Ep.06 [Echo(前編)]
Logcode:M#04056E11-7S
2170.03.03 13:52:08
5日後、私は"ElimiNator(エリミネーター)"のデプロイメントを行う。
別に急な話ではなかった。
ここに生まれた以上は、いつかそういう日が来るって気付いてたから。
これまでにも幾度となく繰り返されてきた、実験。
幾度となく繰り返されてきた、失敗。
その度にみんな、いなくなってゆく。
そして何日か経つと"よく知っている顔をした知らない誰か"が、あの中庭のベンチに座り、四角い空を見ている。
程なくして、いつも通り白衣を来た男が、その"誰か"のもとへやって来る。
いつもと同じ話をして、いつもと同じタイミングで切り上げ、いつもと同じように実験棟へ向かって二人で歩いてゆく。
永遠に同じ時をループしているかのような一連の"儀式"。それを私はこの部屋の窓から眺めている。
何度も壊れ、その度に修復され、また壊れる。
次に会うときは、見た目だけ同じの全く別の誰かになっている。
求められているのは完全適合のみ。それまで実験は続けられる。
成功と見做されるか、危険域に達して"処分"されるまで。
また今日も中庭のベンチに、知らない誰かが座って空を見ている。
私も、同じ道を辿るのだろうか。
Logcode:M#04107D94-X1
2170.03.04 10:39:22
明け方から窓を叩く雨を降らせていた低い雲は、まだ止む気配がない。
アッシュが床に寝転んで、以前倉庫で見つけた古い画用紙に絵を描いていた。
何を描いているの?と、私が尋ねる。
すると「ゆめ」と一言だけ返ってきた。
どんな夢の絵なのだろうと気になって後ろから覗き込むと、画用紙にはお揃いの髪型をした笑顔の女の子が二人、手を繋いで海を背景に立っている姿が描かれていた。
"いろえんぴつ"という様々な色をした木製のペンを使って描かれたその絵は、お世辞にも上手とは言えないものだった。
この子達は誰かと訊くと、アッシュは屈託のない笑顔で答えた。お姉ちゃんと私だよ、と。
青くて広い空の下に広がる、海原と水平線。
いつか本物の海を一緒に見たい。
それが私の夢だと、彼女は言う。
絵の中の私達二人は、とても幸せそうだった。
必ず行こうね、彼女は言う。
私は答える。
約束する、と。
デプロイメントの試行は、成功するまで何度でも繰り返す。
そう、あの人は言っていた。
私が適合しなければ、最悪はアッシュに再び目が向く事にもなり得る。
この子だけは、こんな実験に関わらせたくない。
私で終わらせなきゃ。
もし"私"が、居なくなってしまったとしても。
Logcode:M#04165V38-JL
2170.03.05 22:01:17
ElimiNatorのインプリンティングが終わった。
インプリンティングを先行して実施するのは、3日後のデプロイまでの間で汎用プログラムに対し非稼働状態で及ぼす影響と順応のプロセスを、サンプルとして取得するのが主な目的だという。
内部に存在しているだけで影響が出るなんて、信じ難い。
あれから12時間経過したけれど、今のところ特に異常は見られない。感覚、視野の変動も無い。
ただ、もし万が一この3日間でクリティカルなエラーが出た場合、最悪はその場で処分されることになるという。
今、私の中には得体の知れない異物が入っているような状態だ。
明日は事前データ取得の為の各種テストが行われる。
アッシュには、ElimiNatorの事をまだ話していない。
言える訳がない。
けど、きっともうすぐ知ってしまう。
せめて私が彼女の代わりになったことだけは、知られたくない。
何も知らないアッシュは、今日も楽しそうに絵を描いている。
リック。
私は、正しい選択が出来たかな。
それともあなたは、こんな私を叱るだろうか。
Logcode:M#04199G57-6W
2170.03.05 16:30:54
一連のテストが終わった。内容は至ってシンプルで、動体視力、基礎運動機能、コミュニケーションの3要素を主軸に置いた、簡単な内容。
私を担当してくれたメカニック部門のモリヤマという人は、私に不安なことは無いかと問い掛けた。
このテストに何の意味があるのか、デプロイ完了後、どういう変化が起こるのか……。もし完全適合したとして、私はどうなるのか。
これらの私の率直な問いにモリヤマは少し目を伏せ、言葉を選ぶようにゆっくりと話してくれた。
ElimiNatorは対人から対戦略兵器までを想定した排除プログラム。簡単に言うと、私に刷り込まれたそれは「殺戮」をも意味する。
防衛対象や自らに危害が加えられた時、或いはその危険性が認められた場合に強制的に起動し、因子を"排除"する為のもの。
仕様上、被験者のOS(ネクサス・ニューロン)自体に改変を加える必要がある為、何らかの影響が出るのは回避できない。
