Ep.07 [Echo(中編)]

 Logcode:FR#28031Y00-L9

 2171.06.05 08:30:59

 今日は私を保護してくれた研究機関"エンパス"で、私とアッシュの過去に関する記録の解析が始まる。

 ElimiNatorの起動中に関する思考の記録は私も少し気になっていただけに、良い機会だったのかもしれない。

 データの抽出には少し時間が掛かるらしく、私達はこのあと暫く眠る事になる。

 冴樹さんは前日から寝ていないのに、早朝からここまで同行してくれた。

 私達に定期的な給電が必要であるように、ヒトには睡眠が必要。一晩寝なかったぐらいどうと言うことはないと冴樹さんは言うけど、それでも心配になる。

 

 

 2171.06.05 08:52:46

 2階のメンテナンス室に通された私達は、これからログデータの抽出と定期メンテナンスを行う。

 簡易的なメンテナンスは毎週本部で行っているけど、今回はアッシュと一緒にフルメンテナンスをする。

 ついでに外付けのレーダーユニットにも新しい機能を実装するという話だった。対象の物質と共振する周波数帯の音波を増幅させて発射する装置を開発したので、次の実戦で試してみて欲しいとの事。レシービングユニットを私側にも組み込む必要があるので、終日作業になりそうだという。

 そろそろ眠る準備をしなきゃ。

 

 2171.06.05 21:13:01

 メンテナンスが終わり、私達は冴樹さんと本部へ戻る支度をしていた。

 私とアッシュの記録データはプロテクトの解除含め、解析にはかなりの時間が掛かるようで、情報がまとまり次第共有するという事になったらしい。

 帰り際、私を保護してくれたAI技術部の中村さんが私とアッシュに『困ったことがあったり、システムに異常が見られたらすぐに連絡して欲しい。駆け付けるから。』と、声を掛けてくれた。本部にもエンパスのスタッフは常駐しているけど、やはり何かあったら気になってしまうのだと照れくさそうに笑う。

 あの日私は、この人に出会えて良かったと思う。


 Logcode:FR#28097Y03-P5

 2171.06.06 00:15:30

 本部屋上で、冴樹さんと話をした。

 つい不安に感じていた事を言ってしまったけど、冴樹さんは優しかった。

 冴樹さんはずっとElimiNatorも含めて、私なのだと認めてくれていた。

 インプリンティングされた日から、私はこれまで自分自身に恐怖のような感覚を持ち続けていた。でもこの時、ちゃんと受け止めなきゃって初めて思えた気がする。

 いつだって前に出て戦っていたのは、"この子"なのだから。

 

 途中からの数分間、記録が欠損している。

 気付いたら私は、ひとりで自室のドア前に立っていた。

 あのあと、何があったのだろう。

 ――おもいだせない。


 2171.06.06 07:24:08

 冴樹さんからの無線で目覚めた私は、アッシュを起こし、ミーティングルームへ向かう準備をしている。

 鏡の前で、ぼんやり考えた。

 私の中に居る排他的プログラムである"もう一人の私"は、何を思うのだろう。

 もしかしたら何もないかもしれないけれど、もし何かがあるのなら、少しでも分かってあげたい。

 あなたは私であり、私はあなたでもある。

 あなたもきっと、どうにもならないもどかしさの中に生まれ、ここで生きているのだから。

 そう、今なら思える。


 

 ――07:30 本部3階 ミーティングルームD。

 灰色の部屋に配置された黒い円形テーブルの中心には、広域の立体地図が投影されていた。

 席には、明らかに眠そうなA(アルファ)のネルとミア、子犬型に変形した知能を持つ盾"フェンド"を抱いたディール。美的感覚に細かいC(チャーリー)の"爆弾魔"シエラ、元職場(忍者村)ではよくエクリプスと物理的な鍔迫り合いをしていた"侍"フィクシス、フライトユニット共通化の為に技術枠で呼ばれた筈が分隊に加入していた"自称・天才トラッパー"ワイズが座っていた。そして……B(ブラボー)の"酔いどれ"ニーナは、ニコニコしたエクリプスに二日酔いの特効薬"エルペンザール"をアンプルから直飲みさせられ、あまりの酷い味に亜空間を見つめている。

