えていない。括約筋はもう何秒も持たない。暴発のカウントダウンはもう始まってしまったのだ。

 ヤバいっ! ヤバいっ!

 鬼のような形相で叫びながら必死に駆ける。

 魔人はベンのすさまじい気迫にひるみながらも魔剣を振りかぶり、

「究極奥義! 魔剣斬! 死ぬのよぉ!」

 と、目にもとまらぬ速さで振り下ろした。

 しかし、ベンはもう出口のことしか考えられず、邪魔する魔人など興味もない。迫りくる魔剣を、無意識にガッとつかむと、握りつぶして粉砕し、混濁する意識の中で、

「便意独尊!」

 と、訳わからないことを叫びながら、鮮烈なパンチを魔人の顔面に放った。

 魔人はその想定外の鮮やかな攻撃に吹っ飛び、まるでスカッシュのボールのように床に打ちつけられ、奥の壁に当たり、天井にバウンドして最後は頭から床に落ちてきて倒れ、やがて魔石となって転がったのだった。

 逃げようと走っていた勇者パーティはその異様な衝撃音に振り返る。しかし、そこにはもう魔人はいなかった。パーティメンバーは一体何が起こったのか理解できず、愕然がくぜんとして走るベンを眺める。

「え? 魔人は?」「ま、まさか……」「ベン君……」

 しかし、ベンは立ち止まることもなく、そのまま出口の扉を吹き飛ばし、脱出ポータルへと駆けこんでいった。




2. 神殺し

「ふぅ……、危なかった……」

 森の中ですっかり中身を出したベンは、恍惚こうこつの表情を浮かべながら、青空をゆったりと横切る雲を眺めていた。

「あぁ、生き返る……」

 チチチチと小鳥たちがさえずる声を聞きながら、ベンは天国に上ったような気分で目を閉じる。もうあの腹を刺す暴力は去ったのだ。

 勝利……。そう、あの悪魔的な便意に打ち勝ち、肛門を死守したのだ。若干漏れてしまったが実質勝利と言っていいだろう。

 グッとこぶしを握り、ガッツポーズをしながらベンは自らの健闘を讃えた。あの苛烈な戦いからの無事生還はまさに奇跡である。

 ベンがにんまりとしていると、いきなり空の方から女の子の声が響いた。

「きゃははは! ベン君、すごいね! 千倍だって!」

 見上げると、青い髪の女の子が、近未来的なぴっちりとしたサイバーなスーツに身を包んでゆっくりと降りてくる。透き通るような肌に、澄み通るパッチリとした碧眼へきがん。その人間離れした美貌には見る者の心をぐっとつかむ魔力をはらんでいた。

「あっ! シアン様!」

 ベンは思わず叫ぶ。そう、この女の子は、ベンが日本で死んだ時にこの世界に転生させてくれた女神だった。

 しかし、ベンには不満がある。普通転生と言えばチートなスキルが特典としてもらえるはずなのに、ベンには【便意ブースト】という訳わからないスキルだけで、逆にレベルが上がらない呪いがかけられていた。このおかげで強くもなれず、貧困の中で必死に荷物持ちなんてやる羽目になっている。

「このスキルなんなんですか? せっかく転生したのに散々なんですけど?」

 ベンはここぞとばかりにクレームをつける。

「え? そのスキルは宇宙最強だよ?」

 女神は小首をかしげて言う。

「は? 何が宇宙最強ですって?」

「便意を我慢すればするだけ強さが上がっていくんだよ。さっき千倍出して魔人瞬殺してたよね?」

「は? 魔人?」

 排便のことに必死であまり覚えていないが、確かに何かしょぼいピエロのようなオッサンをパンチで粉砕したような記憶がある。ベンの攻撃力は十しかないが、千倍となれば一万になる。勇者の攻撃力だって千は行っていないはず。あの時自分は勇者の十倍以上強かったということらしい。

