第2話 変化の足音

浅田がこの学校に転校してから二か月が経った。

浅田があまりにも会話ができないため、クラスメイトが彼に興味を向け積極的に話しかけていたのはたったの数日間だったが、その数日間さえも彼にとっては地獄だったため、解放された後は非常に快適に日々を過ごしていた。


そしてクラスメイトが彼の性質を理解している間、彼もまたクラスメイトをじっくりと観察していた。例えば、この教室のカースト上位にいるのは男四人、女五人の合計九人。男は一人を除き全員サッカー部で、残る一人は部活動に所属せず、下校中に足しげくカラオケに通っているらしい。女は二人がダンス部、もう三人が帰宅部で、よく寄り道をしているところを教師に見つかり注意を受けているようだ。浅田は基本的にこういった輪の中心にいるような類の人々が苦手なはずなのだが、このカースト上位軍団は権力を誇示するわけでもなく、俗にいうだったため、ひっそりと感心までしていた。


また、浅田には気になる人物がいた。彼の右斜め前に座る、背丈も顔も何もかも普通な吉田亮真りょうまという男子生徒だ。この二か月間クラスの動向を探っていた浅田は、この吉田という人物が自分と酷似した人見知りであることを発見した。例えば登校時刻。浅田もできるだけ早い登校を心掛けていたが、吉田は浅田のそれを上回り、七時登校をする日もあった。

――こいつは一体何時に起きてるんだ?こいつがたった一人でいる教室に足を踏み入れるのも、それはそれで気まずくて嫌なんだ。俺より後に来いよ。それに二人しかいない空間でも、こいつは咳払いも、呼吸の音さえも発さないから余計に気味が悪い。普段何を考えて生きてるんだ?どうしてこんなに空気みたいなんだ?

浅田には、自分のことは誰にも踏み込まれたくないくせに他人のことは理解しておきたいという嫌な癖があったが、とはいえ彼は他人との関わりが下手なため、いつもそれは願望のまま消滅していた。しかし、吉田に対する好奇心と少々実った仲間意識の芽は成長を止めなかった。

浅田にチャンスが訪れたのはそれから一か月と数日が経った頃だった。


――――――――――――――――――――


――今年度の校外学習は、日比野さんのれんこん収穫の手伝いになります。まだ少し先ですが、日程と持参する物をまとめたプリントを配布するので各自確認してください。


――日比野さん?そんな固有名詞を出されても俺にはわからないぞ。

浅田が顔をしかめていると後ろから、去年と同じだねーという呟きが耳に飛び込んできた。後ろの席の二人の会話から察するに、その日比野さんとかいう人は学校から何分か歩いた場所に住む地域密着型の農家で、小中学校の課外活動によく携わっているようだ。校外学習が二年連続で同じ内容で良いのか?と若干の疑問を抱きつつ、配布されたプリントの裏側に小さく、最近読んだ漫画のキャラを書いて暇をもてあそんでいた。


――では、今から班決めをします。公平に振り分けられるようにくじで決めるので、この箱の中から一人一枚紙を引いてください。あ、ちなみに四人一班で、あまった二人は五人一班になるようにくじを作ってます。


浅田は思わず落書きの手を止めた。班決め、もしくはグループ決めという単語は、浅田がこの世で嫌いな単語リストの上位に君臨するものだった。

――班、ああそうか。校外学習だもんな、班くらい組むよな・・・最悪だ。

浅田は周りの席に聞こえないくらいのため息をついた。ただ幸いなことに、このクラスの担任はくじで班を振り分けてくれる種類の教師だったため、新たにみじめな思い出を作らずに済んだことに対しても安堵のため息を漏らした。しかし班行動をするということは、グループワークがあるということだ。人との会話や共同作業が極端に苦手な浅田にとってはこの上なくストレスがかかる作業なため、五人一班のグループに入ることを切に望みながら、回ってきたくじをゆっくりと引いた。


うわーお前とかよー。はい、まだくじ開かないでくださいね。え、誰だろう早く開けたいんだけど。あたし開けちゃったんだけど、唯奈と一緒だった!

結果を急ぎ足で確認した生徒同士から感嘆の声が上がる中、その感嘆の声すら上げる相手がいない浅田を含めた生徒たちは、担任が教壇に戻るまでこっそり自分の番号を確認しつつ待機していた。いつの間にか浅田はくじを握りしめていたらしく、自分の手の中でぐしゃぐしゃになった紙くずの存在に気付いたのは、ちょうど担任の声が響いた時だった。


――はい。ではAグループの方、手を挙げてください。前澤さん、前野くん、石塚さん、幸村さんですね。ではBグループの方――――


え、まじじゃんやったー!と声を上げる生徒もいれば、なんともいえない微妙な顔をしてクラス全体を見渡す生徒もいる。俺と同じ班になる人は後者だろうな、と少し申し訳ない気持ちになりながら浅田は自分の番を待った。


――次はEグループの方、手を挙げてください。


浅田は周りをきょろきょろ見渡しつつ恐る恐る手を挙げた。自分の他に手を挙げているのは三人。

――くそ、五人班じゃなかったか。

運が悪かったなとまたため息をつこうとした瞬間、担任の言葉で息をのんだ。


――Eグループは浅田君、北川さん、宮野さん、吉田君ですね。


ため息と驚きが同時に押し寄せ思わずせき込んだ途端、気道に何かが紛れ込み咳が止まらなくなった。

――俺と同類のやつと同じ班になるなんて、どうすんだよ。

浅田はグループメンバーの北川、宮野にやはり申し訳ない気持ちになりつつ、しかし吉田という第二の自分のことを知る機会を得たことに喜びも感じていた。この後に待ち受けるグループワークで吉田のことをじっくりと観察してやろうと意気込みつつ、机の上の紙くずを制服のポケットに突っ込んだ。

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思春期の衝撃 ろば歩(ろばあるく) @exp_start

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