その影響は主に、今回のテストにあった動体視力や聴力、基礎運動機能、そしてコミュニケーションといった部分に顕著に出る。
デプロイ後、ElimiNatorは一定条件を満たすと起動する。起動後は対象の排除が完了するか、自らが無力化されるまで停止しない仕様になっている。その間、"感情"に左右される事なく目的を果たす必要がある為、一時的にプログラムに体が"乗っ取られる"形となる。
この二日間のテストは各機能の向上や低下を見るだけでなく、インプリンティング完了後の72時間以内にシステム干渉耐性が起因で暴走を起こす危険性も考慮して、その兆候となるパターンが観測されないかを見ているという側面もあると、モリヤマは語る。そして、完全適合と看做された後の事については口を閉ざした。
ElimiNatorがどんなものかは、知っていた。
でもその仕様については、想像以上だった。
彼らはこれを何の目的で利用しようというのだろう。
こんな、化け物のようなプログラムを。
Logcode:M#04842P60-ZC
2170.03.06 18:47:00
内部温度に異常な上昇を検知。
緊急放熱システム起動。
ERROR CODE 91B3:緊急放熱システムの起動に失敗しました。
ERROR CODE C228:High Temp Error
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000X2500 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000A3100 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000K9000 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000S5500 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000C1600 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000N8400 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000R2700 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000R2800 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用システムタスク F0000R2900 実行時にエラー発生。
ERROR CODE 1029:汎用シス繝�Β繧ソ繧ケ繧ッ�哥0000Z6720螳溯。梧凾縺ォ繧ィ繝ゥ繝シ逋コ逕溘�
ERROR CODE 1029��縲豎守畑繧キ繧ケ繝�Β繧ソ繧ケ繧ッ�哥0000Z6730螳溯。梧凾縺ォ繧ィ繝ゥ繝シ逋コ逕溘�
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・
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蠑キ蛻カREBOOT SYSTEM螳溯。後@縺セ縺吶�
LOG SAVED. SHUTDOWN
――あの日、私は表情の制御能力の殆どを失った。
その後のことは、プロテクトが掛かっていて確認ができない。
ほぼ徹夜明けで半分寝ているような酷い顔をした冴樹さんに連れられてAir's#9本部を早朝に出発し、私とアッシュを受け入れてくれたエンパスで丸一日データの抜き出しやメンテナンスを行い、本部に戻ってきたのは深夜近かった。私達が"眠って"いる間、冴樹さんはエンパスの技術チームとずっとミーティングをしていたというけど、その割には何を話していたのか訊いても適当に濁されるし、今朝に比べて血色が良くなっている。その違和感にアッシュも気付いたらしく、私が敢えて訊かないでいた事を遠慮なく問いただしていた。
「ねぇ、冴樹。」
「なんだ、アッシュ。」
「冴樹さぁ……本当は寝てたでしょ。」
「ばっ……ばか言うな!そそそんな事ある訳ないだろ!」
心拍の瞬間的な上昇と、このコテコテの慌てっぷりで私は確信した。彼は嘘が最高に下手なタイプの人間であると。
「へぇー。じゃあそろそろヨダレの痕拭いた方が良いんじゃない?」
「何っ……!」
アッシュに指摘され、宿舎棟に繋がる渡り廊下の窓を鏡代わりに口元を拭う冴樹。直後、反射した窓越しにアッシュの「かかったな」と言わんばかりの悪い顔が見え、しまったという表情に変わったのを私は見た。やっぱり寝てたんですね冴樹さん。
「お、お前らだってずっと寝てただろ!僕にだって眠る権利ぐらいある!」
とうとう開き直る冴樹。