 荷物持ちどまりとして散々馬鹿にされてきた最弱の自分が、あの瞬間は人類最強だった。

 バカな……。

 ベンはかすかにふるえる自分の両手を見た。この手で魔人を粉砕したなど全く実感がわかないが、確かにそうでなければ説明がつかない。

「人間は便意を我慢すると集中力が上がるんだよ。そしてその集中力に合わせてパラメーターをブーストするのが【便意ブースト】。我慢すればするだけどこまでも上がるので宇宙最強だよっ!」

 シアンはニコニコしながら楽しそうに言った。

 ベンは絶句した。なんという悪魔的なスキル。人が苦しむのを楽しむために作ったような酷い仕様である。

「いや、ちょっと待ってくださいよ。なんかこう、念じるだけでブーストしたっていいじゃないですか。なんでよりによって便意なんですか?」

「人間はね、なぜか便意の我慢が強烈なパワーを生むんだよね。あれ、なんなんだろうね? きゃははは!」

 シアンはそう言って楽しそうに空中をクルッと回った。腰マントがヒラヒラッと波打ち、まるでゲームのエフェクトみたいにそこから光の微粒子がキラキラと振りまかれる。

 ベンはウンザリして首を振った。どんなに宇宙最強と言われたって、あの猛烈な便意を我慢し続けたら人格が崩壊しかねない。

「こんなスキル要らないです。弱くていいからもっと別なのに変えてください」

「ダメ――――!」

 女神はそう言って腕で×を作った。

「な、なんでですか?」

「だって君、素質あるよ。【便意ブースト】で千倍出したのって君が初めてなんだよね。やっぱり真面目な子って素敵。僕の目に狂いはなかった。この調子なら……神すら殺せるよ。くふふふ」

 シアンは何やら穏やかでないことを言って、悪い顔で笑った。

「か、神殺し……? いや、神なんて殺せなくていいから……」

「正直言うとね、この星、もうすぐ無くなるかもしれないんだ」

 急に渋い顔になるシアン。

 ベンはいきなり世界の終わりをカミングアウトされ、驚きで目を白黒させる。

「へ? それって……、僕たち全員死んじゃうって……ことですか?」

「そうなんだよー。で、君にちょっと救ってもらおうと思ってるんだ。いいでしょ?」

「ど、どういうことですか? 僕、嫌ですよ!」

 しかしシアンは聞こえないふりをして、

「次は一万倍、楽しみだなぁ」

 と、嬉しそうに笑う。

「何が一万倍ですか! こんな糞スキル絶対二度と使いませんからね!」

 ベンは真っ赤になって叫んだ。しかし、シアンは気にも留めずに、

「あ、そろそろ行かなきゃ! ばいばーい。きゃははは!」

 と、言ってツーっと飛びあがる。

「あっ! ちょっと待……」

 ベンは引き留めようと思ったが、女神はドン! と、ものすごい衝撃音を上げながらあっという間に音速を超え、宇宙へ向けてすっ飛んでいってしまった。

「なんだよぉ……」

 ベンはぐったりとうなだれた。何が宇宙最強だ、何が星を救うだ。なんで自分だけがこんなひどい目に遭うのか、その理不尽さに腹が立った。

 絶対女神の思い通りになどならん!

 ベンはグッとこぶしを握ると、二度と糞スキルなど使わないと心に誓った。






3. 追放


「あっ! ベン! お前どこ行ってたんだ!」

 勇者はダンジョンの入り口に戻ってきたベンを見つけると、目を三角にして怒鳴った。

「あ、ごめんなさい、ちょっと用を足しに……」

「お前がちゃんと見てないから荷物全損だぞ! 貴様はクビだ!」

 勇者はカンカンになってベンに追放を宣告した。

「えっ! ちょっと待ってください、それは魔人がやったことですよ。代わりに魔人を倒したじゃないですか」

「魔人を倒した? お前が? ただの荷物持ちがなんで魔人なんて倒せるんだよ?」

「あ、そ、それは……」

 ベンは【便意ブースト】のことを説明しようとしたが、こんなバカげたスキル、説明するのもはばかられる。それにマーラも聞いているのだ。恥ずかしくてとても口に出せず、うつむいた。

