第3話
――抜けるように澄み切った高い秋空の街道を、黒い外套の裾を揺らし、ナデシコ髪の少女が行く。
ここが実は狭苦しい男所帯の四畳半だとは、とても思えない、爽やかな風すら吹き抜ける異世界。
最新鋭のPCから出力される3D映像は、煙草のヤニがこびり付いた部屋を隠し、日付を間違えて捨てられずにいた空き缶も、もはや忘却の彼方だ。
時々聞こえてくる上空を飛ぶ鳥の声や、遥かに霞む晴れ広がった景色へ、藤色の瞳を好奇心に輝かせ、楽し気な旅のスタートだった。
『最高の絶景を探し出し、それを俳句に詠む』
ビキニに『課題』を与えた際、彼女から、いくつかの『質問』が寄せられた。
「――『絶景』って、なんですか? マスター」
「う~ん……他所ではチョット見ることが出来ない景色……の事かな」
「はい」
「――『俳句』って、なんですか? マスター」
「えっと……五文字・七文字・五文字……の形に詠まれた、短い歌? 必ず『季語』という、季節を感じさせる言葉を入れる、というルールが有る」
「はい」
こんなノンビリとした会話をしながらも、おそらく彼女はバックグラウンドで、猛烈な勢いの『検索・ヒット・学習』を、オンライン上で繰り返している。
「――『美しい』って、なんですか? マスター」
教えてもいない、答えに窮してしまう質問が投げ掛けられる事が、その良い証拠だ。
「うう~ん……心を揺らす……見たり聞いたりして、感動して、いい気持ちになるモノを……表す言葉……?」
「はい」
「――『心』って、なんですか? マスター」
「ええ~っ……?」
万事がこんな調子の会話が、旅立つ前にしばらく、二人の間で交わされ続けた。
ようやく旅立つことが出来たビキニが、高い空を見上げ、気持ちよさげに髪を耳へ掛けながら、その歩みを弛めた時、
「あっ!」
と、短く叫びをあげた。
「……」
その場に立ち止まって首をたれ、何か下の方を確認している様子だ。
しばらく様子を見守っていると、おもむろに振り返り、
「――マスター、大変です!」
そう言って外套の襟元を広げ、三角形の鎧に持ち上げられた、豊かな胸を見せ付けてきた。
「これを見て下さい! マスター、これこれ!」
「え! え、ええ~っ!?」
「――もっと近付いて下さい! もっとよく見て! ほらっ、マスター!」
「え~……ええっとォ……」
「マスター! ズーム・アップ! あっぷ!」
「は、はい……」
俺はビキニに言われるがまま、彼女の白い胸を、四畳半一杯に拡大した。
――たぷん……。
目の前の空間を巨大かつ圧倒的な丸い存在感が、押し寄せ波打つ。
俺は、ふくよかに柔らかく自己主張してくるそれを、ただ見上げて、あんぐりと呆ける事しかできない。
(――こんな姿……親には決して、見せられない)
もちろん親以外の他人様にも、お見せできるようなモノではなかった。
「……これです、これ! マスター」
――とぷん……たゆん……たぷん……。
ピョンピョンと、突き上げるたび、揺れる胸。
五・七・五……マスター川柳。
「え? え? え?」
「これ、これ……」
「……あ!」
視線を泳がせながらも、俺はやっとビキニが言わんとしている事に気が付いた。
彼女の柔らかい谷間に、小さな丸い『空色』が、揺れながら納まっている。
「何か、挟まってる……何だろう?」
「……空から落ちて来ました。拾得アイテムの様です……どうしましょうか?」
「チョッと取り出せる?」
「はい」
俺の目の前で、四畳半一杯に埋め尽くされた胸の谷間に、ビキニの細くしなやかな指が、するすると柔らかく潜りこむ。
(あ、こら、あまり鎧をずらすな、これ……)
――ぷるん。
「……取れました。これです!」
「……たまご……?」
どうやらそれは、ピンポン玉よりやや小さな、3センチ程の空色の『タマゴ』のようだ。
「どうしましょう? マスター」
ビキニは、俺に『質問』をしているらしい。
「うん……ビキニの胸に落ちてきたものだ。君の物にしてイイと思うよ」
「私の……もの?」
「また胸で暖めて置けば、そのうち『ヒナ』が孵るかもね?」
「私の……ひな……」
ビキニはじっとタマゴを見つめ、パチンとひとつ瞬きをしてから、再び胸の谷間へそっと押し入れた。
「……はい……暖めて、置きます……」
そう言ってクルリとお尻を見せると、さっきよりも少し軽やかな感じに、再び歩き始めた。
――その、歩き始める寸前のビキニの言葉を、俺は聞き逃さなかった。
『……ひな……ウレシイ……」
――PCでランダムに造られたアバターのビキニに、明らかな感情が生まれた、瞬間だった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
本日の俳句
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます