第44話 HERMAON
とある次元にて。
某国辺境の飲料雑貨店が、惜しまれつつ店を閉めた。
セールしたコーヒーや茶道具は殆どが売れ、訪れた客達は口々に惜しみ、店の思い出を店主に語った。
一方で行われていた武器販売についても同様だったが、客達の大半は思い出として買って行った。
他国との戦も既に終わっており、今更使う事も無いだろう。そして、使う機会が訪れない事を、店主は密かに願った。
「社長業やめたんだ」
「その社長って言うのはやめてくれ……」
茶化すようなベリンダに、シモンはを眉を歪める。
よく言われたのだ。他業種の売り子達から、店主である自分に対して仰々しく「社長」と。その呼称はこそばゆく、あまり嬉しいものではなかった。
あらかた別次元での用事を済ませ、シモンは久しぶりに基地へ戻っていた。
ベリンダの研究室には馴染みの顔が集まり、アダムも同席している。
「それで、君の国の瘴気は」
「全て除去も終わりました。別次元へ避難していた人々も戻ってきたので、復興はこれからというところです」
スチュアートの問いに答え、シモンはいつものコーヒーを口に運んだ。
「じゃあこっちと同じだな」
グレゴリーが笑い、シモンも苦笑しながら肩を竦めた。首都の復興は急ピッチで進められているが、完全復旧にはまだもう少し時間がかかりそうだ。
「シモンさんも王様になっちゃうの?」
何気ないイーディスの一言に、シモンは大げさに首を横に振る。
『もうお前に王位を譲っても良い』
父からはそう言われたが、シモンはこれを固辞した。幾ら国を襲った脅威を倒したからと言って、それだけで任されてはたまったものではない。
「面倒臭いから暫くはご勘弁願った」
そんなシモンの本音に、アダムがふきだした。
「確かに、王は面倒だな」
「リュシーさんとカレルさんは大丈夫そうだった?」
「ああ。二人とも無事送り届けたよ」
二人の心配をするところがダグラスらしい。実を言うと送り届けた際にひと悶着あったのだが。などと思いながらシモンはかいつまんで話して聞かせた。
+++
リュシーの故郷は美しい水晶の森だった。厳密には水晶ではなく、氷霊石という、溶けない氷のような特別な鉱石らしい。ウルテリオルで言うところの17世紀程度の文明なのだが、建物や人々の衣服の意匠は繊細で、未来的に洗練されていた。
リュシーが今回の件について、かつての警護対象であり、古い馴染みである宰相に告げたところ、是非会いたいと言われた。
その会った相手というのが、かつて戦場で敵対した事もあった、腐れ縁の傭兵だった。
お互いに目を丸くしたのは言うまでもない。
何でも森が強力な結界を張ったために戻れなくなり、仕方なく傭兵に身をやつしていたとのこと。
黙っていれば美形なのだが、見た目と口調がどうも胡散臭い壮年の宰相、ギョームは盛大にため息をついた。
水晶の森、いや氷霊石の森は次元の狭間を揺蕩う一風変わった世界だ。能動的な次元移動の術はないらしく、たまたま接続した次元と交易などを行うらしい。
「でもいつかまたご縁があれば、次元が接続する日もくるでしょうね」
あなたからいらっしゃる事も歓迎します。
リュシーは笑顔でそう告げて、シモンと別れた。
+++
さて一方の高次元、魔界だが、恐らく人々の想像する世界とは様相が違う。
朝も夜も存在し、建物から様式までシモンが店を開いていた世界やロタリンギアと酷似している。
普通。シモンにとってはあまりにも普通の光景なのだが、テクノロジーだけはウルテリオル以上に発達している。
次元を渡る術こそ一人しか使えないが、宇宙の遠い星への渡航も、まるでただの公共交通機関を使う程度に当たり前らしい。
街は様々な階級の魔族で溢れていたが、見た目が人間と違うだけで、その行動様式も人間と大差がない。また、階級があってもあくまで形式的なものに過ぎず、ある程度の儀礼はさておき、皆対等な存在であるかのように思えた。
文化形式が19世紀ごろで固定されているのは、魔族なりの美学らしい。どうも魔族と言うものは「美学」にうるさいようである。
帰して貰ったからには仕方がない。などと勿体を付けながら、カレルは自らの城へ案内してくれた。
丁度街と田園の境にある城は、マナーズ家の屋敷の風景によく似ている。
お気に入りのブランドの茶葉をイーディスから、そしてシモンからもプレゼントされたからか、シモンにも気前よく茶が振舞われた。
柑橘類の香りのつけられた茶葉が大層気に入ったらしく、一応軍から支払われていた給金も全てその最高級品の購入に充てたという。
ハダドはというと、同じ「王」という、カレルと横繋がりの位階ではあるのだが、最古にして最高位であるため多忙らしい。