「それみろ! 単に魔人が何かやらかして自爆しただけだろ? 勝手に自分の手柄にすんな! クビだ! クビ!」

 勇者はそう言い放つと、「帰るぞ!」とパーティに告げた。

「えっ! そ、そんなぁ……」

 マーラは少し心配そうにチラッとベンの方を見たが、そのままメンバーと一緒に去って行ってしまう。

 ベンは呆然として立ち尽くした。相場よりもかなり安い値段で、地図まで読んで勇者パーティに尽くしてきたのに、この仕打ちはひどすぎる。荷物燃やしてクビになったなんて話がギルドの中で知れ渡れば、もうベンを雇ってくれるパーティなんてないだろう。紹介してくれた街の偉い人の顔も潰してしまったので、トイレ掃除の仕事もなくなってしまうに違いない。

「このままだと飢え死にだ……」

 ベンは真っ青になってガクッと崩れ落ち、明日からどうやって暮らしていったらいいのか途方に暮れる。そして、ただ、小さくなっていく勇者パーティの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。


        ◇


 翌日、ベンは暗黒の森にゴブリン退治に来ていた。レベルの上がらない呪いのかかったベンを入れてくれるパーティもなく、街の仕事も当面は難しい。生き残るにはソロで冒険者をやるくらいしかなかった。

 ベンはポーチをまさぐり、なけなしの金で買った下剤の小瓶を取り出し、眺める。これは薬師ギルドのおばちゃんに土下座して特別に調合してもらったもの。その茶色の瓶の中に入った液体はきっと強烈な便意を引き起こし、ベンを宇宙最強にまでしてくれるはずだ。しかし、ベンはどうしても飲む気にはなれなかった。あの強烈な腹の痛み、肛門を襲う便意のことを思い出すだけで身体が震えてしまう。

 それにあのクソ女神の思惑通りになるのも絶対避けたかった。

 ベンはうつむき、ギュッとこぶしを握ると、

「ゴブリンくらいならスキルを使わなくたって倒せるはずだ!」

 と、自分を鼓舞し、顔を上げ、うっそうとした暗黒の森の奥をにらんだ。


       ◇


 しばらく慎重に進むと、ガサッと茂みが動いた。何かいる!

 ベンは短剣を構え、茂みを凝視する。

 思えばソロの戦闘は初めてかもしれない。ミス一つで死んでしまう世界に飛び込んでしまったことを少し後悔しながらも、自分にはもうこの生き方しか残されていないと覚悟を決めた。

 ベンは短剣をギュッと握る。

 脂汗がたらりと頬をつたっていく……。


「ギャギャー!」

 いきなり茂みから飛び出した緑色の小人、ゴブリンだ。とがった耳に醜悪な顔、その気色悪さがベンを威圧する。

 ゴブリンはよだれを垂らしながら棍棒を振りかざし、まっすぐにベンを襲う。

 ベンは緊張でガチガチになりすぎて、対応が遅れた。

 振り下ろされるこん棒。

 ベンは間一髪でかわすも、足を取られ、転んでしまう。

 うわぁ!

