第6話

 ――人の住む街へ下りてきた。

 住人は全て自分で考え、行動している『キャラクター』だ。

 『プレイヤー』か『NPC』なのか、区別は付かない。


(時々『質問状態』を見せる様なら、プレイヤーと判断してもイイかな?)


「――マスター」

 ビキニが振り向き、さっそく『質問』してきた。おいおい。

「私に、武器は必要ですか? マスター」

「へ?」


 オークに襲われかけた、山の温泉池の事を言っているのだろう。あの時はソラの攻撃で無事に済んだが、確かに武装は、有るに越した事はない。


「――お金、持ってるの?」

「オークが落としてました」


(なるほど、『討伐報酬』というヤツか……その辺は『RPG』っぽいな)


「用心のため、持っていた方が良いかもね?」

「はい」



 ――武器屋へ来た。

 ビキニは値段の安い商品が並ぶコーナーを物色している。

 オークは、それほど大した『報酬』では無かったようだ。


 小さなナイフを取り、独り言を呟いている。

「――そもそもソラを指にはめて、武器を握り込めるのかしら?」

「る?」


 ナイフを戻し、ソラに話しかける。

「ねえ? ソラ。あなた左手に移動しません?」

「くるる……」


 ――シュウォンッ!


 ビキニの右手中指に巻きつくソラが、突然身体を伸ばした。大きい!


「ソラっ!?」


 驚くビキニの手の中で、ソラは、ひと振りの切れ味鋭そうな『短剣』へと姿を変える。


(すげっ!)


「おおおっ!」

 店の奥からビキニの様子を窺っていた武器屋の亭主が、驚きの声を上げた。

「な、なんだい、その短剣は! えっ、嬢ちゃん」

「はい?」

「う、売ってくれっ!!」

「ダメです」


 指輪に戻ったソラを左手で抱え隠し、ビキニは逃げるように武器屋を後にした。



「――ソラ……あなた、あんなことが出来るんですね? ビックリしました……」

「る?」


 武器屋から逃げてきたビキニは、街はずれの少し小高い丘の上へ腰を下ろした。

 辺りはそろそろ暗くなり、星も瞬き始めそうな頃合いだ。


 明るさを失っていく夕空を見上げていたビキニが、ふいに振り向き、質問してきた。


「――マスター、俳句ってなんですか?」

 それは出会った時、初めに質問してきたものだ。

「ええと、五文字・七文……」

「――『月』を詠んだ句って、多いですよね?」

「は?」


「月って、何ですか? 私……詠めません……」

「は?」


 ――す、と立ち上がったビキニが、すっかり暗くなった星空を指し示す。


「それが『絶景』なんじゃないですか? 月が景色が」

「!?」


 ――言われて気が付いた。俺はこのゲームで『月』を見た記憶が無い。

 いつも彼女の行動を見続け、彼女の視点で移動していたから気が付かなかった。


(そんな事が有るだろうか? これだけグラフィックスに力を入れているゲームで、月を描き忘れるなんてこと……)


 ビキニが指す方向に、視線を見上げる。


 無数に瞬く星々の中に……ぼっかりと丸く、星が全く見えない、暗黒の場所が有った。


 いや……その円の中心に、たったひとつ?


 俺は、その場所を、めいっぱい拡大した。




「……地球……」




「……マスターは、に居ます……そこからは『月』が見えるのですね?」

「あ……ああ」



 ――『ワーム・ホール』……。


 ――『はじめてのおせかい』は、ゲームソフトじゃない……ワーム・ホールを利用した『ライブ配信ソフト』……。



「――探しに行きましょう、マスター! 月の見える絶景を!」


 四畳半いっぱいに溢れるビキニの笑顔は、圧倒的な現実感だ。


(――この子は、データーなんかでは無い……ワームホールの、向こうの星で、今を……実際に




「――どうしましすか? マスター」


 ――ビキニが質問してきた。


「――決まってるだろ!」

「はい」



 出会いの『秋』が、終わる。


 そして新しい季節が、俺たちを迎えた。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 本日の俳句。


『名月を 取ってくれろと 笑むビキニ』 マスター。




 ―――― 了。

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異世界俳人ビキニ鎧ちゃん俳句紀行(秋) ー奥の細いひもー ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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