残念ながら目通りは叶わんぞ。などとカレルが言った矢先、城へ訪ねてきた者があった。
「お帰り、カレル。ところでいい茶を仕入れたそうじゃないか」
長い白髪と髭のにこやかな老人。その頭には角もなく、あらゆる宗教で言うところの後光がさしている。人が見ればまず魔族だとは思わない。神の如き外見の彼こそが、ハダドだった。
シモンの来訪も知っていたらしく、ハダドに問われるまま、シモンは今回の一件を話して聞かせた。
「いつでも来て構わんが、軽率に異次元へ呼んだり戻したりするのだけはやめろ」
カレルにはそう釘を刺され、シモンは魔界を後にした。
+++
「あの……あのっ!」
和やかな空気の中声を上げたのはWだった。Wは訝し気な様子のベリンダの傍まで飛んで行き、その平たい手を合わせた。
「ぼく、このままシモンさんのナビロボでいてもいいですか?」
一拍の間を置いて、ベリンダが盛大に笑った。皆も同じく笑い、何故笑われているのかわからないWはきょろきょろと皆を見回す。
「その許可はシモンから貰え。俺に言う事じゃねーだろ」
「だ、だって」
背中の排気口を開いてWは狼狽える。
「モノクル作っただろ。別の次元に居てもお前の機能とはリンクできる。それに」
ベリンダはそう言って懐から小さなボールを取り出した。Wのそれによく似ている。
放り投げるとやはりWと同じく魔法陣が展開し、中からまるで蓮の花のような機体が現れた。花で例えるなら丁度おしべやめしべのある位置に大きなアイカメラがあり、大きさも、Wと同じくらいだ。
「私はX。エクスとお呼びください。ベリンダ様の警護とバイタルケアは私が行います」
Xと名乗るロボットはWに向かって慇懃に宣言した。声は、妙齢の女性のようだ。本来相棒と呼べるはずの兄妹機を前に、Wは更に蒸気を噴き出した。
「む……むぐぐ……。ヨロシクオネガイシマス……」
まるで睨みをきかせるかのように、Wは上目にXを見た。そんな対抗意識を燃やすさまに、部屋は再び笑いに満ちた。
「それで。シモン君のご返答は」
ベリンダがニヤニヤ笑い、シモンは困ったような表情で首を傾げた。
Wに色変化の機能があったのなら、きっと青ざめているのだろう。しかしシモンは意地悪く笑った後、頷いてみせた。
「これからもよろしく頼む」
ベリンダ曰く、次元を移動しても問題なく稼働できるよう、少し改造するとの事だった。半永久的に動くだろうが、定期的なメンテナンスはした方がいい。つまり、シモンはこれからもウルテリオルを訪れる必要が出来た。
イオン達には「少し不在にする」とだけしか告げていないが、腕のデバイスが向こうでも起動できれば何時でも話が出来る。そのあたりも、ベリンダ頼みだ。
シモンの軍属の身分もそのまま据え置きとなった。
何でも、特務機関のエージェントとして登録されるらしい。常駐する必要もない。任務があれば呼び出されるらしいが、それもまあ無いだろう。とはスチュアートの言だった。あくまで、シモンとウルテリオルを繋ぎとめるだけの肩書に過ぎない。……筈だ。
「前見たシリーズ映画の主人公みたいだ」
シモンのぼやきに、皆は苦笑を漏らす。
「何言ってんだか、このヒーローさんは」
グレゴリーはそう言って痛いほどシモンの肩を叩いた。
またどうせ会えるから。
一時の別れとわかっていても、そう頻繁にウルテリオルを訪れるわけではない。眼鏡を外しながら涙を溢れさせたダグラスを宥め、シモンはそれぞれに別れを告げた。
+++
翌日。一人と一機はロタリンギアの地に居た。
改造に時間がかかった事から、帰郷は夜になっていた。
王城は小高い丘の上にあり、眼下に広がる王都と草原の向こうに青い海を臨んでいる。
まばらではあるが家々には明かりが灯り、ゆるやかながら、着実な復興を感じさせていた。
シモンとWは城のバルコニーでそんな光景を見つめていた。
季節はウルテリオルと同じ冬。澄んだ空気が星々の輝きを一層強くしている。
「衛星が!二つ!!」
Wが叫んだ。その驚きように笑いながらシモンも見上げた空には月が二つ。ロタリンギアでは当たり前の、白と青の双子月が昇っていた。
「ベリンダ様ご覧になりましたか?!やっぱり太陽系とは違います!」
『そりゃそーだろ。並行次元なんだから』
開かれた画面越しに、呆れた様子のベリンダの姿が映る。背後に見えるのは、見慣れたマンションの一室だった。
さすがは稀代の天才と呼び称された科学者。元となる理論、魔導式を既に知っているとはいえ、ベリンダは双方向への通信もあっけなく可能にしてしまった。
「あっ、シモン!どこほっつき歩いてるかと思ったら」
Wの叫びで気付いたのか、一人の青年が駆け寄ってきた。