 そこにさらに振り下ろされるこん棒。ゴブリンは身体が小さな分、俊敏で、厄介な相手だ。

 ベンは何とか短剣で叩いて直撃を免れると、こん棒をつかみ、そのままりを喰らわせた。

 悲痛な叫び声を上げながら吹き飛ぶゴブリン。

 ベンは急いで起き上がり、ここぞとばかりに棍棒をバットのように振り回してゴブリンの頭部を打ちぬいた。

 ゴブリンは断末魔の悲鳴を上げ、やがて薄くなり消えていく。そして、緑色の魔石が足元に転がった。

 はぁはぁはぁ……。

 ベンは荒い息をしながら魔石を拾い、その緑色に怪しく光る輝きを眺める。

 ゴブリン一匹に命懸け、これはどう考えてもいつか殺されてしまう。やはり、ソロでやっていくのは難しいと、思い知らされたのだった。

 その時、森の奥、あちこちから「ギャッ!」「ギャッ!」と声が上がる。ゴブリンの群れに気づかれてしまった。

 ヤバい!

 鼻の奥がツーンとして、死の予感が真綿のようにゆっくりと首を締めあげていく。

 まともに戦えば殺せて2,3匹。あとは残りの連中に惨殺されて終わりだ。ベンはそうやって死んだ新米冒険者を何人も見てきたのだ。

 ベンはダッシュで逃げる。渾身の力で木の根を飛び越え、やぶを抜け、街の方へと必死に駆けた。

 すると、ポン! という音がして、小さなぬいぐるみのような生き物が空中に現れた。青い髪の毛を揺らしながら背中には羽を生やしている。顔はシアンをデフォルメしたものになっているところを見ると、どうやらシアンの分身らしい。

 そのぬいぐるみはベンの耳元で、

「ほらほら! 下剤下剤! きゃははは!」

 と、笑いながら言った。

「シアン様! 下剤なんて嫌ですよ。僕はあんなスキル絶対使わないんです!」

 ベンは糞スキルを推してくるシアンにムッとして言った。

 しかし、シアンは聞く耳を持たず、

「げ・ざ・い! げ・ざ・い!」

 と、はやし立てながらベンの周りを飛ぶ。

 なんというウザい女神だろうか。

 ベンはそんなシアンを手で追い払いながら、ただ必死に走った。

 しかし、ゴブリンは口々に嫌な叫び声を上げながら迫ってくる。

「どんどん、距離縮まってるよ? 早い方がいいよ」

 ぬいぐるみのシアンは悪い顔をして耳元でささやく。

 人としての尊厳を取るか、生き残るための合理的選択を取るか、迫られるベン。

 ベンはギリッと奥歯を鳴らし、シアンをにらんだ。





4. 涅槃

 ゴブリンは森の中で走るのに長けている。身体は小さいものの、猿のように枝にピョンと飛びついて藪を軽々と越えてくるその俊敏な身のこなしは見事で、徐々に距離は詰められてしまっていた。

 ガサガサと迫ってくる多数のゴブリンの足音に、ベンは顔面蒼白となる。

 はぁはぁはぁ……、ダメか。

「早く早くぅ!」

 シアンは楽しそうにクルクルと回りながら言った。

「チクショー!」

 ベンはそう叫ぶと覚悟を決め、下剤を取り出して一気にあおった。

 クハァ!

 口の中に広がるドブのような臭さに目を白黒させながら必死に逃げる。

「ほうら来たよ! がんばれー!」

 シアンは無責任に応援する。

「くぅ……。便意、便意! 早く! カモーン!」

 癪には触るが、今は生き残らなくてはならない。ベンは泣きそうな顔で便意を待った。

「グギャァァァ!」

 ついに追いつかれ、先頭のゴブリンがこん棒を振り下ろしてくる。

 うわぁ!

 何とかかわすものの、バランスを崩し、藪に突っ込んだ。そのすきに周りを囲まれてしまう。

 二十匹はいるだろうか、口々に

「ギャッ!」「ギャッ!」

 と、嬉しそうな声を上げ、勝利を確信した醜いにやけ顔で距離を詰めてくる。

 その時だった、

 ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――。

 ベンの下腹部に猛烈な痛みが走り、腸がグルグルとのたうち回った。

 ぐぅぅぅ!

