死の価値観が違う世界での恋愛短編

白黒羊

夢の中

日が昇り、新たな一日が始まった。

朝。登校してきた生徒達は教室で談笑していた。

「えー、あいつ死んだの?」

「らしいよ」

「マジかー」

そんな中、グラウンドで朝練をする部活があった。サッカー部だ。

「清吾、止めろ!」

「任せろ!」

ゴールキーパーである水戸清吾は構える。

相手チームのフォワードがボールを蹴る。

上だ!

清吾は手を伸ばし、飛んだ。

「ガッ」

しかしボールは顔面にヒットし、清吾は倒れた。

「「「清吾!」」」

部員が駆け寄る。

「水戸君!」

マネージャーの三橋香澄が氷嚢を持って来る。


キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン


グラウンドにも予鈴が鳴り響く。

「やべっ、また先生に怒られる」

「ああ…三橋、頼んでもいいかな?」

「任せて」

「ありがとう」

「サンキューな」

「頼んだわ」

部員は口々に言いながら部室へと戻っていった。

カスミは氷嚢を清吾の顔面に押し付ける。

「冷たッ」

清吾は飛び起きた。

「あ、おはよう」

「ああ、なんだカスミか」

「そうよ。また清吾君が気絶したからわざわざ残って手当してやってるのに、何か不満?」

「不満だなんて…。なぁ、なんか今日プリプリしてないか?」

「べ、別にしてないわよ。目が覚めたんだしもういいわね、私行くから」

「ちょ、待てって」

「きゃっ」

清吾はカスミの手を掴んだ。

「何年の連れだと思ってるんだ。分かるよそれくらい」

カスミはうつむく。

「なぁ、俺なんかしちまったか?」

「…バカ」

「え?」

「昨日、なんで返信遅かったのよ!」

「なっ、しょうがないだろ。宿題してたんだから」

「私より宿題を取るわけ!?」

「何だよその言い方は。彼女でもあるまいし」

「もう知らない!ホームルーム遅れて怒られてろ!」

カスミは走って行ってしまった。

「はぁ、全くなんなんだよ」

清吾もトボトボと部室に戻っていった。


「水戸、後で職員室について来なさい」

「…はーい」

ホームルームに遅れた清吾は案の定担任の鈴木に呼ばれた。

清吾は鈴木の背中を追った。

「これで何日目だ、水戸」

「すいません」

清吾は床の模様を見つめながら答える。人の形をしているみたいで面白い。

「部活が大変なのも分かるが、ホームルームも疎かにするなと言っているんだ」

「はい。気をつけます」

「はぁ、もう授業も始まる。行け」

「はい。失礼しました」

清吾は職員室を後にした。

テメェの話の何が大事なんだ、この中年メガネが。

と、清吾は戻り際に思った。


日の傾いた部活帰りの一本道、カスミは一人で歩いていた。

「カスミー!」

声を聞いてカスミが振り返る。清吾が走って来た。

「清吾君!」

清吾がカスミに追いつく。

「はぁ、はぁ、はぁ、間に合った」

「ど、どうしたの?」

「これ、買いに行ってたんだ。やるよ」

清吾はコンビニの袋を押し付けた。カスミは中を覗く。

「これ…私の好きなプリン」

「昨日のことはこれで勘弁してくれ」

「も、もう、そうやってすぐ物に頼って」

「あー、じゃあいらない?」

清吾はプリンの入った袋に手を伸ばす。

「それとこれとは話が別です」

カスミは袋を高々と持ち上げた。

「うわっ」

袋を掴み損ねた清吾がコケる。

「ぷっ、あははは」

カスミが声を出して笑う。

「ちょ、笑うなよ!」

そう言って清吾は立ち上がる。

「あはは、やっぱり清吾っておっちょこちょいよね」

「んだと」

「私がいないとダメね」

「…そうかもな」

はっとしてカスミは清吾を見た。

「あのさ、カスミ、明日会えない?」

「明日?」

「話があるんだ」

「ラインじゃダメ?」

「うん。結構大事な話」

「…分かった。何時にする?」

「カスミはどう?」

「あー、15時まで塾だ」

「そっか。じゃあ16時に丘の上は?」

「分かった。いけるわ」

「ありがとう」

「じゃあ、帰ろっか」

「だな」

二人は並んで帰路についた。


翌日。清吾は腕時計を見た。15時40分。

