第3話

 二次会が終わり三次会のカラオケへと移行することになった。

「あっ、俺、コンビニ寄らなきゃあ」

 横山がグループに向けて、用事を思い出したように言う。

「近くにコンビニ会った?」

「知らね」、「高槻初めてなんで」、「駅にあるだろ。知らんけど」、「大通り歩けば見つかんじゃね?」、「駅前にあったような。知らんけど」

 グループの皆は知らないと言う。

 私はここに来るまでに見かけたので、

「ロータリーにあったよ」

 と教える。

「サンキュー」

 そして私達一団はホテルを出ようとした。

 雨足は来る前より強まっていた。

 傘立てで私のビニール傘を探す……が。

 ──あれ?

 なんと傘立てに私の傘がなかったのだ。あの無骨な星が描かれたビニール傘が。

 誰だよ。普通、そんな傘を持って行く?

 そこで私はこうなればどれか適当に選んでビニール傘を使おうと決めた。どれも同じなんだし。問題ないよね。

 でも、その時だ。

「あんれー。あんたの傘ないね。取手に変な丸の印あるやつ」

 と小山田が声高に言うのだ。

 ちなみに丸じゃない星だ。

「誰か間違って、持ってったー?」

 そして次に傘を持つ人達に目を向けて問う。

 傘を持つ人達は各々取手を見て、「マークない」、「俺も」、「私もよ」と言う。

「あんれー? もう誰かが差して行っちゃったのかな?」

 いかにも小山田は「困ったわー」みたいな演技をしやがる。

 何だよ、こいつ。お前のせいでこっちは適当に傘を取れなくなったではないか。

 どうしようと困っていると深澤がやって来て、

「入れてやろうかと」

 と言う。これが普通の人なら受け入れるが、下心と疑惑、そして恩着せがましい奴はノーサンキューだ。

「結構。横山くんの傘に入れてもらうから」

 名前を出された横山は驚き、止まる。

 下手をうたれる前に、

「コンビニどこか知らないんだって。だから一緒に行くの。ね?」

 私は横山に頷けと圧をかける。

「……ああ」

 そして私と横山はコンビニへと相合傘で歩き始める。

 後ろから小山田が、

「持ち帰りー?」

 と、クソみたいなことを言ってきた。

 くたばれブス!

 私は心の中で中指を立てた。


 コンビニで私はビニール傘を買った。

 横山はマルチメディアステーションの画面を操作していた。

「長いわね」

 私はビニール傘を買うだけだったのですぐに済んだ。

「もう終わるから」

「お前、店内に傘持って入るなよ」

 と思わぬ批判的な声に私達は驚いた。

 振り向いた先には金髪ロン毛の男こと深澤がいた。

「傘立てに置いておくと盗まれるから」

 と横山は言い、画面に向き直る。

「深澤くんは三次会に行ったんじゃないの?」

 私は訝しげに聞く。

「ちょっと用があってな」

 そして深澤はレジに向かい、タバコを購入した。

 横山の方はというともう終わり間近らしく、確認タップして、次の画面でOKをタップした。そしてレシートが発行され、彼はそれを持ってレジに向かう。

 入れ違いに深澤がやって来た。

 私は横山が終わるまでの間、神経を苛立たせる会話をしなくてはいけなくなった。


「あ? 傘ねえぞ?」

 深澤が不機嫌な声を出した。

「盗られたね」

「何でだよ?」

 知るかよ。

 このままこいつをほっとこうかな。

「入れてくれよ」

「嫌」

 私は即答した。嫌な予感しかなかったから。

「なんでだよ」

「横山くんに入れてもらえれば?」

 私は顎で隣りの横山を指す。

「狭いだろ?」

「私、三次会には参加しないから」

「なんでだよ。行くぞ」

「きゃ!」

 深澤はいきなり私の傘を奪い取った。そして私の右腕を掴む。

「ちょっと、何するのよ」

「さっさと三次会行くぞ」

「行くわけないでしょ!」

「おい! 嫌がってるだろ?」

 横山が止めに入ってきました。

「あん?」

 注意が横山に向いたため、深澤の手が緩み、その隙に私は彼の手を振りほどいて、猛ダッシュでタクシー乗り場まで向かう。

 すぐに待機中のタクシー捕まえて搭乗する。

 これで安心と思いきや、深澤まで乗り込んできたではないか。

「は? 何、あんた? 三次会に行くんでしょ」

「やっぱ俺も帰るわ」

「はあ? なんでよ?」

「別に。あ、傘返すよ」

 私は深澤からビニール傘を受け取る。

 そして私は引出物を。傘は彼との境界線として置く。

「あのお客さん、どこに向かえば?」

 運転手が眉を八の字にさせて聞く。

 私はこのまま家まで帰りたかったが、こいつがいるんで京阪の駅名を告げる。

「とりあへず、あんたはここでいいよね?」

「OK?」

 そのニヤついた顔が本当に不快極まりない。

 京阪の駅まで益のない会話──というか向こうからの一方的な言葉が掛けられる。スマホを使って遮断したかったが、それだと深澤に画面を見られる可能性があったので、私は窓の向こうを見つつ、適当に相槌を打って済ませていた。