 ベンは歯をギリッと鳴らし、下腹部を押さえる。と、同時にポロン! という電子音とともに青いウインドウが開き『×10』と、表示された。

「キタキター!」

 シアンは満面の笑みで叫びながら、ベンの周りをおどけながら逆さまなって飛ぶ。

「これで最後ですよ!」

 ベンは腰の引けた体勢で、脂汗を垂らしながら短剣を構える。

 すると、一匹のゴブリンがこん棒を振り下ろしながら突進してきた。

 ベンは左手で下腹部を押さえつつ、半ば朦朧としながらひらりとこん棒をかわし、カウンターでのど元を切り裂いた。

 さっきとは全然違う洗練された身のこなしに一瞬ひるむゴブリンたち。しかし、魔物の本性として人間は襲わねばならない。

 ゴブリンたちは興奮し、威嚇いかくの声を叫びながら一斉にベンに襲いかかる。

 しかし、ステータスが十倍となったベンは、すでに中級冒険者レベルの強さだ。内またながら軽やかな身のこなしでゴブリンの間をい、まるで舞を舞うように素早く短剣を正確に振るい、のど元を切り裂いていった。

 しかし、ベンも無事ではない。動けば動くほど便意は悪化する。

 ぎゅるぎゅるぎゅ――――。

 くふぅ!

 思わず膝をついてしまうベン。

 ポロン! と鳴って、『×100』と、表示されるがそれどころではない。

 ギリギリと下腹部を締め付ける強烈な直腸の営みに、肛門の突破は時間の問題だった。

「キタキタ――――!」

 シアンは嬉しそうにクルクルッと回る。

「ク、クソ女神! も、漏れる……」

 なんとか歯を食いしばって必死に暴発を押さえようとするが、肛門はもはや限界に達していた。暴発したらスキルは解除、ただのベンに逆戻り。それはそのまま死を意味する。

 その時、子供の頃にじいちゃんに毎朝暗唱させられていた般若心経が、なぜか自然と口をついた。

観自在菩薩かんじざいぼさつ行深般若波羅ぎょうじんはんにゃはら……」

 仏教の一番基本のお経は独特のイントネーションで、唱えているうちに瞑想状態に近くなり苦痛を和らげる。

羯諦羯諦ぎゃーてーぎゃーてー波羅羯諦はーらーぎゃーてー!」

 ベンはギリギリのところで暴発を食い止めることに成功した。

 はぁ……、はぁ……。

 息荒く肩を揺らすベン。

 ゴブリンは調子悪そうなベンを見て、チャンスと襲いかかってくる。

 ベンはユラリと立ち上ると、短刀をしまい、トロンとした目で迫りくるゴブリンたちを睥睨へいげいした。

「ギャ――――!」

 奇声を上げながら飛びかかってくるゴブリンのこん棒をユラリとかわし、顔面にパンチを叩きこむ。パラメーター百倍の人類最強のパンチはゴブリンをまるで豆腐みたいに粉砕した。

 そして内またでピョコピョコっと次のゴブリンのすぐ横に迫ると、今度は裏拳でゴブリンを粉砕する。

 それでもまだゴブリンたちは諦めない。

 ベンは苦痛に顔をゆがめ、ギリッと奥歯を鳴らす。

 五、六匹倒した時だった、

「矢が飛んで来るよー」

 シアンが後ろを指さした。

 ベンは振り返る。すると何かが飛んできていた。無意識に手が動き、ガシッと握る。それは矢だった。奥に弓を構えるゴブリンがいたのだ。

 ベンはギロリとその弓ゴブリンをにらむ。

 シアンがいなかったらやられていた。例えステータス百倍でも、相手が弱くても戦場では『隙を作ったら負けだ』ということを思い知らされる。

 ベンは自分を戒めながら、つかんだ弓を逆にダーツのように投げ、脳天に命中させた。

 最後にまだしつこく襲ってくる残りのゴブリンを処理し、ベンはゴブリンたちを一掃したのだった。

 しかし、勝利の余韻などない。括約筋がさっきから悲鳴を上げている。もう何秒持つか分からないのだ。

「あー、漏れる漏れる!」

 急いでベルトを外そうとしたとき、シアンが嫌なことを言った。

「待って待って! これからが本番だゾ!」

「ほ、本番!?」

 直後、遠くで嫌な声がした。

「キャ――――! 助けてぇ」

 女の子の声だった。その叫びには鬼気迫るものがあり、ただ事ではない様子である。

 そんなの知るか! それより早く出さないと!

