第25話
国境線上の武力衝突もなく、隣国同士の力も拮抗した状態のまま、長らく平和が続いていたという事もあってマレーグ王国は平和ボケしていたと言ってもいいだろう。
ダデルスワル公爵が権勢を奮っている間は、防衛にかける費用も削減の一途となり、各領地では領主軍が防衛をするのだから、王国軍は解体しても良いのではないかと言い出す始末。武器の開発に力を入れず、外国からの輸入に頼るような状態だというのに、今期の予算からは武器購入のための費用は出せないと言い出した。
代が変わり、大陸の中央に位置するスヴェリル帝国が不穏な動きを見せる中、各国も自国の防衛に力を入れようと動き出している。そんな中、公爵は堂々と、王国軍には金は出せないと言い切ったのだ。
その話を聞いた俺は、思いついちゃったんだよね。
「スヴェリル帝国は武器開発に力を入れているし、これから勢力を拡大するためにも武器はどんどん作っていこうみたいな事になったんだけど、なんと、武器を作りすぎちゃったがために、お金が無くなっちゃったみたいなんだよね」
頭を抱えていた殿下は興味津々といった様子で俺の方へ顔を向ける。
「武器だけじゃ戦争って出来ないんだよ、兵士も必要だし、輜重も必要なんだから、それを用意するお金っていうのが必要で、俺の所にも最新鋭の武器を購入しないかっていう話が来ていたりするわけ」
「それで?我が国が帝国から武器を購入すればいいって事か?」
「マーレグ王国を帝国の領土に加えたいって考えているのに、こっちに武器を売るわけがないでしょう?だけど、内乱目的で武器が必要なんだってダデルスワル公爵あたりが言い出せば、帝国は喜んで売ると思うんだよね?」
「一体何が言いたいんだ?」
「だから!俺が仲介に入って、公爵には帝国から武器を買ってもらう。公爵は危ない物を運ぶ際にはロンダ商会を使うから、肝心の荷物が公爵の屋敷に入った時点で摘発を行う。大量の武器の密輸は、我が国に対する反逆の罪という事になるから、公爵を完全に潰せる上に、没収という形で最新鋭の武器も手に入れられるっていう寸法なわけだよ」
「そんな事が出来るのか?」
「アウロラを嵌めたのがホルンルンド商会のクリスタとロンダ商会のエディットなんだ。この二つの商会はダデルスワル公爵とズブズブの間柄だし、良い機会だから、トップまで一気に潰してしまっても良いんじゃないかと思うんだよ」
その時のアドルフ王太子の顔ときたら、すごいものだった。
驚愕と歓喜、期待と公爵を潰した後の展望が頭の中でぐるぐるぐるっと回転していったようで、最後に言った言葉が、
「これで我が妃にも顔向けできるな!」
だもんな。
まあ、我が国に嫁いできた王太子妃の専属の侍女の死は悲惨そのものだったので、ようやっと復讐する機会が巡ってきたとなれば、そんな反応にもなるのだろう。
マレーグ王国の最大派閥が瓦解をして、ダデルスワル公爵の処刑を皮切りに、罪を犯した貴族の裁判が行われ、全ての断罪がようやく終わったという頃合いに、アウロラのお産が始まった。
爽やかな初夏の風が室内に吹き込み、屋敷の庭園にピンクや白、オレンジや赤の大輪のダリアの花が咲き乱れる頃、ラーシュと一緒に美しい花々を見て楽しんでいたアウロラが破水したのだった。
「奥様は二人目なのでそんなに時間がかかるとも思えませんが、こういった時には男親というのはなーーーんの役にも立ちませんでな、産まれたら呼びますから、それまでそこらへんの部屋をグルグル犬のように歩いて回っていたらよろしい」
手練れの産婆は俺に向かってそんなことを言い出した。
兄嫁の出産にもたずさわったというのだが、背は曲がっているし、白髪だし、こんなので大丈夫なのかと、不安だけが胸の中に広がっていく中で、
「ヘレナさんはうちの妻のお産の時にも来てもらったけど、陣痛の時の痛みの緩和が上手な産婆さんで優秀な人だから、心配しなくても大丈夫だよ」
と言って、ダニエル・ホーキンス男爵が後ろから俺の肩を叩いてきたのだった。
このダニエル・ホーキンス、アウロラの父であるオッソン・イェルムに師事した男であり、俺に続いて3番目となるアウロラの庇護者候補だ。
三年前に妻を病で亡くしていて、その時に薬を調達して見舞いに何度も行ったり、葬儀の時には男爵一家に寄り添っていた姿を見られていた為に、クリスタがラーシュの父親はホーキンス男爵であると捏造した因縁の人物でもある。
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