間章 テイムモンスターたちの日々
第53話 年の離れた義兄弟
この話は、プレイヤー兼テイム主のボイルが、ログアウトしたあとのことである。
残された二体は一階の大部屋で話し合っていた。
「ディノス殿。早速主君からの依頼を達成させましょう!」
「えー。もう夜だよ。お肉食べてからでもいいじゃん。それに夜は寝るから夜なんだよー」
アークは忠義に篤い壮年の騎士。ディノスはやんちゃな男の子。
ボイルには通じないが、テイムモンスター同士は会話ができる。
だからこそアーツの仕方やじゃれ合うことができたのだ。
「それだと、晩御飯の後はなにもせず寝るということになりますぞ」
「それでいいよー。今日はもう終わり!」
「それはよくありませんぞ。明日は久しぶりに騎士団の訓練ですぞ」
「もうそれだけでいいじゃん!」
床に寝転がるディノスにアークは策を巡らす。
「よくありません。うーむ、では先にご飯を食べましょう。そのあとは依頼ですぞ。吾輩との約束ですぞ」
「ご飯!?」
「そうです。ご飯ですぞ! 早速食べましょう」
「うん!」
ディノスは満面の笑みでそれに賛同する。
アークはしたり顔だ。スケルトンなのに表情が分かるのはゲーム故。
「やっぱりお肉だよ! 好きな時にいっぱい食べられるの最高!!」
「普通の骨も美々。それ以上にこの骨煎餅は至高ですぞ!!」
二体はボイルからもらった料理を取り出し食べ始める。
食事風景はいつも通りだ。
「ご馳走様でした」
「ごちそうさまー。よーし、おやすみ!」
軽く手を上げ二階に駆け出したディノスは、即座に骨だけの手に捕まる。
「吾輩との約束は!? 食後に行く約束ですぞ」
「だってー!」
「約束は約束ですぞ! ディノス殿は約束も守れない男ですかな?」
「ぬーん!!」
漢らしさを求めるボイル。その背中を見ている二体は、それを落とすような行動は控えたい。
「納得しましたな。では早速行きますぞ」
アークは嬉々として武具を装備する。逆にディノスは渋々だ。
そして二体は逆の感情をいただいたまま、外に通じる扉を潜る。
「これはまた面妖ですな」
「そういうものでしょ。気にしなくていいじゃん」
外は始まりの森だった。
システム上のことは不思議に思っても気に留めない。それがプレイヤーとNPCたちの違いでもある。
「探索時間は二時間。目指すはボスファンゴですぞ!」
「それって今日倒したアレ? 二人で倒せるの?」
「目標は高くです!」
「えー。適当にブラブラでいいじゃん!」
「……仕方ありませんな」
「やった!」
陽が降り注ぐ森は春の活気があふれ、二体を迎え入れる。
「スライムだ! 先手必勝!」
「目を離すとすぐこれです」
「なんでー。戦おうよ!」
「……仕方ないですな」
システム的に、この派遣の目標やゴールはない。
テイムモンスターの好きに動いても問題はない。
「今回はディノス殿の好きにしていいですぞ。ですが次回はボスに向けて一直線ですぞ」
「えー」
「こういうのは順番ですぞ!」
「ぬーん。……わかったよ」
ディノスは不満顔なまま、近くにいたラビットに八つ当たりする。
「敵が弱すぎて鍛練になりませんな」
「じゃーどっちが多く倒せるか競争しようよ!」
「受けて立ちますぞ!」
「やった! よーいドン!!」
二人は同時に駆け出す。
アークはディノスより前に出て、進む方向を誘導する。
「走りなら俺のほうが速いよ!」
「速いだけではダメ。敵を倒してこそですぞ。アイスバレット」
飛んでいたイーグルを魔法で撃ち落とす。
「速いだけでは、吾輩に勝てませんぞ」
「絶対負けない!」
「結果が楽しみですな」
それから二体は、走りながら目に付いた敵を狩る。
スピード自体はディノスが速いが、敵を倒す巧さはアークが上手だ。
しばらくすると駆け足は終わり、二体は戦果を比べ合う。
「吾輩のほうが五体ほど多いですな」
「くっそー! 俺のほうが速いのに!」
「戦い方ですぞ」
ディノスは地団駄を踏み悔しがる。
「ほら、先に進みますぞ」
「ぬーん!!」
アークが先頭に立ち、ゆっくりと進む。
「あの花は主君が嬉しそうにとっていましたな。吾輩たちも採取ですぞ」
「はーい!」
採取方法は無造作に手で掴み抜く。品質は期待できるものではない。これがスキル持ちなら、それなりの品質になっていたはずだ。
「これで主君も喜んでくれますな」
「だね」
「次は海岸に向けて競争しますぞ」
「敵も倒しながら?」
「もちろん!」
今回は海岸を目掛けて競い合う。
「やはり吾輩の勝ちですぞ」
「でも多いのは二体だけじゃん! さっきより三体も少ないよ!」
「ディノス殿は成長が速いですな」
「もっと褒めていいからね!」
アークはディノスの頭を撫で褒める。
「さて、シザーとサラシェルを倒しましょうか」
「お魚は捕まえないの?」
「時間をかけて頑張っても数匹取れるくらいですからな。今日はやめましょう」
「わかったー」
熊系やイルカなどの水生モンスターがいれば簡単に魚が採れる。だが、今はない物強請りだ。
アークは敵の前で立ち止まり、素早く確実に敵を倒す。ディノスは走りながら、次々に敵を攻撃する。倒したかの確認はしていない。
「ぬ!?」
ディノスの後ろには、シザーが列を成して押し寄せるが、アークがカバーに入る。
「スライストルク!」
「ありがとう」
「次からはちゃんと一体ずつ倒すことですぞ」
ディノスはアークの忠告を素直に受け、一体ずつ倒していく。
十二分に浜辺を満喫した二体は、再び森の中を探索する。提案したのはもちろんアークである。
「走りながら敵倒す?」
「敵はもういっぱい倒しましたぞ。今回は採取ですな」
「はーい」
アークが率先して、いろいろなアイテムを採る。ディノスはそれを真似るが、要領よくとはいかない。悪戦苦闘だ。
「次はあちらの方に進みましょうぞ」
特に反対されることもなく、アークは行きたいところに足を向ける。
ほどなくして、二体は澄んでいる池を見つけた。周りの木々も瑞々しく色も濃い。
「喉が渇いたー」
「仕方ないですな。少し休みましょう」
「やったー」
水を見て、喉の渇きを覚えるのはまさに子供らしい言動だ。
ディノスは水筒を取り出し、ゴクゴクと飲む。
「体に染み渡るー」
「主君の真似ですかな?」
「似てた?」
「まったく。貫禄がないですぞ」
「ぬーん」
残り探索時間は一時間もない。
「さて、そろそろ移動しますぞ」
「いいけど、どこ行くのー?」
「目的もなく適当に進んでいますぞ。ディノス殿のお願いですからな」
「ありがとう!」
アークはほくそ笑む。
それから数十分。普段からは想像できないほどの、あからさまな棒読み口調がディノスの耳に入る。
「この先に進みましょうー」
「はーい」
「これが終われば好きに遊びましょうー」
「やった!」
その予定にディノスは浮かれる。
「では張り切っていきましょうぞ!」
「ふっふーん」
「楽しそうですな」
「だって遊べるんだよ!」
「そうですな……」
「どうしたの?」
アークは急に黙り臨戦態勢をとる。疑問に思いながらもディノスも槍を構える。
「これが終われば遊びの時間ですぞ! 覚悟はいいですな?」
「いきなり覚悟ってなにっ!?」
「さぁ! 敵のお出ましですぞ!! ディノス殿も吾輩の後ろに付いてきてくださいな!」
アークは敵に駆け出す。その後ろにはディノス。
「ぬ!? ボスファンゴ!! なんで!?」
「その話は後です! プロボーグ! 吾輩が引き付けている間に攻撃を!」
「よくわからないけど……!! アックスビートからのパワースピア!!」
斧アーツで攻撃力を上げてから、槍を顔に叩き込む。
ヘイトがディノスに向くが、即座にアークがカバーする。
「どこを見ています! こっちですぞ! ブレードザッパー」
「ごめん。びっくりしてつい……」
「気にしないでいいですぞ。これからはちまちま攻撃してくださいな」
「はーい」
