第5話

 ――ビキニがぐんぐんと、山道を登って行く。

 何処か目的の場所でも、有るというのか?

 見守る事しかできないゲームだ。

 彼女が振り向いてくれなければ、問い掛ける事すら許されない。


(――これじゃ、まるで小学生の片思いだな……)


 苦笑いしか、俺には、無い。



 少し斜面が緩くなり、更にしばらく行くと、開けた河原のような場所へ出た。

 いや、実際河原なのだろうか? 大小様々な形の岩がゴロゴロと点在し、その一画に、人の手が加わったような石積みが築かれている。

 ビキニは足を取られ、岩に手を付きながら、ヨロヨロとそこへ向かう。



(――温泉だ!)


 石積みはタタミ十畳ほどの舞台だった。

 その向こう側に、かなりな広さの温泉池が、暖かそうに湯煙を湛える。

 温泉池のすぐ脇には山肌の斜面。そこから何本もの『カエデ』の木が枝を伸ばし、湯の表面に赤く染まった紅葉を降らせていた。


(天然露天風呂……なのかな? この舞台は人口の物みたいだが……利用者のために、後から造られたものなのだろうか?)


 俺が舞台や温泉池のアチコチに視線を移し、そんなことを考えているスキに、舞台の中央ではビキニが、いつの間にか外套を脱ぎ始めていた。


(えっ! なに! 入るつもりか!)


 おいおい、これはそういうゲームか? サービスイベントだとでも、云うつもりなのか?


 慌てる俺のそんな心の声が届くはずもなく、ビキニはフンフンと鼻唄まで披露しながら、外套の留め金を外し、別な『特技』まで『お見せ』する気だ。


 見守るゲームとはいえ、こんな時まで見守っててイイものなのか? 運営はそれでいいのか? 倫理審査は? BANは?


「ふんふん、ふふん……」

「ちょ! まて! ビキニ!」

「ふん、ふふん……」



 ――キャラクターが『質問』状態にならないと、コチラの声は一切聞こえないようで、ビキニは普通に服を脱ぎ、普通に湯に浸かった。


 ちゃぽん。

「――ふうぅ……」


 温泉に浮かぶ紅葉が流れ、肌に貼り付き、微妙に美妙な所を隠したり……もしている。

 だが本当にこれを『見守って』しまってイイのか?



 ビキニが湯の中から右手を出し、顔の高さへ持ってきた。そういえば、ソラはどうなった?

 俺は右手中指をズームイン。


「る」

 ソラは楽しそうに、濡れたビキニの指をクルクルと回りながら遊んでいた。

「くるる」

「ソラ、嬉しそうですね……ふふ」


 この子は、お風呂が好きなようだ。


「……あれ?」

 ビキニが何かに気が付いた。

 視線の先を見ると、湯煙の向こうから、何か大きな生き物の影がユックリと紅葉を押しのけ、こちらへ近付いてくる。

「なに?」

 ビキニが両手で肩を抱く様、身体を隠す。


「ぐ、ぐぐ、ぐ……」


 十メートル程先に姿を現わせたのは、赤黒い皮膚が逞しく盛り上がり、身長が二メートルは有りそうな一匹の怪物!

 オレンジ色で艶の無い髪を斬バラに振り乱し、ぶ厚い肩から直接生えた太い首を、小刻みに左右に揺らしながらコチラを睨み、湯を波立たせ進んでくる。


「お! オークッ!」

 ビキニが悲鳴を上げた。

「オーク!?」


「ぐぎゃ~っ! ごっごっごっご!」


 興奮状態の咆哮を叫び、肩を揺すって湯を叩くと、大きな波音を立て、ぐんぐん近づいてきた!


「ごっごんっごっごんんご!!」


「に、逃げろ! ビキニ! にげろっ!!」

 大声で叫ぶが、聞こえはしない。

 彼女は肩を抱きしめながら、震えるばかりだ!


(まさか、こんなコトまで『見守れ』ッて云うのか!!)


 俺はこのゲームを、初めて呪った。


「こ! こないでっ!」

「ごっごんっごっ!」


「イヤぁぁっつ!!」

 ビキニが悲鳴と一緒に片手を突き出し、大きく拒絶した時!

 ――ぼごごごごぉぉぉぉぉっっつ!!


 突然、轟音を伴った眩しい爆炎が、彼女の手のひらの向こう側に広がる!

 ごごごぉぉぉっつ!!

 あっと言う間に巨大な炎が、温泉池全体を完全に飲み込んだ。


 一瞬で炎に包まれたオークの影も、形を保っていられたのは、始めの、ほんの数秒間だけだった。



 ――温泉から上がり、服を着こんだビキニが、ようやく落ち着きを取り戻したようだ……そして、それは同時に、俺にも云える事だった。


(――まさか怪物が襲ってくるとは……)


「……マスター」

 ビキニが振り向き、話しかけてきた。

「……レベルが上がったようです、マスター」

「……レベル?」

「はい」


(そんなものが有るのか?)


「どうしますか、マスター……? ステータスの、確認が出来ますが?」

「えっ! じゃぁ、見せてもらえる?」

「はい」


 ぴ。


 こちらを見るビキニの手前に、つらつらつらと、半透明の文字が並んで表示された。


【Status】

【NAME:ビキニよろい】

【ITEMS:ビキニ鎧】

【TAME:雛龍】


「……へ? これだけ?」

「はい。開示されている情報は、今はこれだけのようです」

「はは……そう……」


(これで確認も何も、無いだろうに……おや?)


「『テイム:雛龍』?」

「はい。ソラの事ですね」

「えっ!!」


 ――空から落ちて、空色のタマゴから孵ったソラは、龍だった。


「サッキは助かりました……有難うございます。ソラ」

「くる」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 今日の俳句。


『湯煙を そらにはらはれ 紅葉燃ゆ』 ビキニ。

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