 ぐぅ~、ぎゅるぎゅるぎゅる~。

 腸が過去最高レベルで盛大な音を立てている。運動しすぎたのだ。人のことなど構っていられない。今ここにある脅威、便意こそが解決すべき課題なのだ!

 その時、ポロン! と鳴って、『×1000』と、表示される。

「キタ――――! 千倍! ほら、女の子が待ってるゾ!」

 シアンは嬉しそうに言うが、冗談じゃない。

 ステータス千倍となれば勇者の十倍以上強い。きっと女の子を襲っているトラブルなど瞬時に解決できるに違いない。しかしそれは便意が絶望的にキツいということも意味していた。

「いやぁぁぁ!」

 女の子の悲痛な叫びが森に響き渡る。

「ほら、宇宙最強! 急いで、急いで!」

 シアンは楽しそうにベンの周りを飛びまわりながら言う。

 ベンはギュッと目をつぶり、ギリギリと奥歯を鳴らすと、

「くっ! ブラック女神め!」

 と、悪態をつき、下腹部を押さえながらピョコピョコと駆け出した。脂汗がぽたぽたとたれ、真っ青になりながらも歯を食いしばり、声の方向を目指す。

 このクソ真面目なところが過労死の原因だというのに、転生してもまだ治らない。ベンは朦朧とした意識の中で『ここでの寿命も長くないな』と悟った。






5. 蒼き熾天使

 少しやぶいでいくと街道があり、そこに倒れた馬車が転がっていた。

 見ると、オークが十匹ほど馬車を囲んでおり、中から綺麗なブロンドをわしづかみにして、女の子を引きずり出している。

「いやぁぁぁ」

 必死に抵抗する女の子の悲痛な叫びが森に響く。

 周りには護衛だったと思われる、鎧をまとった男の遺体が何体か転がり、鮮血が溜まっていた。

 オークはイノシシの魔物。ブタの顔に二本の鋭い牙を生やし、筋骨隆々とした身体ですさまじいパワーを誇る。パンチをまともに食らった冒険者の首がちぎれて飛んだという噂があるくらいだった。

 ベンはフーフーと荒い息をしながら下腹部を押さえ、今にも暴発しそうな便意と戦いながらその様子を眺める。少し急ぎすぎたかもしれない。

「お止めになって!」

 十五歳くらいだろうか、引きずり出された女性は美しい碧眼を涙で濡らしている。そして、薄ピンクのワンピースがオークの手によって荒々しく汚されていった。

 ベンは朦朧とした意識の中、ピョコピョコと飛び出す。

 オーク十匹を相手に戦うなど熟練の冒険者でも無謀だったが、ベンには負けるイメージなどなかった。何しろ宇宙最強なのだ。ただ、暴発だけが心配である。暴発したらただの子供に逆戻りなのだから。

 気が付いたオークが巨大な斧を振りかざし、ブホォォォ! と、叫びながらベンに向けてすさまじい速度で振り下ろす。

 しかし、ベンはそれを当たり前のように指先で受け止め、グンと引っ張って取り上げた。

「ブ、ブホ?」

 渾身の一撃を無効化され斧を奪われたオークは、何があったのか分からない様子で呆然とベンを見つめる。

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④【便意ブースト】世界は今、少年の可愛いお尻に託された ~便意を我慢できたら宇宙最強!? スカッと楽しい笑いをあなたに~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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