年は二十二。シモンの年の離れた弟、パスカルだった。やはり同じ銀髪で、シモンより体型は一回り小さい(と言っても十分大男ではあるが)。快活な性格も相まって、シモンにとっては弟と言うより甥か何かのように感じられる。
別次元へ避難していた間、両親や妹と共に暮らし、家臣達と農業を手伝っていた。ミーデンの襲来当時はまだ子どもだった事もあってか、あまり王族らしい礼儀作法はしみついていない。
「シモンだけだよ。作業手伝ってないの」
「悪いな」
人々が戻ったとはいえ人手は幾らあっても足りない。王である父を除いて、王族達もまた復旧作業を手伝っていた。とはいえパスカルの口調や表情は本気で責めているわけではなく、ちょっとした意地悪のようだった。
「君がWか」
パスカルはそう言ってWをしげしげと眺めた。
「はい!初めまして、Wです」
Wは精一杯、王宮式のお辞儀をしてみせた。
「よく出来てるなぁ」
褒められて気をよくしたのか、Wはパッと顔を輝かせる……かの様子で顔を上げた。
「有難うございます!」
「もうすぐ晩餐だから早く戻りなよ」
そう言って城内へ戻っていくパスカルを見送りながら、シモンは目を細める。
「フランクなご家族ですね。あ、いえ、ご家族にフランクと言うのもおかしい?」
悩み始めるWの頭を軽く撫でてシモンは笑った。
『私達とは随分違うな』
再び表示された画面にはアダムの姿があった。
「元々階級制度自体もゆるいんですよ。なので家族内でも」
『少し羨ましいよ』
アダムはそう言って嘆息する。種族の違い、文化の違いがあるとはいえ、アダムにとっては心底羨ましい間柄に違いない。
『ポータルが当たり前に動作するようになった暁には、君の国と一番に交流してみたい』
「ええ」
勿論それは父次第だが、父は喜んで賛成するだろう。
『すぐやろうと思えば出来っけどねー』
声と共に再び現れたベリンダがアダムの背にもたれかかる。
『そうだな。じき戴冠となると、計画も早めた方がいいかもしれない』
アダムは少しベリンダへ振り向きながら呟いた。
「交流は焦らず行きましょう。
『同感だ』
暫しの沈黙の後、アダムが再び口を開いた。
『君さえ迷惑でなければ』
いつもはっきりと物を言うアダムには珍しく、遠慮がちな前置きがついた。
『私と友人になって貰えないだろうか』
どこか照れくさそうなアダムの様子に、ベリンダはその両肩に手を置いたまま目を丸くして仰け反った。察するに、アダムにとって友人と呼べる存在はそれほどいない――もしくは全くいないと見受けられる。
『もう友達かと思ってたわ。なーシモン』
俺達は友達だし?などと、なった覚えも無い事を言いながらベリンダは意地悪い表情をこちらに向けた。覚えは無いものの、ベリンダとは最早友人と言っても間違いではないのだが。珍しくアダムが慌てる様子を見ながら、シモンは思わず笑みがこぼれた。
「ええ。これからもよろしくお願いします、アダム」
シモンは微笑みながら頷き、
「ついでにベリンダも」
と、付け加えた。
『おいついでって何だテメェ』
『ベル』
素でベリンダを宥めるアダムの姿は中々新鮮だった。ベル、と呼ぶのも恐らく夫婦二人で居る時だけなのだろう。ポケットにWを忍び込ませた日を思い出しながら、シモンは笑った。
「あまりお前と仲良くしても変だろう」
『は?!浮気とかマジで思ってるわけ?』
ばっかじゃねーの!!と悪態をつくベリンダにアダムも思わず笑う。しまいにはつられて、ベリンダも笑い始めた。
違う次元の夜も同じように更けてゆく。一通り挨拶を終えて名残惜し気に通話を切り、シモンはWと共に城内へ戻った。
「ベリンダ様達と、見てる
ふとしたWの疑問に、シモンは口の両端を引き上げる。
「それはねえ。何でもない」
「ええ~~~~」
シモンはふと、追いすがるWを一瞥した。
「祈る神が同じである限り、同じだよ」
「どの宗教のお話ですか?」
「そういう意味じゃない」
「もーーーー教えてくださいオーバーヒートしませんから~~~~」
答えは「違う」。
しかし同じ希望を抱くからこそ、精神的には「同じ」なのだとも言える。
物理的な正解を教えるべきか、精神的な概念を教えるべきか。どのみちWに教えるには少し時間がかかりそうだった。
リュシーの次元もカレルの次元も、そしてシモンの次元も、ウルテリオルの歴史を思えば平和的で温かい交流が望めるだろう。それでも恐らく文化や制度の違いから、きっと軋轢は起こり得る。
人と人の境界もまた、無くならない。決して平坦ではない道のりになるだろうが、一連の出来事を経た今、シモンには確かな自信があった。
夜明けが嵐ばかりとは限らないのだと。
HERMAON -人類の境界- 萩オス @hagios
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