第2話

「――か……完璧だ……」


 最新PCが稼働している四畳半は、ブレーカーが落ちる危険が有るので、暗黒だ。

 モニターを見上げ照らされる俺の顔は、おそらく今、感動の喜びに打ち震えている事だろう。


「たったの……三分……」


 この手のゲームで立ち上げ後、最も時間を掛けてしまう『アバター』の制作。

 初めから仕事と割り切って、私的な感情を押し殺すためにも、すべてのパラメーターを『RANDOM』にしようと、心に決めて開始した。

 それが、功を奏したというのか……。


 目の前の『三次元モニター』に立ち浮かび、ゆっくりと回転している姿は、まさに俺の理想。『不気味の谷』なんかは軽く飛び越え、遥か極みへ霞み消えて行きそうだ。


 ――奇跡のランダム数値が、PCに『完璧美少女』を誕生させた!


 撫子ナデシコの豊かな髪に揺れる、藤色に濡れて瞬く大粒の瞳。

 ぷっくりすぼめた艶のある唇は、白桃の果肉の様に香り立つ。

 真っ白な細い首と華奢な肩から、滑らかに前へと張り出す、たわわな『あわわ』。

 くびれたおへそ回りを、後ろからキュキュッと持ち上げ引き締めた、丸く輝くふたつの丘。


 もそこそこに『速攻保存』で、次へ進んだ。



 ――順調だったのはここまで。


 次の設定で大いに迷う事となる。


「服か……」


 今の彼女は『裸ん坊』だ。

 まさか、このまま『異世界放浪』をさせる訳にもいかない。


「有料……」


 初期費用として社から預かっている金額は『十万円』。

 できれば全てを使い、最上の状態で送り出してあげたい。

 だが、その社費で賄える最もイイ装備の、が問題だった。


「ビキニ鎧……だと?」


 それは鎧とは名ばかりの『水着』だった。

 しかも、かなりキワドイ、いわゆる『あぶない水着』。


「防具としては、値段的に手が出せない『白鋼の鎧』顔負けなんだが……とりあえず『試着』をしてみようか……」


 撫子色の髪に隠されていた豊かな胸に、申し訳程度の『布』が被される。

 黒絹のような光沢の三角形が赤い縁取りで、真っ白な餅のような肌を包み込んだ。


「うわっ! か……カワイイ……」


 初めて『アクセサリー』を装備した彼女の可愛らしさに、思わず『決定』ボタンを押しそうになる……が、回転を続ける彼女が、コチラへお尻を向けた。


「……!」


 後ろ姿を見せた彼女は、ハダカ……赤く細い『ひも』が白く輝く背中に、上から順に、たて、たて、よこ、よこ、たて……と、描かれているだけ……『羊』という漢字の真ん中から『十』の文字を抜いた形だ。


「これは……さすがに……」


 このゲーム、通常視点は三人称……つまりゲーム中は常に、彼女のお尻を見ながら過ごす事となる。


「これじゃ社命の『最高絶景』を探すなんて……お尻に気を取られてしまって、俺には絶対に無理だ」


(どうする? 少し防具のグレードを落とし、『とび職のニッカポッカ』にするか……?)


 かるく小首をかしげて、微笑みを浮かべ見つめてくる、水着姿の少女。

 その隣に、ヤンチャなお兄さん御用達の、迷彩柄の作業服を並べ、腕を組んで頭を悩ませた。



 ――二時間後……モニターには、ビキニ鎧の上へ天鵞絨ビロード光沢の黒い外套を羽織った、ナデシコ髪の美少女が回っている。


「結局……自腹か……」


 俺は預かっていた社費に自分の生活費を加え、彼女の魅惑的な背中を隠す道を選んだ。


 このゲームは『MMO』……オンラインで不特定の多人数が参加する大規模ゲームだ。どんなやからの好奇の目に、彼女が晒されてしまうか分からない。

 さらに言えば、俺が社費を使って『日がな一日』美少女のお尻を見つめて過ごしていると、会社の連中に知れてしまったら……。

 ――仕方がない選択だったとはいえ、貴重な生活費に、手を付けてしまった事が悔やまれる……。


 あまりにショックが大きかったために、俺はこの後表示された重要なメッセージを、見逃してしまう羽目になった。


【――最後に『マスター』の声紋登録をします。アバターに名前を付けてあげて下さい……】

 ぴ。


「……やはり、『ビキニよろい』は、外せない……」


 ぴ。【……登録、完了しました】



「――私の名前は『ビキニよろい』ですね? マスター。ステキな名前と可愛い服を、有難うございます!」


 とつぜん喋り出した美少女の美しい声に、ドキリと心臓が音を出して跳ね上がった。


「……私の冒険を、どうか『見守って』下さい……よろしくお願いします。マスター」


 恥ずかしそうに頬を染め、ペコリと頭を下げた少女が、小さな口元からニコリと、白い歯をのぞかせた。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



本日の俳句。


『尻守る 衣に変わる の夜食』 マスター。


※季語は『夜食』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る