 

 「朝早くに申し訳ない。つい1時間程前に政府から通達が来た。さっきも言った通りなんだが……区画奪還作戦の凍結解除及び、第12次区画奪還作戦が始動する。まずは――」

 「あの、冴樹さん。ちょっと良いですか?」

 「どうした、エクリプス。」

 「この話、"区画奪還作戦とは" から始めた方が良いかもしれません。アッシュにも概要を知っておいて貰わなきゃですし。」

 「確かにそうだな。すまん、気が利かなかった。――それでは、区画奪還作戦についてのおさらいだ。細かい部分はある程度省略させて貰う。」

 エクリプスに指摘され、冴樹は初めから説明を始めた。

 

 2170年6月の新宿占拠事件から、新宿駅南口を中心とした半径2キロメートル地点は"防衛線"として定められている。そのライン上に設置された移動式可変パーテーションを隔壁とし、機を見てエリアを奪還しつつ包囲網を狭めて行くという動きが、最初の1ヵ月で自衛隊を主幹として活発に行われていた。

 "区画奪還作戦"と名付けられたそれは悉く失敗を繰り返し、成功を収めてもすぐに隔壁を突破され、時に更なる被害を生んだ。

 事態を重く見た政府は、作戦初日から1ヵ月後の第7次区画奪還作戦の失敗をもって、計画の一時凍結を指示。作戦を中長期視点へと切り替え、総力戦による段階的な奪還へと方針を転換するも、やはり失敗に終わる。そして事件から3ヵ月経った2170年9月の第11次区画奪還作戦の失敗により、完全凍結の判断を余儀なくされた。

 その翌月にAir's#9を発足。以降、大規模作戦は行われないまま現在に至る。

 

 「――と、ここまでが区画奪還作戦の負の歴史だな。ここまでで何か質問は?」

 「はい!さえきせんせー、質問!」

 眠そうにしていたミアが、眠気を振り払うように勢い良く挙手した。

 「じゃあ、ミア。」

 「なんであたし達が集まったのに凍結解除されなかったんですかー。」

 「うむ、良い質問だ。その疑問にお答えしよう。それは……」

 「それは……?」

 確かに疑問だった。現状では打つ手がないから招集された筈の私達を区画奪還作戦の戦力として使わないというのは、妙な話でしかない。

 固唾を飲んで見守るミア。

 しかし、このあと冴樹の口から出た言葉に、一同は唖然とする事になる。

 

 「微塵もアテにされていなかったんだよ、我々は。」


 さらりと言い放つには重すぎる言葉が、部屋に響いた。

 ――どれ程の時間が流れただろう。沈黙を破ったのは意外な人物だった。

 「へぇ……じゃあさ、冴樹ちゃん。今回のコレはどーいう風の吹き回しなわけ?とうとう痺れ切らして、アテにしてないあーし達を特攻させて体よく始末しようって考えにでも行き着いた?!」

 エルペンザールの味にやられて突っ伏していたニーナが突然声を荒げた。その目は行き場のない怒りに溢れている。

 「いや、そうじゃない。ニーナの気持ちは痛い程分かるが、まぁ落ち着いてくれ。この件については僕も、ずっと悔しかった……だが、変わったんだ。」

 「……変わった?どう変わったってーのよ。」

 「先日の防衛線を突破された一件があったろ?」

 「あぁ。あーしの至福のひとときを邪魔された四谷の……あれがどーかしたの?」

 「実は、あの時の対応スピードと連携が予想外に高く評価されてだな……これならいけるかもしれない、という事になったらしい。――つまり我々、実質的に上の奴らを分からせる事に成功しました……おまけに追加予算まで出ました!お前達超お手柄!はい一同!一同拍手!!!」

 冴樹以外の全員が置いて行かれてポカンとする中、冴樹の拍手の音だけが鳴り響く。

 

 「何をシケた顔してるんだ。もっと喜べって。特にニーナとワイズ。」

 「はぁ?あーしに何の関係があんの?」

 「私が人一倍喜ぶ理由なんてあるのか?ただただ胸糞悪いのだが。」

 ピンと来ていない二人に、冴樹は極力シンプルに説明した。

 「よろしい、ならば説明しよう。まずはニーナ。防衛線を突破した兵器を四谷で食い止めたブラボー分隊は勿論の事、対処にあたった全員に報奨金が出ている。今夜はちょっと贅沢な酒が飲めるぞ。」

 「……ぉぉぉおおおおおよっっっしゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 直前まで怒りに震えていたとは思えない程の満面の笑みで、拳を高らかに突き上げるニーナ。

 「ワイズ。お前、各種ユニットの研究と通常のトラップ開発の他に個人的な趣味のトラップ装置研究も予算使ってやってただろ。もうとっくにバレてたが、今度からは堂々とやって良し。但し、これまでの予算枠は絶対に超えるなよ。」

 「おぉ……それは本当なのか、冴樹氏!思っていたより最高じゃないか!!!――バレていた、だと?」

 今まで認めて貰えなかった個人的なトラップ装置研究の予算が公的予算に組み込まれたと分かり、思わずHUD(ヘッドアップディスプレイ)付きの眼鏡をクイッとするワイズ。しかし同時に、これまで完璧な偽装工作でバレていないと思っていたのが完全に筒抜けだったという事も判明し、冴樹を5度見した。

 

 「――と、いう訳だ。必要だからと人を集めておきながら何ヵ月もリソースを持て余すなんてよくある話だ。こっちも準備を整える期間が必要だったから、ここまでアテにされていなかったのは逆にラッキーだったと考えるべきだろう。全て結果オーライだ。なにより、お前達はひとつも悪くない……むしろ良くやっていた。――かなり話がズレたな。他、特に質問がなければ今回の概要説明に入る。」

 冴樹が見渡し、これ以上コメントが無い事を確認して、ひとつ軽い咳払いをする。

 「今回、凍結解除となった理由は他にもある。――それが、コレだ。」

 中央の立体マップが消え、見覚えのあるパーテーションが表示された。しかし、これまでのものより横幅が広く、厚みも増している。

 「これ……遂に完成したんスか?!」

 ディールは目を丸くして、食い入るように見ていた。

 「あぁ。ディールとワイズはこいつの存在を認識していただろう。三嶋重研のテクノロジーを余す所なく注いだ、自動換装式新型隔壁[QW]だ。」

 「冴樹氏、これについては恐らく私の方が詳しい。私から説明しよう。」

 ワイズが手を挙げ、冴樹は頼んだと頷いた。

 「私達が使っているシミュレーションブースの内壁にも使われている変幻自在の立方体、Qb(キューブ)。あれの原型となるものを設計・提案したのは私だが、なにぶん弊社の社長は加減というものを知らない。食べ盛りの兄弟が二人共独立して実家を出て行って何年も経つというのに、つい夕飯の煮物を作り過ぎてしまう癖が抜けないお母さん8世帯分ぐらいの匙加減でQbを量産してしまった事から始まったプロジェクトと言っても過言ではない。つまり、Qbの生産量が明らかにブースとホール用に確保する量ではなくなってしまった。」

 「それを有効利用する為の、隔壁への転用だった訳ね。確かにQbであればサステナブルな運用になりそう。」

 シエラが感心したように相槌を打つ。

 「いかにも。そしてQbには結合から短時間で高硬度な個体になるだけでなく、単純な物理的融合だけであれば一定の軟性を持った個体になる。尚且つ衝撃に対しては強い剛性を持つのが特徴。これの意味するところが今回最も重要なのだが……フィクシス。」

 「えっ……ぼく?な、何だい?」

 指名が唐突過ぎるあまり、一旦辺りを見回してフィクシスが自分しか居ない事を確認してから恐る恐る尋ねる元・サムライアクター。

 「QWは、フレーム以外はQbを硬化させずに融合のみで形成している一枚板だ。この意図が分かるかね?」

 「え、えっと……何だろ。隔壁の堅牢さに硬度を求めると、確かに強いかもしれないけど破損時のリカバリーが効きにくいっていうのが弱点になり得るんだよね?だから逆に、弾き返すんじゃなくて受け止めて押し戻す。それを可能にするには柔軟性と剛性、そして力を均等に分散するような耐衝撃性が重要で、そんな仕組みを実現したのがこのQW……で、合ってるかな?ごめんあまり自信な――」

