第26話
シガージャケットに着替えてシガールームへと行くと、ホーキンス男爵は葉巻を取り出して火をつけながら、
「歳の差婚で絶対にうまくいかないと思ったのに、アウロラがすでに君にメロメロなんだから本当につまらない状況だよ」
そう言って、男爵は白い煙を吐き出した。
「アウロラにはうちの商会で働いて欲しいーーって思っていたのにさ」
扇状の洒落たデザインとなっているシガールームは、カタランの青を基調とした鮮やかな色彩タイルで装飾されており、天窓から木々の陰影や柔らかな太陽の光が差し込んで、革張りのソファを照らしている。
男爵の吸う葉巻に合わせたブランデーを渡した後に、自分の分としてリキュールを用意すると、ソファに腰をかけていた男爵が呆れた声を上げた。
「アルコール度高めを用意したねぇ、まあ、気持ちもわかるけど」
そうしてブランデーに口をつけると、感心した様子で言い出した。
「それにしても、君の手腕は相変わらずお見事だったよ。あの、悪の親玉みたいな公爵を断罪に追い込めるなんて思いもしなかった。あの爺いが死ぬまで奴の権勢は続くものだと思っていたからね」
「流れが来ているなって思ったんですよ」
俺はリキュールを一気に喉に流し込んだ。
「俺がホルンルンド商会のパーティーに参加したのはほんの気まぐれで、その時に会った客が行くからお前もどうだ?みたいな流れで、ちょっと顔を出してみるつもりで行ってみたんですけど、あそこの嫁き遅れ令嬢のクリスタが俺に興味を持ったみたいで、かなりしつこく言い寄ってきたんですよね」
あれがこの断罪劇の出発点だったのは間違いようのない事実だ。
「ほら、俺の髪って真っ黒だから貴族らしくないとか何とか言われて忌避される事が多いんですけど、平民はあんまりそんな事は気にしないでしょ?初対面なんで、のらりくらりとかわしていたんですけど、途中から本当にうざったくなって、自分は愛の女神テロスで、俺が男神ロドスとか言い出して、ふざけんなよと、俺の愛の女神はアウロラ以外にいないだろと、それで厚化粧とか年増なんて暴言を吐いたら怒り出したんですよね」
リキュールで満たしたグラスを持ってソファに座ると、思わずため息が溢れ出る。
「怒りの矛先はすぐさま、俺が女神として愛するアウロラの方へ向けられる事になったんです。あいつら、同性である女を破滅に追い込むのが趣味みたいなもんだから、あっという間にアウロラは夫を奪われ、ラーシュも奪われ、人身売買組織に攫われそうになってしまって、いや、あの時は焦ったなー〜」
「あのさ、だとすると、元夫のヨアキム君とアウロラが別れるきっかけになったのって、イデオン、君なんじゃないの?」
男爵の言葉に思わず頬が緩みそうになる。
そうなのだ、あそこでクリスタがヨアキムを奪い取ってくれなければ、未だにアウロラは奴のものだったわけだ。
「神はこの世に居るんだなって思った瞬間でしたね」
「ねえ、それさ、アウロラは知っているわけ?」
「え?」
「だからさ、君の所為で、ヨアキム君と別れることになったって事を、アウロラは知っているのかきいているんだけど?」
男爵の質問に俺が呆然となったのは言うまでもない。
朝方に破水をしたアウロラは昼過ぎには無事に出産をして、
「これほどの安産は久しぶりの事ですわ〜」
と、白髪の産婆はニコニコ顔で、俺によく似た褐色の髪の女の赤ちゃんを俺に見せてきたわけだ。
「二人目がこれほど早いとなると、三人目は歩いている間に産まれてくる事もあるのでね、次に子供が生まれる時には注意してくださいよ」
と、老婆が言っているが、歩いている間に産まれる?何それ、かなり怖いんだけど?
「陣痛で夜中まで延々と苦しむよりも、歩いている間に生まれるのを危惧されるほどの安産の方が十分に有難いんだよ?」
ホーキンス男爵は俺に声をかけると、子供を産んでぐったりとベッドに横たわるアウロラの髪を撫でながら言い出した。
「亡くなったオッソンの代わりとして見届けさせてもらったよ。アウロラ、無事の出産おめでとう。産まれた赤ちゃんは、大きくなったらうちの子供の嫁に迎えてもいいからね!」
「なんでわざわざ男爵家に嫁がせなくちゃいけないんだよ!」
男爵を肩で押しのけながらアウロラの両手を優しく包み込むと、
「アウロラ、俺の子供を産んでくれてありがとう!本当にありがとう!」
と言って感謝の言葉を伝えながら、
「落ち着いたら、アウロラに絶対に伝えなくちゃいけない事があるんだ!アウロラ!聞いてくれる?」
と言うと、アウロラは俺が浮気の告白でもするのかと勘違いして怒り出したので、お祝いムードだった周りが一転して大騒ぎを始めたのだった。
アウロラ一途の俺が浮気なんてするわけがない。
仕方がないので、俺は、自分が元夫のヨアキムとの離婚の原因になった(かもしれない)理由を説明すると、アウロラは呆れ果てた様子で、
「今更なに?」
と、言い出した。
「そもそも私は彼に疎んじられ始めていた頃だったし、遅かれ早かれ、絶対に他の女に走っていたと思うのよね」
お産でぐったりとしていたアウロラは、急に琥珀色の目をギラギラさせながら言い出した。
「浮気する男とか本当に信じられないし、浮気をした瞬間、私の中で用無しに格下げされる事になるのよ!だから、イデオン、わかってるわよね?若くて、男前で、女性にモテまくるだろうイデオンが、もしも一回でも浮気をした時には、私はどんなに困ったって・・」
「しない!しない!しない!絶対に浮気なんかしないもん!アウロラ以外にはピクリとも反応しないんだからするわけがない!俺にはアウロラだけなんだから捨てないで!」
俺たちのアホなやり取りに、片付けに入っていたメイドたちがキャアキャアはしゃぎ、産婆と男爵は呆れ果てた様子で部屋を出て行った。
ラーシュを連れてきた執事のベントンと侍従のケントが困り果てた様子で、
「赤ちゃんのお名前は?」
と、問いかけてきたので俺は即座に答えた。
「ディアーナ」
乳母から渡された我が娘を抱っこした俺は、ラーシュに顔がよく見えるように見せながら、
「ラーシュ、妹のディアーナだぞ?これからお兄ちゃんとして妹を守るのがお前の役目なんだからな!男爵の息子に取られるなよ!」
と、ラーシュにハッパをかけると、
「いもうとしゅき!かわいい!」
と、ラーシュはケントにしがみつきながらも、顔だけはこっちに向けて言い出した。
「生まれたばかりなのに、顔が整いすぎている」
「これは、後々、世を騒がせそうでございますね」
小さな赤ちゃんを眺めながら二人は呟いていたが、確かに、ディアーナは生まれたばかりとは思えないほど顔立ちが整っている。
まあ、俺の子だから仕方がないと思うんだけど。
その後も、アウロラは子供をぽこぽこと産んでくれたので、俺たち夫婦はラーシュを含めて三男二女に恵まれて、騒がしいけど楽しい我が家みたいな家庭を築くことになった。
特にディアーナは王家からも嫁に来ないかと言われて大変な事にもなるのだが、それはまた先の話ということになる。
離婚したって構いません 〜私を捨てたあなたに絶対ざまあをくらわせます〜 もちづき 裕 @MOCHIYU
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