episode 026 (epilogue)
しかし、なぜだろう?
なぜ今更CIAが自分を助けるのか、理由がわからない。
そんな疑問も、私が意識を取り戻すのを待ち構えていたであろう、ガラスの扉を開けて入ってきたりゅうくんパパと、懐かしいCIA時代の上司が説明してくれた。
猫殺しやピアノ講師を殺す分には、CIAも目をつぶっていられたが、仮にも日本の広域自治体である県の首長を殺害したとなると話は別だ。
たとえ行方不明で発見されることがなくても、私が犯人であることはいずれ日本の警察も知ることになり、事が知事殺害だけにマスコミもこぞってニュースや記事で取り上げた場合、私とCIAの関係が明らかにならないとも限らない。
もし、私とCIAの関係をマスコミが嗅ぎつければ、日本のような平和ボケ社会では驚天動地のスキャンダルとなる。
それだけは避けなければならず、私の身柄を確保して、外交ルートを通じ、町田の死は急性心筋梗塞による突然死とし、SPの死は闇に葬られたのだそうだ。
ならば、外交ルートによるもみ消しだけでも良いように思ったが、万が一数年後に誰のものともわからない死体が発見され、DNA鑑定でもされて身元を特定されては、さらにもみ消し作業が必要になるので面倒の種は早めに摘んでおくほうが得策と考えたようだ。
さらに私が飲んだ毒氷針の解毒作業は、ヘリコプターで搬送される最中に行われ、その後は麻酔で眠らされたままラングレーまで米軍基地経由で移送されたらしい。
そして、私の体を蝕んでいたスキルス胃がんに対しての治療もCIAの最新医療技術をもって対処され、胃の移植と血液の総入れ替え、さらに移転が疑われる臓器は部分削除もしくは移植がおこなわれたらしい。
つまり私の体は、つぎはぎだらけで別人の血が流れるフランケンシュタインまがいの生き物になってしまった。
なぜ、CIAがそんなことまでして私の命をつなぎとめるひつようがあったのかと思うだろうが、その答えは私にも理解できた。
完全にこの世にいないはずの人間を作りたかったのだ。
映画では、特殊任務に着くエージェントが国籍や戸籍まで消して活躍するストーリーが描かれることがあるが、そんなことが簡単にできるはずがない。
親兄弟や親類のいない孤児でも難しいだろう。
第一本人を納得させられるのか、任務が終われば別人に生まれ変わり新しい人生を送ると言っても、それがいつ訪れるともわからない、生まれ故郷から遠く離れた知り合いのいない土地で働かずとも十二分に生きていけるだけの金を持った中年が突然隣に越してきたら怪しすぎる。
人里離れた場所で暮らすにしても、残りの人生を世捨て人のように過ごしていかなければならなくなる。
そんなことを誰が望む?
映画の中だけの話だ。
でも、私にはもはやそれしか選択肢がないのだ。
日本には戻れない。
戻れば当然CIAから情報提供をうけた日本政府が拘束し、猫殺しとピアノ講師殺人犯として捕まるだろう。
かと言ってこのままアメリカで一般市民として生きてゆくことが許されるはずもない。
国籍も戸籍もないCIAのエージェントとして生きてゆくしか道はないのだ。
CIAは、使い勝手の良いエージェントを手に入れたのだ。
最後に、鼓太郎はあのマンションでリュウくんママだと思っていた女性が、最後まで面倒を見てくれるとりゅうくんパパだと思っていた男が話してくれた。
彼女はこの私の監視任務を最後にCIAを退職し、リュウくんと鼓太郎の面倒を見ながら一般人として静かに暮らす人生を選んだらしい。
リュウくんと鼓太郎を天国に見送るまで、彼女が本当に静かな人生を送れることを祈らずにはいられなかった。
これから私はどんな人生を歩んでゆくのだろうか?
おまけの人生を、あまり多くの人間を殺すことなく終えたいものだと願った。
のんびり生きる、必ず殺す @tohnowajin
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