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僕が従来のアンドロイドとは決定的に違う部分。僕が製造された意味。
僕は、兵器として軍事利用するためのアンドロイドだった。
人型の兵器として、戦闘能力に特化したデザインで開発された。今までの技術を結集し、量産化もなされていた。世界中の多くの人は、その事実を知らなかった。世界の裏側で、僕というどんな軍人よりも高い戦闘能力を持つアンドロイドは、ものすごい勢いで量産されていたのだ。
その中でも、僕はいわゆるプロトタイプ、試作機で、まだ完成形ではなかった。
試作機を使った実験の一環として、僕は傀儡学園に送り込まれた。兵器としてのアンドロイドには、心がない。戦う上で感情は邪魔になる。だから、傀儡学園で生活する中で、僕の心が成長しなければ、僕は試作機として成功だったことになる。
僕はそういう説明を受けていた。僕はそういう目的で生まれてきた存在なのだと認識していた。
だが実際は違った。
僕は、僕たちは、人類を滅ぼすためにつくられたアンドロイドだった。
シギの父親が生前、僕たちアンドロイドにとある時限爆弾的なプログラムを仕込んでいた。そのプログラムが発動するのが、シギの十二歳の誕生日だった。
プログラムが発動すると、自我を完全に支配され、人間をひたすら殺し続けるだけの、知能を持たないただの機械に成り下がる。一切の情け容赦なく、徹底的に人類を叩き潰すだけの殺戮兵器へと成り下がる。
人類はアンドロイドに対して全く歯が立たなかった。あらゆる兵器をもってしても、アンドロイドには勝てなかった。たった二週間で、人類は死滅した。
地球上が血の海になった。アンドロイドも活動を停止して、全員、血の海の中でうつ伏せに倒れこんで。
地球の生態系から人類が消えた。
そんな中で、地球上でたった一体、僕は目を覚ました。
最後にシギに連れてこられた実験室だった。目の前には白骨化したシギが転がっていて、その周りには五体ほどの僕と同じ姿のアンドロイドが倒れていた。
それから僕は、倒れているアンドロイドの中身を解剖しながら、世界中を歩いて旅した。それ以外にやることがなかった。倒れているアンドロイドはバッテリーの残量が十分に残っているものがほとんどで、僕自身のバッテリーの心配はなさそうだった。
世界中のいろんな場所で、自分と同じ姿をしたアンドロイドの身体を弄る。
二百年間で世界を四十周くらいしたかもしれない。途中から数えるのが面倒になったのであまり覚えていない。
南極を訪れたときのことだった。
低い気温にはそぐわない、からっと晴れた日のことだった。太陽の光を反射する地面の白い氷がひたすら眩しかった。僕は何の防寒具も着けず、手ぶらで広大な南極大陸をとぼとぼ歩いていた。
ずっと下を向いて歩いていたおかげで、不自然に地面が盛り上がっている箇所を見つけることができた。そこを手で掘っていると、やはりアンドロイドが見つかった。
あのとき、南極には人が住んでいなかったはずだけど、殺率兵器となったアンドロイドは本当の意味で地の果てまで人類を殺しに来ていたらしい。南極でアンドロイドを見つけたのはこれが初めてではなかったけれど、僕は半ば感心しながら、アンドロイドの解剖を始めた。
そのアンドロイドに触れた瞬間に、びりっと頭の中に電気が流れ込んだ。こんなことは初めてだった。
まさか、これが当たりなのか。
刹那、頭の中でやかましい子供の声のアナウンスが鳴り響いた。
『おめでとうございます! あなたは、人類が残した最後のプレゼントを発見しました! つきましては、日本の私立傀儡学園初等部校舎、中庭の桜の木の下までお越しください。人類から地球の生命体へ、最後の贈り物が、あなたを出迎えてくれることでしょう! おめでとうございます! あなたは、人類が残した……』
ループし始めたのでそこで音声を切った。
これが、シギと、その父親が僕に残した、最後の贈り物。
見つけるのに二百年かかってしまった。
その後は真っ直ぐ日本に帰って、私立傀儡学園初等部校舎を目指した。
そして、中庭の桜の木の下から、僕は一つの箱を見つけ出した。
その中に入っていたのは、僕の生首だった。いや、この世界に無数に転がっている、見慣れたアンドロイドの生首。
これが、人類が残した最後の贈り物?
本当の救い?