二体は話しながら敵の攻撃を捌き、ちまちまとダメージを与える。プレイヤーがいない分、敵は弱体化しているようだ。ボイルと戦ったときよりも余裕がある。
ボスファンゴのボルテージは徐々に上がっていく。
「敵弱いね」
「油断大敵ですぞ。敵に張り付いていないと突進されますぞ」
「だから、最初に距離を詰めたんだー」
「そういうことですぞ」
ティーチングするゆとりすらあるが、それは長く続かない。
「ブフォオ!!」
怒りが爆発する。
ボスファンゴは荒々しく、無秩序に頭を振りまくる。
「くっ! これは手に負えませんぞ」
「むりー! 離れるよ!」
大きな牙は、ただ振るうだけで十分な脅威となる。二体だけで張り付くのは流石に無理だ。
「距離取られた!」
「アレが来ますぞ! 手筈通りに魔法を!」
「うん!」
「効果がない場合は吾輩の後ろですぞ!」
前足で数度地面を掻き、ボスファンゴは突進を開始する。威力を増すための距離は十分だ。
逆を言えば、二体が対処する時間もある。
「ファイヤースピア!!」
「ブゴォ!!」
「効果あり! アイスフロスト!!」
「ブゴォッ!?」
「総攻撃ですぞ!!」
鼻に火魔法を当て、ひるんだ所に地面を凍結させる。
そしてボスファンゴは滑って横転した。二体は全力で接近する。その間にアークは指示をだす。
「頭は吾輩が押さえますぞ! ディノス殿はその間に牙を叩き折りましょう。アーツは惜しみなく使うのですぞ」
「わかった!!」
距離を詰めたアークは一目散に頭に飛び付き、首の動作を抑え込む。斧に持ち替えたディノスに合図を出す。
「今ですぞ!!」
「アックスビート! 瓦割り! ボーンクラッシュ!! やったヒビが入ったよ!!」
「その調子ですぞ!」
「このッ! ていッ! ていッ! これでどうだ!! 叩き割り!!」
通常攻撃連打から最後はアーツ。大きく立派な牙の根元が砕け折れる。
折れた衝撃とショックでボスファンゴは、押さえられているのにも関わらず暴れだす。
アークは一旦離れた盾で殴る。
「お主はまだ横になっていろ!! シールドバッシュ!!」
かち上げるように、頬を殴られたボスファンゴは勢いよく上に向き、大きな衝撃を伴って頭を地面に打ち付ける。軽度のスタン状態だ。
「畳みかけますぞ!!」
「やぁ!! とぅ!!」
「刺撃! スラスト! ブレードザッパー!!」
MP切れ寸前のディノスは、槍の通常攻撃で弱点部位の鼻に攻撃する。
アークはアーツでダメージを蓄積させる。
「刺突!!」
「これで最後ですぞ! スラッシュ!!」
二体は剣と槍の初期アーツで止めを刺す。両者ともMPはもうない。
「やったー!!」
「やりましたぞ! 吾輩たちでも勝てましたぞ!」
遊びたいディノスは勝利の余韻も忘れ、尋ねる。
「もう好きに遊んでいいよね?」
「もちろんですとも!」
「わーい!! やっとだー!!」
ドロップアイテムに全身毛皮はない。そのかわり部位破壊した牙が一個ある。
「そろそろ終わりの時間ですな」
「……え?」
「帰還時間ですぞ。後三分もありませんな」
「うわー! 最初からそんな時間作るつもりなんてなかったんだ! 意地が悪いんだー」
「大人は総じて意地悪ですぞ」
アークは誇らしげな顔で言い切る。
「あー! アニキの真似だー」
「ゴホン! そういうのは突っ込んではいけませんぞ」
「アークだって俺に突っ込んだじゃん!」
「そういうこともありましたなー」
「意地悪!!」
そうこうしているうちに三分は過ぎ去り、二体は自動でホームに帰還する。
「これまた面妖ですな」
「気にしない。気にしなーい」
「そうですな!」
ディノスは帰るやいなや、装備を脱ぎインナー姿になる。
「俺はもう寝るからね!」
「ふて寝ですな」
「ちがーう! もうおやすみ!」
「はいはい。おやすみなさいですぞ」
「ふーんだ!」
ディノスは変顔を決め、軽快に階段を昇り、勢いよく扉の開け閉めする。
「種族的な特徴と相俟って、あの顔は反則級ですぞ!」
声を押さえながらアークは笑う。一頻りに楽しんだあとは真顔になり、人寂しく呟く。