少し早く着きすぎたかなと思った。

清吾達の住む街には市街地全体を見渡せる小高い丘があり、高校生の間でデートスポットとなっていた。

清吾はベンチに腰掛け、街を見下ろしていた。

これから告白するんだと思うと、動悸が早くなるのを感じた。


約束の16時になった。

カスミはまだ来ていなかった。

塾が忙しいのかななどと想像しながら清吾は待った。


それから30分が経った。

カスミはまだ来ていなかった。

電話しようかなと思ったが、急かしているように思われたらダサいなと思ってやめた。

代わりに『今日、会える?』とメッセージを送っておいた。

本当は今日が良かったけど、カスミに合わせるつもりだ。


街に17時を告げるチャイムが鳴り響いた。

日が街に落ちかけていた。

ついに清吾は電話をかけた。カスミは出なかった。

30分前に送ったメッセージにも既読はついていなかった。

説明しろと言われても何とも言えないが、とにかく何か嫌な予感がした。

俺は目の前のロープの柵を飛び越え、急斜面を駆け降りた。

ヌメっと、ドロドロっとした、嫌な予感だった。


俺は街に出た。

冷たいスマホを右耳に当てながら、カスミの家に走った。

息を荒立てながらインターホンを押すと、カスミの母親が出た。

『はーい?』

「はぁ、はぁ、清吾、です」

『あら、清吾君?どうしたの?』

「カスミ、居ませんか?」

『それがね、塾に行ったっきり帰って来てないのよ。連絡しても繋がらないし…。どうしたのかしらね』

「警察、は?」

『うん…。夜になっても戻らなかったらとは思ってるんだけど、やっぱり相談した方がいいかしら』

「俺、探して、来ます」

清吾はカスミの塾に向かって走り出した。


塾長に話を聞くと、カスミはいつもの時間に帰ったと言った。

嫌な予感は確信に変わった。

またカスミに電話をかける。やはりカスミは出なかった。

"応答なし"という表示だけが増えていく。

突然、パトカーのサイレンの音が清吾の鼓膜を揺らした。

清吾は音の方へ駆け出した。


目の前のパトカーは停車し、警察官は学校の裏の森に入って行った。

清吾は後を追った。しかし見失ってしまった。

周囲を捜索していると、警官と一人の男が木々の間から出て来た。男の顔は陰ってよく分からなかった。

清吾は男の通った道を進んだ。

目と鼻の先に、誰かが倒れていた。

「おい」

清吾は声をかけた。返事はない。倒れている人に駆け寄る。

木々の間からオレンジ色の光が差し込んでいた。

光に照らされた顔は、カスミのものだった。

「カスミ!カスミ!」

清吾はカスミの体を揺らした。

「あー、こらこら、君触っちゃいかんよ。死んでるんだから。ほら下がった下がった。今回収するからね」

優しそうな初老の警官がカスミを担いで運んで行った。

清吾はカスミの体の形を象った地面を見つめていた。

『清吾君』

「カスミ!?」

ふと、声がして顔を上げた。

『うん。最後に話がしたくて』

カスミの最後の声が脳内に響いた。

「お前、死んじまったんだな」

『そうだね。ごめんね、一人にしちゃって。私がいなくても、怪我の手当とかできる?』

「バカ野郎。そんなしょっちゅう怪我するわけねーだろ」

『そうかな?ふふふ、どうでしょうね』

「ふふ、言ってくれるな。それより、死んだ後に一度だけ会える相手が俺で良かったのか?」

『うん。清吾君が良いんだよ』

「そっか。カスミ。俺、実は今日告白する気だったんだ。カスミ。お前のことが好きだ」

『ありがとう。私も好きよ』

「そっか」

清吾は微笑んだ。

『私の最後の姿、どうだった?』

「すっごく綺麗だった」

『本当?嬉しい。清吾君に見せられて良かった』

「ああ。俺も見れて良かった。なぁ、カスミ…」

『ごめん。もうお別れみたい。さようなら、清吾君』

それきり、カスミの声は聞こえてこなかった。

「さよなら、カスミ」

悲しいとは思わなかった。だって人間は皆いつか死ぬのだから。時期が少し、早かっただけのことだから。

既に日はほとんど落ちていた。清吾は一人帰路についた。

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