 「チッ……正解。」

 「今、舌打ちした?!」

 想定外に正確な回答をしたフィクシスに、ワイズは若干イラっとした。

 「主な仕様はフィクシスが言った通り、QWの特徴はこれまでの隔壁とは一線を画す。厚みが従来の3倍、高さも従来の約1.3倍の19mだ。そして何が自動換装式かというと、そもそもQWは可動式レールユニットで作られている。このレールユニットの連結によって破損箇所へQbの補填を隔壁の外から――」

 「――ワイズ。」

 「冴樹氏、何かね?」

 「商品説明みたいになって来たから、そろそろ巻きで頼む。」

 「……わかった、簡単にまとめよう。QWは従来の隔壁に比べて、"つよい・ふとい・ながい・おっきい、なんかすごい壁"である。これを本作戦展開時に部分的或いは一斉配備するものと考えられる。知らんけど。では冴樹氏に返す。以上。」

 「まとめ方が思ってた以上に雑だが、詳しい説明をありがとうワイズ。――じゃあ、続きと行こうか。」


 冴樹さんが言うには、こうだ。

 今回の凍結解除の大きな理由としては、大きく分けて二点。

 まず、これまでの奪還失敗や先日の隔壁突破にも見られた強度問題がQWによって解消され、作戦成功率と以降の防御継続確率が飛躍的に向上する見通しが立った、というのが一点。

 そしてもう一点が、先日の隔壁突破事件への対応で私達の戦力的有用性が実証されたという点。特に隔壁換装までの防衛と迎撃をたった2分隊6名で成し遂げた事が大きかったらしい。

 第12次区画奪還作戦のターゲットエリアは、私達や偵察機の収集してきた過去7ヵ月分の地上個体分布データに基づき算出された。結果、比較的哨戒機も少なく比較的短時間で落とせる見込みのある南側エリアを選定。

 防衛線東南東の信濃町を基点に伸びる、旧首都高4号新宿線から初台までのラインを基準とした地上ルート及び一般道以南の区画を今回の制圧・奪還目標エリアとする。

 エリアは代々木公園・明治神宮を中心に3分割。東は都道305号 明治通り、西は代々木公園沿いに南北を結ぶ一般道をQWで分断。1エリア1日で全3日間、3フェーズの構成で実施される。

 本作戦では全計画エリアに予めQWを配備。信濃町と初台側の2km防衛線から陸送した新型隔壁をオートパイロットで順次現在の隔壁内に侵入させ、合流地点での連結完了及び、隔壁北端への到達と同時に作戦行動開始。初日である本日は、西側の初台・参宮橋エリアを制圧する。

 既に6時間程前から隔壁配置作業は進行中で、北端はまもなく東西の連結が完了。30分前には南側からQWが内部へ侵入を開始。今のところ装甲兵器による物理的妨害行動は確認されていない。全作業完了想定時刻は今から約5時間後の本日12:35。

 この作戦が成功したら、北部と東西の段階的な制圧計画、そして最終的にグラウンド・ゼロの制圧と奪還――マエストロ無力化までの計画が本格的に動き始める。

 

 私達には今回、エリア毎での分散ではなく9名全員での区画制圧が求められている。つまりは効率よりも確実さと火力を重視した戦略に比重を置く。――これは、冴樹さんが上層部と交渉の上で決まったらしい。

 自衛隊の地上部隊は制圧完了後に順次侵入、エリアの最終安全確認とQW前への再配置が行われ、アクティブな残存機が無いと確認され次第、既設隔壁の撤去も行われる。

 作戦中は万が一に備えて、航空部隊による戦闘ヘリが上空で待機。必要に応じて支援攻撃が予定されているとの事。


 「ところで、このマップを見て既に気付いている奴も居るかもしれんが……」

 冴樹が中央に表示された全立入規制区域のマップを見ながら、しまったという顔をしている。

 「どうしたの冴樹君……あら、それってもしかして」

 「ネル。多分正解だ。」

 「ん?冴樹ちゃん何の話?このマップに何かあるの?」

 「先日の四谷迎撃なんだが……よく考えたら皇居と新国会議事堂の半径3km圏内も立入規制対象区域だから、結局奴らが目指す先で民間人と接触するまでは結構時間あったな、と今更気付いた。あの時は、ニーナ達を焦らせてしまったかもしれないと申し訳なく思ったところだった。」

