そのCM曲に洗脳されてますよ!?

ちびまるフォイ

洗脳の使い道

「おい! 次のCM曲まだできないのか!?」


「すみません、すみません……ちょっと煮詰まってまして……」


「いいか新人。曲なんてのはなぁ、降りてくるのを待ってたらダメなんだよ」


「え? それじゃどうすれば……」


「自分で作るからクリエイターっていうんだ! 覚えとけ!」


もうオフィスには自分以外誰もいなくなっていた。

CM曲を作るといっても会社員となにも変わらない。


納期までに曲を仕上げて提出する。

それができなければ会社から追い出される。


「はぁ……明日まで、かあ……」


いくら頭をひねっても出ないときは出ない。

最近はろくに寝れてないのもあり頭は回らない。


「もういいやこれで。今日は早く帰って、明日怒られよう……」


雑に作ったCM曲だけを残し、明日の死刑を待つ囚人の足取りで帰宅した。


翌日、自分の作ったCM曲がさっそく社長の前に提出される。


『おいしい~~♪ おいしい~~♪ たん・さん・すい♪』


上映会が終わると誰もがしぶい顔をしていた。

社長はいましがた娘が拉致されたような顔になっている。


「……なんだこれは」


「さっ、最新のトレンドを取り込んだCM曲ですっ!」


「……今この場で作り直せと叩きつけたいが、後続のスケジュールもある」


「えっ、ということは?」


「これで出す。……が、勘違いするな。も一度、同じレベルのものを提出してみろ。

 この会社で貴様の席も使えるトイレもなくなるからな」


「ひぃぃ!」


今回に限っては納期に救われた形で、CM曲制作という煉獄から解放された。


いまどきテレビ見ている人なんてごくわずか。

どんなゴミ楽曲でも影響範囲なんて限られているだろう。


そう考えていた数日後のこと。


「たん、さん、すいっ♪」

「あーー、あのCM?」

「なんか何度も聞きたくなるんだよねぇ」


町を歩けば、あの満身創痍で作ったCM曲を口ずさむ人ばかり。


「嘘だろ、あんな曲がヒットするなんて……!」


この世の中なにがヒットするかわからない。


あれだけ自分をしいたげてきた社長たちも、

この状況を知れば手のひらを返すしかないだろう。


どんな土下座を見せてくれるのかとウキウキで出社すると、待っていたのは罵倒だった。


「ぜんぜんダメだ!! この馬鹿!!」


「ひえええ! なにがダメなんですか!? CM曲はヒットしてるじゃないですか!」


「曲しかヒットしてないんだよ! 売りたいはずの炭酸水がまったく売れてないんだ!」


「それ僕のせいなんですか!?」


「当たり前だろ、バカ! CM曲はなんのためにあると思う?」


「CMを覚えてもらうため……?」


「商品を売るためだこのアホ!」


良いCM曲を作って、みんなに認知してもらって。

そのうえで褒められることなく怒られるなんてひどすぎる。


「商品が売れないのは、商品側に問題があるんじゃないですか?」


「なにも知らないくせにいちゃもんつけんじゃねぇ。

 水道水を炭酸水として売り出してるから、儲けが出るんだ!

 いい商品にしたらコストで火の車になるんだよ!」


「やっぱり商品側の問題じゃないですか!」


「つべこべ言うんじゃねぇ! いいか、お前は曲を作るマシーンだ。

 機械は文句言わねぇ。黙って仕事をしろ。

 もし、機械の具合が悪くなったらどうするかわかるか」


「メンテナンス……?」


「叩 い て 直 す」


社長が拳を振り上げたのを見て、一気に背筋が伸びた。


「その顔のままでいたいなら、明日までにもっと商品が売れるような曲を作れ。いいな」


「ひいい……」


そんなわけで今日も暗いオフィスに取り残されて残業が決まった。


けれどヒット作後の2作目というのは失敗する。

なにを作ってもダメに思えてきて、ますます曲が進まない。


「はぁ……どうしよう……」


曲を書くか、この場で自殺するかを悩み始めたとき。

医者をやっている友達から電話がかかってきた。


「もしもし……?」


『久しぶり。お前、あの炭酸水のCM曲作ったんだって? 驚いたよ』


「ああ、そうなんだ……会社じゃぜんぜん褒められてないけどね」


『あの曲のすごさを知らないからだよ』


「すごさ?」


『曲のテンポ、音階、タイミング。それらがうまく噛み合ってて、

 人間の脳の深いところに突き刺さるようになってるんだよ。分析して震えたね』


「え? それじゃ俺の曲が意図せず洗脳CMになってたってこと?」


『そういうことだな。みんな口ずさんでるのもその効果だろう』


「でも商品は売れてないって……」


『そりゃあの曲は炭酸水を紹介しているだけで、

 "これを買え"って歌詞はないからな』


「もし、それが含まれていれば……」


その後もお互いの近況を話すなどして電話は終わった。

終わってからも頭の中には友達の言葉が残っている。


「俺がこの曲の歌詞を変えたなら……」


人間を洗脳させる曲調に乗せて、行動を指示する歌詞を乗せる。

これで完全なる洗脳CMが完成するだろう。


でもそんなことして本当にいいのだろうか。

水道水を炭酸だとダマして売りつけているのに。


かといって、ここで曲を作らなければ自分の居場所はない。


明日から無職になり公園のベンチで、

ダンボールにくるまりながら震えて夜を越すことになる。


極限の二択を突きつけられて俺は選ぶしかなかった。



「曲を……作るしかない……!」



俺は洗脳CM曲の歌詞を書き変えた。


翌日、社長たちの前での上映会となる。


「それで、ちゃんと商品が売れる曲は仕上げたんだろうな」


「はい、それはもちろん。確実に商品が売れるようになります」


「ほほう自信まんまんじゃないか。これは楽しみだ」


会議室の照明が落とされてスクリーンが降りてくる。

昨日仕上げたCM曲が映像とともに投影される。


テンポも曲調も変えずに、歌詞だけ別のものにした洗脳CMが再生された。



『商品をよくしろ~~♪ ちゃんと作れ~~♪ バ・カ・ども♪』



上映会は終わった。


その後、全員が取り憑かれたように商品の改善を行ったことで、炭酸水は驚くほど売れた。

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