第52話 船上酒宴
「これは小さな一歩だが、始まりの一歩でもあるな」
「カタ?」
「俺はこういうプレイがしたくてな。そういうことをかっこつけて言っただけだ。気にするな」
「カタ」
情景が情景だ。気取りたくもなる。
「よし! 俺たちも混ざるぞ」
「カタ!!」
ボイルはインベントリーから酒を取り出し宴会に参加する。無論、先ほど作った酒も全て振舞う。アークは骨煎餅だ。宴の場所には、すでに女子力が高そうな料理が少しだけあった。どうやらサプリルが気をきかせたようだ。
女性陣は女性陣でお菓子を食べながらお喋りだ。双子の姉妹もすぐに溶け込み楽しそうにしていだ。そこには、ボイルが目指していた光景が広がっていた。
飲み仲間。ホスト役。目標を十二分に達成したとは言いづらいが、まさに始まりの一歩である。まだ見ぬ素材、それで作る酒。花見や滝見酒も達成していない。ホームの改築もこれからだ。ボイルを含めたプレイヤーの冒険は始まったばかりである。
そして例に漏れず楽しい時間はすぐ過ぎ去ってしまう。船は浅瀬を周り終え桟橋に戻ってしまった。
「もう一周行こうぜ!!」
ハヤトのおかわりに一同が賛同。それが数十回続き日は完全に沈んだ。海を照らし出すのは星々たち。
「ごめんさない! 私たちそろそろ……」
「そろそろ家事しないと……」
「二人とも参加してくれてありがとう。これからも仲良くしてくれ」
「「はい」」
そして船は桟橋に戻る。
「それでは……このあたりで」
「皆さんまたねー」
「おう! 二人ともまた今度な!」
全員が仲良くなり、当初のような硬さはもうない。姉妹は他の人たちにも声をかけ、お辞儀をしてからファストトラベルで消えていった。ホーム主とフレンド登録していれば転移システムは利用できる。
「私もこの辺で失礼します。制作依頼済ませないと……」
「忙しいのにありがとうな」
「いえいえ。いい息抜きになりました」
エレナは自分の作業に戻るようだ。
「私もお暇させてもらうわね。エレナちゃん一緒にアトリエまで行きましょ」
「いいんですか?」
「一人だとまた変な虫に声かけられるわよ」
「ありがとうございます」
ファストトラベルは街から街などの大まかな移動しかできない。ここからエットタウンの広場まで飛べても、広場からアトリエまでは徒歩になる。その間に声をかけるプレイヤーもいる。
「武器ありがとうな。できるだけ早く挑戦してみる」
「楽しみにしてます!」
「ボス討伐の依頼もよろしくね」
「おう!」
そしてサプリルとララミヤも帰っていった。残ったのは男だけ。
「スットクは二人と一緒に帰らなくていいのか?」
「儂もたまには騒ぎたいときある」
それを聞いたハヤトは顔をにやけさせて、猫なで声でボイルに詰め寄る。
「なぁなぁボイルー。このまま家で飲むのもいいけどさー。せっかくなら、あそこに行って騒ごうぜー。家よりも騒げるだろー? なぁなぁー? ディノスの紹介も兼ねてさー」
「気持ち悪い! 酔いが醒めるだろうが」
「なぁーいいだろーなぁー」
気持ち悪い駄々っ子のハヤト。その話題に他のメンツも食いつく。
「おうおう、どんちゃん騒ぎできるところがあるってか? それは楽しみだぞ」
「俺も気になるな」
「ぜひ、案内してほしいですね」
「後輩たちで独り占めはよくないだろ。儂たちも混ぜてほしいな」
年上の、しかも全員がタイプ別に整った容姿。意図してなくても圧がある。整っていてもハヤトのようにない奴もいるが……。
「わかった。そこまで言うなら紹介してやる! ただし! 全員ホラーは大丈夫なのか?」
ボイルはアークを指さし、呑兵衛たちに尋ねる。
「俺は問題ないぜ!」
「儂もだ」
「私も問題ありませんね」
「俺も大丈夫だが、ハヤトが行けるなら身構える必要もないだろ」
サクスクの意見に全員がそうだそうだと声を上げる。
「なあボイル?」
「なんだ?」
「これは俺を信用してくれているってことだよな?」
「そうだな。ある意味信用しているな」
「ひでぇー」
ハヤトはアークに抱き着き項垂れる。まさに酔っ払いのウザ絡み。それでも、里帰りができるアークは嬉しそうだ。ディノスはまだ食べられるから嬉しそうだ。
「分かった分かった!! とりあえずエットタウンに飛ぶぞ。そのあとは俺たちについてこい! 少しだけフィールドに出るが、戦闘は大丈夫か?」
一同問題ないと声を上げる。
「よし! とりあえず飛ぶぞ!!」
「「おう!!」」
酔っ払いの男たちは同時にエットタウンに飛ぶ。そしてボイルに案内されながら目的地に着く。途中予想通りバットが襲ってきたが、処理したのはアークとディノスの二人。
男たちは意気揚々と武器を装備して攻撃を仕掛けたが、全員の攻撃は見事にかすりもしない。イ
