宝石職人

藤野 悠人

宝石職人

 町外れに住む男は腕利きの職人でした。


 くたびれた服と汚れたエプロンが、彼の仕事着でした。


 工房からは毎日毎日、色々な音が聴こえてきました。カン、カンと叩く音。シュッ、シュッと削る音。キュッ、キュッと磨く音。


 男のもとには毎日毎日、たくさんの石が運ばれてきました。それは宝石が入った石でした。宝石は、最初からキラキラしているのではありません。石はどれもゴツゴツしていて、どこにでも転がっていそうなただの石ころです。


 まず初めに、男は石ころを手に取って、じっと観察します。手の中で転がして、光を当てて、虫眼鏡を通して、注意深く観察します。


 普通の人には石ころにしか見えないけれど、男は知っています。その石ころの中で眠っている宝石の姿が、彼にだけは見えるのです。


 観察を終えると、男はノミと木槌を手に取って、石ころを丁寧に砕きます。


 カン、カン。カン、カン。


 普通の人には分からないけれど、男は分かっています。どこを叩いてやれば、宝石を傷付けることなく、余分な石を壊すことができるのかを。


 しばらく石ころを叩き続けると、その中からぼんやりと輝く、他とは違った石が顔を出します。そうです。これが、みんながよく知る宝石です。でも、全然綺麗じゃありません。


 男はヤスリを手に取って、そのぼんやりと輝く石を削りました。


 シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。


 普通の人は知らないけれど、男は知っています。どれくらいの力で削れば、宝石が美しくなるのかを。


 そうしてヤスリをかけ続けると、素晴らしい青色をした宝石ができあがります。でも、全然キラキラしていません。


 男は、布といくつかの特殊な液体を使って、宝石を磨き始めます。


 キュッ、キュッ。キュッ、キュッ。


 普通の人には分からないけれど、男は分かっています。どの順番で液体を使い、どうやって布で磨いてやれば、宝石が一番輝くのかを。


 男が丁寧に磨き続けると、ただの石ころだったものが、海のように真っ青なサファイアに生まれ変わりました。


 その時、工房にひとりの青年がやってきました。


「大好きなあの子に結婚を申し込みたいのです。指輪を作ってください」


 男はにっこり笑って答えました。


「いらっしゃいませ。お待ちしていました」


 サファイアは、小さな銀色のリングにはめ込まれて、見事な指輪ができました。青年はお礼を言って、その指輪を買って行きました。


 青年はその指輪を持って、幼馴染みの娘に結婚を申し込みました。娘は泣いて喜んで、青年と結婚の約束をしました。それを知った男はにっこりと笑って、


「どうぞ、お幸せに」


と言いました。


 町では、青年と娘の結婚式が開かれました。花嫁は綺麗なドレスを着ていて、左手の指には海のようなサファイアがキラキラと輝いています。


 しかし招待客の中に、指輪を作った男の姿はありませんでした。青年は、彼を招待することをすっかり忘れていたのです。


 しかし、男は何も言いませんでした。彼は今日も小さな工房で、黙々と仕事をするだけです。


 彼は宝石職人。


 宝石作りの腕前は、このあたりで一番です。

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宝石職人 藤野 悠人 @sugar_san010

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