 「なぁんだ、そんなことか……冴樹ちゃん。あの日のあーし達は、東の最終防衛線の先には人が誰も居ない事ぐらい知ってたよ。でも、居るかもしれないと思って戦った。立入規制区域だけど、どうしても戻らなきゃいけなかった人が居たかもしれないでしょ。それに、警戒中の軍の人が居たかもしんない。あーしから見れば立場や職業関係なく人間は人間だし、命は命。だから隔壁外には常に人が居る可能性を意識してる。――それに、怪我人も出さなかったんだから何も気にしないでいいんだよ、冴樹ちゃんは。」

 「えっ」

 私は、つい声が出てしまった。

 「どしたのエコー。」

 「いえ、なんでもない……です。」

 この時、普段は絶対に言わなさそうな事をニーナさんが当たり前のように言っているのを見て、私とエクリプスさんは戦慄していた。

 正確には、ネルさんだけが『ニーナちゃん偉いわ』という顔をしていて、他の面々は『あれはニーナじゃない』という顔で見ていた。

 いつもなら『はぁ?あーた、規制区域ぐらい頭に叩き込んでおきなさいよアルコール足りてないんじゃないの?ジン持って来て!ジン!』ぐらいの事は言いそうな、あのニーナさんがまともな事を言うなんて。

 

 以前、何かの文献で読んだ事がある。普段破天荒なキャラが真面目なシーンで突然いい人になると、次のエピソードか数ページ後には命を落とす展開になるって。

 人類はかつてそれを"死亡フラグ"と呼んで恐れていた、と。

 ――まさか、これがその"死亡フラグ"なのだろうか。それとも、エルペンザールの副作用……?

 「ねぇ、エコー。いま何か凄ぉく失礼な事考えてなかった?」

 「はぇっ?!気のせいです。」

 変な声出た。

 「そっか、ごめん。」

 ニーナさんがバ……素直で本当に良かった。

 

 「ニーナがそんな風に言ってくれるのは正直意外だが、ありがとう。ちなみに都心に程近いエリアでは既に近県や地方都市への自主的な移住が数ヶ月前から始まっている。首都を移せといった声も多く上がる中で、情勢は悪化の一途を辿っている。もうとっくに、東京に後なんてない。」

 私達の本部は都心から距離があるとは言え、最近は明らかに人が少なくなっているのを感じていた。

 商店街も、来た頃に比べてシャッターが閉まったままの店舗が増えて来ている。新宿を奪還出来ない影響は、日に日に深刻さを増している。ニーナさん、あの酒屋さんが閉まったらどうなってしまうんだろう。

 「作戦開始予定時刻まで4時間30分。本部出発は正午だ。それまでに各自、準備をしておいてくれ。――それと、アッシュ。後で少し話があるから一緒に来てくれないか。オペレーションについて説明したい。」

 「わたし?うん、わかった。」

 

 「――あと。最後にひとつ、個人的な話をさせてくれ。」

 

 冴樹さんは何かを考えるように宙を見つめ、私達を見渡したあと、こんな言葉で場を締め括った。

 

 「僕は子供の頃、ヒーローに憧れていた。世界を蝕もうとする悪に敢然と立ち向かって、平和を取り戻す。どんな苦境に立たされても決して諦める事なく、運命にさえ抗って勝利を掴み取る。今思えば、漠然とした憧れだった。でもその気持ちは今も心のどこかに在る。決して忘れることの出来ない記憶であり、気持ちだ……そして今、東京都にとって最後の希望が我々であり、お前達だ。――我々が歴史の表舞台に立つことはない。後世に語り継がれることも、ヒーローになることもない。だが僕は、誰も死なせはしない。この計画に関わるお前達を含めた全員、誰一人として死なせはしない。――だから、何も諦めるな。以上。解散!」


 

 ――2171年6月6日 午前8時。

 あと少しで、私達にとって最初の大規模作戦が始まる。

 

 (後編へつづく)

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レイヴン・フロム・ゼロポイントフィールド 白瀬 彗 @Shirase_Kei

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