 窓の向こうの空はどんよりと暗く、雨が地面を打っている。時折、唾のような太い雨粒がタクシーの窓に当たる。


 駅前に着くと深澤はドアを開けるだけで、なぜか降りなかった。いや、こちらの出方を伺っているようだ。

「着いたけど? 降りないの?」

「お前こそ?」

「私はこのままタクシーで家に帰るの」

「はあ? 何でだよ。バスがあるぞ?」

「だから?」

 深澤は髪をかき揚げ、横向いて溜め息を吐く。

「降りるぞ」

 次の言葉は命令形だった。

「いや」

「いくらだ?」

 深澤は運転手に料金を聞く。

「払っても私は降りないから」

「何わがまま言ってんだ?」

「はあ? 何がわがままよ。私はタクシーで家に帰る! 金は私が払うからあんたはさっさと降りなさいよ」

「ああ、そうかい! なら傘くれよ」

「はあ? なんでよ?」

「このまま濡れて帰れって?」

「ええ?」

 何こいつ。意味わかんない。

「傘だせや!」

 しまいには深澤は恫喝してきた。

「……分かったわよ」

 私がビニール傘を差し出すと深澤は乱暴に取り上げた。

 そして傘を差さずに外へ進む。

 私は深澤が何をしようとしているのか瞬時に理解して、すぐにドアを閉めた。そして運転手に、

「行って!」

 と告げた。

 運転手も早く離れたいのか、私の言う通りにタクシーを発進させた。

 窓から深澤が傘を広げ、それを差すのではなく地面に思いっきり何度もぶつけていた。

 そしてビニール傘が折れてぐちゃぐちゃになったころ、タクシーに向き直った。

 でもその頃には私を乗せたタクシーはだいぶ離れていた。

 深澤はそれに気付いて車道に飛び出した。

「待てや! お前の傘やろ! どないすんねや!? 拾えや!」

 こっちに向かって叫び始める。

 何が拾えだ。お前にあげたんだ。だから、それは私の物ではない。拾いに行く必要もない。

 でも、知らない人はどう思うだろう?

 私を拾わないクズとでも思うのか?

「無視して! 進んで!」

 私は俯き、耳を塞いで運転手に言う。

 運転手はタクシーを停めることなく進んでくれた。

 私は後ろを見る。

 深澤はこっちへと走り始めた。

 人の足では車には勝てない。でも、まだロータリーを出たばかりでスピードは遅い。

 全速力なら……あるいは。

 私は手を組み祈る。

 その祈りが通じたのか、深澤は大きくこけた。

 そして起きあがろうとしたところを警察官に取り押さえられた。

 その姿は次第に小さくなる。

 それでも私は祈り続けた。

 このまま家へ無事に帰れますように。


 家に着いた私は料金を払い、外に出る。

 傘は深澤にあげたせいでない。

 私は走ることもなく、歩いて玄関へと向かう。その間、雨に濡れっぱなしだが、そんなことどうでもいい。

 リビングで母が、

「あんた、ずぶ濡れじゃないの? 傘は?」

「行く時は降ってなかったから」

「天気予報くらい見なさいよ」

「……そうね」

 見たんだけどね。天気予報では曇りだった。

「大丈夫?」

「シャワー浴びる」

「……そう」

 私は脱衣所でパーティードレス、下着を脱いだ。

「寒っ」

 シャワーを頭から浴びる。

「冷たっ!」

 ガスを点けるのを忘れていた。

 すぐにガスを点けてお湯が出るのをしばし待つ。

 そして再度シャワーを頭から浴びる。

 雨とは違う温かい水が頭を叩く。

 私は顔を洗い、化粧を落とす。きちんとした化粧落としをすべきなのだが、どうでもいい。

 今は全てを落としたかった。

 心のどんよりしたものも全部。

 流れろ。落ちろ。


 シャワーを浴びてリビングに戻り、バッグからスマホを取り出すと武から連絡がきていたので折り返した。

「もしもし」

『柊木か。お前、三次会には来てないのか? なんか深澤に捕まったとか横山が言ってたけど』

 武の声の後ろから音楽がかすかに聞こえる。

「なんとか回避した。本当に……疲れた」

 言葉にすると肩の力を抜ける。

『そうか。で、今はどこだ?』

「自宅」

『無事帰れたんだな』

「そっちは三次会?」

『ああ。でも、もう終わりだな』

「ふうん」

『色々大変だったな』

「本当。……もう同級生の結婚式には出たくないわ」

 懐かしい奴に会えたり、新しい出会いもあったりするけど、小山田や深澤が出席する結婚式にもう出たくない。

『俺もだ』

「なんかあった?」

『いや。何もないよ。また後日連絡するよ』

 そう言って武は急に通話を切りやがった。


 後日、武は本当に連絡をしてきた。

 そしてあの日の裏話を教えてくれた。

 深澤が私にグイグイきたのは小山田がけしかけたせいだった。

 そして三次会で小山田は墨子の高校時代の芋顔のことを吹聴し、墨子がブチギレて大喧嘩。三次会はお通夜みたいになり、解散を余儀なくされたとか。

「めっちゃめんどくさいことになってたのね」

『大変だったんだぜ。ああいうのをクラッシャーっていうのかな』

「……意味が違うような。で、どうなったの? もしかしてあんたが小山田をお持ち帰りしたの?」

『んなわけねえだろ。まあ、言い寄られたけど』

「なーんだ」

『なんだとはなんだよ!』


 笑顔の下には何があるのか。

 結婚式には祝う者、私のように同級生というだけで出席した者、下心ありで出席した者、色んな人が出席した。

 小山田と深澤は明らかに後者だ。貪欲で傲慢でプライドが高い。まさに獣。怖い生き物だ。

 でも、彼らを完全には否定できない。

 私達にもどこかに彼らのような貪欲な部分は存在する。欲があるから人なのだ。

 けれど、だからといって同じではない。

 あくまで欲を表に発露するのか、それとも閉じ込めたままにするのかの違い。つまり理性と善悪の境界線が違うのだ。

 また相手に関しての罪悪感も。

 人にはそれぞれ踏み越えてはいけないラインがある。彼らには罪悪感はないのだろう。だから平気でラインを越える。

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ポニーテールは引っ張られる 赤城ハル @akagi-haru

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