「さて、吾輩は訓練ですな」
寝る必要のないスケルトンは、テイムモンスターになったことで夜の時間を持て余してしまう。アークは武器防具を装備したまま外に出る。家から十分に距離を取り鍛練を始める。
「ふッ! はッ! フンッ!」
剣を抜き、一閃。次は流れるような足捌きで振り下ろし、袈裟切り、逆袈裟、左右の薙ぎ、左右切り上げ、振り上げ、刺突と繰り出す。これを数度繰り返し、今度は盾を構える。
「くッ!」
敵の攻撃を想定してか、角度を付けて盾を彼方此方に動かす。受け止めるのではなく受け流すように。さらにはソードブレイカーを想定した動きも。
剣のときと違い脚はそれほど動いていない。踏ん張りを効かすためだろう。
最後は剣と盾の両方を構え、実戦を想定した動きになった。助走をつけての斬撃や膝をついた状態での盾捌きなどだ。
「ふぅ。いい運動をしました」
頭部部分の鎧を脱ぎ、汗がでるわけでもないのに、額を一拭い。
アークは改めて周りを見渡した。家に、夜空に、何も植えていない畑。波の音も聞こえる。
「……見回り……。住処を守るのも騎士の務めですな」
システム的に侵入者はいない。だが、責任感が強い故に気になってしまう。
ボイルから言われた聖氷の騎士。騎士団の訓練を経て、アークは騎士の在り方を体験した。
ただの見回りだが、本質は街の巡回警備と同じだ。アークは厳しい表情をしながら、無言で敷地内を回る。
住居の前方には荒れた畑。敷地の外まで見渡せる。五〇〇坪といっても家と倉庫で一〇〇坪は使っている。四〇〇坪程度なら端まで見渡せる。案外、狭い。
始まりの
裏側には防風林があるが、手付かずなため見た目は雑木林。浜辺に近づくにつれ、海岸植物が散見する。それを超えると砂浜にでる。ボロボロの漁具や木などが流れ着いていた。
北側は岩場が伺える。もっと遠くにはエットタウンの城壁も見える。
視野で確認できても、アークは実際にそこまで行き己の足で確かめる。
再び防風林を超え家に戻ると、今度は荒れた畑を歩きだす。手入れされていない地面は凸凹し、固い所や軟らかい所などバラバラ。
広大な畑を歩き終えるのには一時間ほどかかった。全体ではその倍だ。
「巡回は大変ですな。……吾輩だけなのも要因の一つなのですが……。これは主君次第ですな」
アークは少しだけ疎外感を感じ、誤魔化すように家に帰った。
「はぁ……ここまで音が響いてますな」
定年劣化している天井や床は元から薄い。ディノスの大きな呼吸音や寝言が一階のアークに届いても仕方がない。
対処しなければ二階の個室で寝るのは辛いだろう。寝ようとしたときに、他人のイビキなどで寝られないのは苦痛だ。
装備を脱いだアークはインナー姿になり椅子に座る。そして大好物の骨煎餅を取り出し食べだす。
「やはりこれですな!!」
窓からは星の明かりが差し込みアークを照らし出す。スケルトンに星影。幻想的だ。
「牙単体も捨てがたいですが……やはり骨煎餅ですな! ……いや、ボスファンゴの牙は一度味わいたいものですな!!」
アークはふと思い出し料理を取り出す。
「……カレイの唐揚げ」
モンスターはテイムされる前の記憶はない。ただ、個性はある。記憶はなくとも、想いなども微かに残っている。
「主君も凝り性ですな!」
アークはテイムされてからの冒険を振り返る。
といっても最初の出来事は墓守たちとの飲み会だ。次にトリスとディノス、ストーンゴーレム。そして大切な盾の修繕。ボスファンゴもいい思い出だ。
「訓練の許可をいただけるとは……。驚愕でしたぞ」
パロミトールが在籍する騎士団の訓練。久しぶりに明日参加する。
アークは弟分が起きてくるまで、イメージトレーニングに励むのだった。
イクスプローオンライン―海の漢に憧れたテイマー― 凍鳥 月花 @itedori_gekka
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