第4話
――景色は、美しく紅葉舞い散る山道へと変化してきた。
ビキニは、たわわに実る両の胸を自ら押さえ、タマゴを温めながら歩いているようだ。
「――きれいだ……」
このゲーム、『絶景を探せ!』との社命になるだけの事はある。背景のグラフィックスに、恐ろしく力を入れている。
落ちてくる、赤や黄に染まった葉っぱの一枚一枚が見事な『書き込み』!
風に舞う様子は、自然を感じさせる無軌道さを、計算し尽くして表示した物だろう。
グラフィックボード様サマだ。最新鋭の恩恵にあずかる。
自分が作成したキャラクターが、自由に行動していくのを、ただただ見守っているだけのゲームだ。こういった楽しみ方も無ければ、退屈してしまうのかも知れない。
しばしビキニの歩みに付き合い、移り変わって行く景色に、山道の散策を味わう事とするか。
「――あっ……」
見晴らしのイイ尾根伝いになって、パノラマの秋に目を奪われていると、小さく叫んだビキニの声に視線が移った。
彼女は立ち止まると、キョロキョロと辺りの様子を見廻している。
モソモソと肩を丸めて胸の谷間からタマゴを取り出し、目線へ上げてクルクルと見つめた。
「あっ」
ふたたび軽く叫んだビキニがコチラを振り向く。
「――マスター、大変です!」
タマゴを摘まみ、俺へ向ける。
「ひなが、動いているようです!」
「え?」
俺はズームアップでタマゴを四畳半に拡大した。なるほど、空色のタマゴがふにふにと柔らかく形を変えている。
(固い殻ではないのかな? 鳥の卵じゃないのかも……形も卵型ではなく、真ん丸だし)
「どうしましょう? マスター」
「もしかしたら、もうすぐヒナが孵るのかも……しばらく様子を見守ったほうがいい」
「ヒナ? 孵る……見守る……」
少しビキニが固まった。ものすごい勢いで様々アクセスしているのかも知れない。通信料が心配だ。
「……はい」
摘まんでいたタマゴを手のひらへ移し、両手で包み込むようにして眺めている。
「……見守ります」
ビキニはいつもの三人称視点へは戻らず、コチラを向いたまま、二人でタマゴを見守っていた。
「……ぁ……」
ビキニのかすれる様な声で、タマゴが破れた。
「る」
黒く細長い、ミミズの様な小さな生き物が、鳴き声と共に飛び出してきて、ビキニの華奢な手のひらをヌラリと濡らす。
「る」
「孵りました、マスター! ひな……ですよね?」
「……ああ……君の、ヒナだ」
「……私の……ひな……」
(サンショウウオ……? にしては、細長すぎる?)
ビキニのヒナは、黒く細長い身体に小さな手足が四本飛び出す、山椒魚の胴体を更にス~ッと引き延ばした印象の生き物だ。
プラナリアのような『渦虫類』に、小さな手足を付けた感じ。
円錐形に膨らんだ頭部でターコイズの粒を思わせる瞳が、秋空色にふたつ並んでいる。
もっとよく見たいと、ズームをググっと拡大して驚いた。
「ええっ!?」
黒く艶やかな身体の表面に、ごくごく細やかなひし形の網目模様が……鱗のようだ。
「こ! こんな所まで『テクスチャー』貼るかよっ!?」
(――このゲームデザイナー、どうかしてる……)
俺は以前、ビキニの胸を四畳半一杯まで拡大した時、そのあまりのディテールの確かさ……毛穴の存在、皮下の血管すら感じさせるリアルさに、度肝を抜かれた。
だがその時は『これもデザイナーのこだわりか』と、むしろ共感を感じ『もし隣にいたとしたら、握手を求めていただろうな』とも思ったが……流石にこれはやり過ぎだろう。
マシンパワーの無駄遣いとしか思えない。
――背すじを少々、寒いものが抜けて行く。
「あっ!」
ビキニの手のひらで、ヒナが動いた。
尖った頭を指の隙間へねじ込むと、潜りこみ、そのままちゅるんと、ビキニの右手中指の付け根へ二重に巻き付いた。
「くるる」
「……くすぐったい、です」
ビキニは目を細め、手のひらと甲を返しつつ、優しく左手でヒナに触れる。
「くる……」
「かわいい……」
――ビキニがどんどん、感情豊かになってきている。
「……どうしましょう? マスター……」
「君のヒナだ……お母さんの君が、好きにするとイイ」
「私が……お母さん……?」
「……名前を、付けてあげたら?」
「なまえ……」
しばらく固まったビキニが。
「……そら……『ソラ』にします。空から落ちてきたから……」
「……そら……」
(――松尾芭蕉が『奥の細道』で、ともに旅した弟子の名が『
「……うふふ、ソラ……」
「くるる……」
――中指に鼻を近付けるビキニと、首を持ち上げ、楊枝の先程もない小さな舌をチロチロと動かし、形のイイ小鼻を舐め取るソラの姿が、四畳半いっぱい、俺の目の前に映っていた。
「くすぐったい、ですよぉ……ソラ……」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
本日の俳句
『尾根道の 我に降りたる そら・紅葉』 ビキニ。
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