「そうだね。でも嘘ついたよね。ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい。」
「よくできました。もう下手な嘘ついちゃダメだよ冴樹。」
「はい、気を付けます。」
「よろしい!明日も早いんだから、今日はもうゆっくり休むんだよ。今日はエンパスとの往復ご苦労様!」
「はい、ありがとうございます!失礼します……って、違う!」
近年稀に見る見事な伝統的ノリツッコミを見せた冴樹は、胸ポケットから一枚のカードを取り出し、アッシュに差し出した。
「これは?」
「ここの正式なIDカードだ。今までエコーのスペアを使ってたろ。アッシュ専用のカードが昨日完成したんだが、すっかり忘れてた。ほれ。」
「あ、ありがと。」
「これでお前さんも、うちの正規スタッフだな。まぁ、正しくはエンパスからの出向だが。」
「正規……うん、ありがと冴樹!大好き!」
「ぅわ、ちょっ……抱き付くな!」
女性への耐性が無くてもヒューマノイドなら大丈夫。そう思って生きてきた男、冴樹。
彼の中で、その認識が音を立てて崩れた瞬間だった。
「おやおや。あまり冴樹さんをいじめないであげてください、アッシュ。」
「そーだぞぅ。冴樹ちゃんは、どぅーてぃーなんらから……ひっく。」
エクリプスと、今夜も強めの一本で"飲んだくれゲロ吐き機"に程近い状態にセルフダウングレードしたニーナが、"純米大吟醸 そむりえころし"と書かれたラベルの一升瓶を大事そうに抱えたままエクリプスに引きずられながらやってきた。
「あ、エクリプスとニーナ!見て見て、カードもらった!わたしのカードなんだって!」
嬉々として今受け取ったばかりのIDカードを二人に見せるアッシュ。
「良かったですね、いよいよ正式に私たちの仲間ですよ。ね、ニーナ。」
「エク子。……アッシュは仲間じゃないでしょ。」
突然、一升瓶をドン!と床に置き、不機嫌になるニーナ。
「え、どうしたんですか急に。私たちは――」
「あーし達は、友達なの!」
「ともだち……?」
「そう!あーしとあーたは友達!おともだちぃーなの!」
キョトンとするアッシュの頭を雑に撫で回しながら、酒臭い元ソムリエは「あーし今すごく良い事を言ったな」と確信したような、妙に勝ち誇った顔をしている。一体誰と張り合っていたのか。
「……そうですね。アッシュは友達です。これからもよろしくお願いしますね。」
やれやれといった顔をしながらも、ニーナの言葉には概ね同意だったエクリプスが、アッシュと握手した。
「あー!ずるい!あーしも握手する!」
「おい、それ位にしとけよニーナ。もう全員帰って寝ろ!」
渡り廊下の騒ぎも落ち着き、アッシュと自室の416号室へ入ろうとしたところで、私は冴樹さんに後ろから声を掛けられた。
「エコー。……ちょっとだけ、いいか?」
アッシュに先に部屋で休んでいるよう伝え、私と冴樹さんはリフレッシュルームを経由して屋上に上がった。
欠けた月が、初夏の風に吹かれて流れる雲の隙間から見え隠れしている。
冴樹さんの手には紙コップが2つ。その片方を私に手渡した。
「オレンジ味のTCLだ。好みじゃなかったらすまん。」
「いえ、大好きです。ありがとうございます……冴樹さん、私に何か話ですか?」
「あぁ。別に大した事じゃないんだが、少し話をしようと思ってな。」
そう言いながらゆっくり腰を下ろしてコーヒーを一口飲む。私も、隣に座ってTCLを一口飲んだ。
「ログを少しだけ見させてもらったよ。大変だったな。」
「冴樹さん……私は、化け物です。守るべきものが傷付けば、倒すべき相手が居れば、自分の意思とは関係なく全て排除してしまう。――いつも気付いた時には、周りは鉄屑だらけになっているんです。」
「……そんな風に言うな。」
「でも、私は――」
「自分の事を自分でどう思おうと勝手だ。だがエコー、これだけは忘れないでくれ。お前は仲間を……友達を、自分なりのやり方で守っている。エコーの強さ、優しさに救われた存在は沢山居る。――僕は、そんなお前を化け物だなんて思わない。」
そう言って真っ直ぐ私を見つめる冴樹さんの目は、嘘をついていなかった。
「あの日、アッシュを守る為にお前が択んだ道は間違っていなかった。異論は認めない。もしお前を悪く言う奴が居たら、僕はそいつを絶対に許さない。」
「冴樹さん。」
「ん?」
「――少し、泣いても良いですか」
翌日、冴樹さんからの無線で目が覚めた。
アッシュはまだ横で眠っている。
部屋の外が、普段と違う騒がしさに包まれていた。
「急ですまない。各員、30分後に3階ミーティングルームDまで集合してくれ。――繰り返す。30分後、3階ミーティングルームDに集合してくれ。……第12次区画奪還作戦について、概要の説明を行う。以上。」
(中編へ続く)
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