箱から首を取り出す。首の断面を見ると、やはりそれは人間のものではなくアンドロイドのものだった。僕と瓜二つの首は、安らかに目を閉じている。何の反応もない。
「やれることは、全部やるべきだ……」
中庭に転がっていたアンドロイドの首をもぎ取って、そこら辺に放り捨てる。残った身体に箱から取り出した首を繋ぐ。そのアンドロイドへ僕のバッテリーを少し移す。それから少し体の中を弄る。
これで起動できるはず、だけど……。
「……やあ。二百年ぶりのおはようをキミへ」
「えっ」
そのアンドロイドはあまりにも自然に目を開き、口を動かし、そして流暢に言葉を発した。それまで世界中のどのアンドロイドも、同じ修理を施しても起動しなかったのに、そのアンドロイドはいともたやすく、まるで当然のように起動した。
アンドロイドが立ち上がる。僕は僕と向かい合う。僕と同じ姿のアンドロイドと。
「久しぶりだね、柊くん。シギだよ」
「シギ……?」
「もしかして忘れちゃった? まあ、柊くんからしたら二百年も前のことだもんね。それに、わたしとはほんの数か月の付き合いだったわけだし、忘れても仕方がないか」
僕以外の生命体が、僕の思考とは関係なしに、独立した存在として、言葉を連ねている、という事実を受け入れるのに少し時間がかかった。
僕の目から涙は出なかった。
僕は涙を流すことができない。
「まずはお礼を言わせてほしい。わたしを見つけれくれて本当にありがとう。わたしたちの目的は今の世界を作り出すことだったけど、やっぱり自分自身でこの世界を生きるっていうことがしてみたかった。アンドロイドとして、この世界で生きてみたかったから。柊くんがこの贈り物を見つけるはっきりした理由はなかったのに、世界中を探し回って、こうして見つけてくれた。心の底から感謝するよ。ありがとう」
微笑をたたえた僕が、僕の声で、シギの言葉を並べる。
「この世界はね、わたしと、わたしの父親の夢そのものだったんだ。悠久の命があって、そして、他者が一切存在しない世界。何の制約もなく、しがらみもなく、不安もなく、悩みもなく、ただ生きているだけで良い世界。そのためにわたしたちはアンドロイドを開発して、人類を滅ぼした。柊くん、この世界で二百年間生きてみて、どうだった? わたしたちの理想の世界の住み心地は、どうだった?」
「……こんな世界、くそくらえだ。もううんざりだよ。何もかもが嫌になる。ずっと、眠っていたいのに、もう何もしたくないのに、それでも、どうしても生きていたいと思ってしまうから。生きるのをやめられない。生きていたくないのに、生きてしまう。ねえ、僕は、どうすれば、いいのかなぁ?」
「そっかそっか、結局柊くんは、本当の救いを追い求めていたんだね。なんだ、わたしを見つけ出す理由はあったわけか」
僕の姿をしたシギは、一歩前に踏み出した。そして、僕の胸に手の平を当てた。
「約束通り、柊くんに本当の救いをもたらしてあげる」
シギの手のひらから、僕の胸に熱が伝わってくる。徐々に温度を上げていく。やがて、燃えるような尋常ではない熱さになっていく。
「人間一人でアンドロイドを殺すことはできない。二百年前、わたしは五体のアンドロイドをダメにしちゃったけど、そのアンドロイドは死んだわけじゃない。機能を奪われただけで、活動は停止していない。あのアンドロイドたちの命は続いている。もちろん、世界中で転がっている兵器としてのアンドロイドも、まだ死んでいない。わたしが修理すれば、活動を再開できる」
「……熱い、熱い熱い熱い熱い熱い暑い暑い熱い熱い熱い熱い熱い」
身体が燃える、という感覚はなかった。燃えるというより、溶ける。
内部から徐々に、僕の身体が溶けていく。火炎の中に身を投じても全くの無傷だった僕の身体が、シギの熱によって溶けていく。
「アンドロイドを殺せるのはアンドロイドだけ。そういう風に設計したの。でも、アンドロイドを殺す方法を知っているのは、世界中でわたしだけ。だからね、柊くんが本当の救いを得るためには、わたしをアンドロイドとして復活させる以外に方法がなかったんだ」
どろどろに、僕の全てが溶けあっていく。世界の輪郭すらも、全てが混ぜ合わさって、ひとつになっていく。
全ての区別がなくなって。何も認識できなくなって。
僕の身体が、消えていく。
「今でお疲れ様、柊くん。キミは新世界における最大の功労者だよ」
僕は、本当の救いを享受した。
世界でひとりぼっちの君へ ニシマ アキト @hinadori11
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