ケオジたちやストックも鉄製武器で防具も新調していた。それなのに当たらない。宝の持ち腐れである。なぜなら全員に酔いのバットステータスが付与されていたからだ。そら、あれだけ飲んでいれば付加されても可笑しくない。
「よく来たなァ」
「おう! やってきたぜー!!」
「また世話になる」
墓地に入った途端、墓守がボイルたちを出迎えた。ストックたちは墓地ということで少し思うところはあったが、酔っ払いはすぐ気にしなくなる。それはイケオジたちも同じ。風変わりな場所だが、それは酒を楽しむためのスパイス。簡単に言えばホラー系のコンセプトバーの飲むようなもの。
六人は前と同じ場所に案内され、そこで飲み明かす。アークも楽しそうにしていた。ディノスは紹介された後、幽霊のNPCたちから大量に餌付けされた。それですぐに満腹になったディノスは、ネムネムしながらも楽しんでいたが、スイッチが切れたように急に熟睡しだした。
「お前らァもう朝だぞォ!! 宴会はお開きだァ!!」
前より楽しんでいた墓守の声は、酔っぱらい特有の流れる喋り方だ。
「おうおう、もうこんな時間か! これは嫁に怒られるな」
「俺も小言は言われそうだ」
「お二人とも大変ですねー」
「お前の所はいいよな。一回りも下の若い嫁捕まえて」
「しかも心の底からキアスンが好きで、男友達との遊びらなら徹夜でも怒らないとか」
「その変わり業務連絡でも女性と話すと機嫌が悪くなりますがね」
「可愛い嫉妬なことで!!」
「まったくだ!!」
独身貴族の二人は話に付いて行けない。
「ボイル、帰ろうか……」
「そうだな」
「カタカタ」
アークはディノスを背負い二人の側で待つ。嫁持ちといえばスットクもそうだが、話題にされないように気配を消していた。それもそうだろ。全員がストックの嫁であるアネモネのことを知っている。かなり弄られるだろう。
「お前らも帰り支度をしろ」
ボイルの号令に全員が帰り支度を始める。といっても、各自が出したアイテムでまだ使えるものを仕舞うくらいだ。現実と違い食器類の片付はない。楽なものだ。プレイヤーたちは前と同じく墓守に墓地の境まで見送られる。
「お前たちとのォ宴は楽しいィ。またこいィ」
「世話になった。ありがとう。アークのためにもまた来る」
「また酒を飲みにくるな!」
「カタカタ」
ストックやイケオジたちも思い思いに感謝を述べた。帰りは朝の時間帯。襲ってきたバットは出現しない。六人は陽気に話しながら、千鳥足でエットタウンに帰った。
「俺はここでログアウトだ。アネモネもいないみたいだしな」
「私たちもここで失礼します。ありがとうございました」
「いい飲みだったぜ! またな!」
「今日はありがとな」
「またな」
「また飲もうぜ!」
四人はボイルたちと握手をして、その場でログアウトした。テイムモンスターがいなければこういうこともできる。逆に、ボイルは彼らのようなログアウトはできない。
「俺は一旦ホームに飛んで、そこでログアウトするな」
「またな」
「おう!」
ハヤトはギルドホームでログアウトするようだ。ボイルはファストトラベルを見届けてから、自分もホームに向けて飛んだ。
「ただいま」
「カタ」
飛んだ先は家の前だった。三人は家に入り、文字通り一息つく。
「悪いが俺はこのまま寝させてもらうな。二人とも好きに過ごしていてくれ。もちろん騎士団の訓練にも好きに参加していいからな。飯も自由に食べてくれ。フィールドに行くのはよくないが、ホーム内なら好きに回ってくれ」
「カタ!」
酒に酔っているボイルは、わざわざ言葉に出して再び許可を出す。システム的にはかなり前に許可されていたことが継続されていたのだが、酒に酔っていることを自覚できる人間は、大事なことができているか不安になる。だから再度、声に出してまで確認してしまう。
「二人ともおやすみ」
「カタ」
熟睡しているディノスからの返しはない。ボイルは気持ち悪さに耐えながら、適当に選んだ二階の個室に入りベッドに横たわる。そしてログアウトを選択した。
《ログアウトを開始します。お疲れ様でした。またの探検をお待ちしております》
ダイブ装置から起き上がったボイルは直でベッドに入る。当たり前だが、バットステータスが現実に及ぶことはない。ボイルの体はいたって健康体だ。ただ、精神はゲームプレイや宴会の空気で疲れていた。
「気心知れた奴との飲みはいいな」
五月にしては肌寒い室内。でも、心はとても温かった。その熱は布団にも伝わっていく。身も心も温もり包まれたボイルは、数分もしないうちに夢の住人となった。
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