第2話

 阪急高槻駅のロータリーに着くと目的地のシロデスビルは意外にもすぐ見つかった。どっかの百貨店かといわんばかり、縦にも横にも長いビルだった。

 ロビーに入ると武は男子グループに声をかけられ、そちらに向かった。私も一緒に向かおうかなと思ったけど、男子グループだしやめとこうと離れた。

 それで私はロビーの近くにかなりヨーロッパ色の強いラウンジを見つけ、ちょっとまだ時間があるし、適当にくつろごうかなと近寄ると、

「姫子じゃん」

 と、ある一団から声をかけられ──というか手招きされた。

 遠目から分からなかったが、その一団は元クラスメート達だった。そしてその中に小山田亜美の姿もあった。

「久しぶりー」

 先に私に声をかけた女が言う。

 他は顔と名前が一致するがこいつだけ分からん。

 そんな私を見て佐藤が笑った。

「ほら、やっぱり分かんないじゃん」

「ええー」

 名前の分からん女も困ったように笑った。

「私、墨子よ」

「……墨……子?」

 私は墨子と名乗る女を上から下まで眺め回す。ここに来る前に車中で話題になった女。

 その墨子といえばごわごわの黒髪に芋顔、眼鏡にタレ目、鼻筋のない低い鼻。

 それが目の前の女はゆるふわの茶髪、ばっちりメイクのギャル女。

「大学デビューしちゃって〜」

「へ、へえ」

 変わりすぎだろ。あとプチ整形しているな。

 ていうか外見だけでなく中身も変わってない? こんな性格だっけ?

「そんなことよりもさ」

 誰かがばっさりと斬ってきた。

 誰だと伺うと声の主は小山田だった。

「あんた、武と一緒に来たけど何で?」

 小山田は腕を組んだまま、左手親指で男子グループの武を指す。

「そうそう。何で何で? あっやしー」

「もしかして付き合ってる?」

「きゃー!」

 元クラスメートはめいめいに黄色い声を放つ。

「違うよ。ここまで送ってもらっただけだよ」

「ふうん」

 なぜか疑いの目を小山田は向けてくる。そこには少し敵意の色もある。

「じゃあ狙っても問題ないわね」

 と、どこか挑発的な笑みを向けてくる。

「まあ、別に。……あっ! でも、今日はやめてほしいな帰りがタクシーになるから」

「姫子ひっどーい。武をアッシーにしてるぅ」

 なぜ声高に言うのか。このクソアマめ。

「アッシーって何?」

「ググれよ」

「ググらせんなや」

 私達はお互いにこやかだけど視線はバチバチ。

「ほ、ほら二人とも、そろそろ時間だよ」

 墨子が間に入り、受付について話す。


 結婚式は終わり、すぐに二次会が同ホテルの別室で行われた。

 皆はシャンパンを片手に自由きままに席を動き回った。

 もはやコンパだ。

 特に小山田は男漁りに右へ左へと動いていた。

 なるべく、小山田とはかち合わないように避けるのだが、時折嫌がらせのように向こうからやってくるのだ。そして挨拶代わりのように胸を斬り裂く言葉を放ってくる。

 こういうところでの女の悪口というものは汚くひどいもので、事実を少し誇張させ周りの人間に誤解を与えるというナイフである。言われた本人は事実が混じっているため否定しがたく、誤解がないよう弁明しても周りからは焦って言い訳をしているようにも聞こえ、まさにドツボにハマるという事態になる。

 勿論、誤解だよという返答がベストであろうが、それだと相手はしてやったみたいな顔をするので、斬り返す場合はやはり悪口だ。

 私は悪口というものは苦手であるが、母からは嫌いな人間にはすぐに悪口が十個言えるようにしておきなさいと教わっているので、相手のナイフに対してこちらも笑顔でナイフで斬り返す。

「そんなことないよ。むしろあんたの方が〜」

 と向こうの言葉をやんわり否定しつつ、相手の失敗談と恥ずかしい話をエッセンスとしたをぶつける。私の言葉は先の相手の言葉とは何の繋がりもない。

 だが、それでいい。こういうのは返答ではなく、斬り返しなのだから。相手の虚を突くのが大事。

 そしてこういう斬り合いは空気が悪くなり大抵は来た方が帰るか、もしくは周りの人が席を立つかのどっちかである。

 小山田との斬り合いはどちらが勝ったとかは不明だが、小山田も男も去って行き、独りになった。

 私は溜め息を吐き、また河岸かしを変える。けど周りの「こっち来んなよ」という視線を感じ、私はバッグから手鏡を出して、「あっ、化粧崩れた?」みたいな演技をして、パウダールームへと向かった。

「お! 柊木じゃん」

 金髪ストレートヘアーの飄々とした男に声をかけられたが、

「ごめんね。化粧直しに行くから」

 と足早にスルー。

 廊下で墨子に出会い、

「ねえ、二次会にいる金髪の男なんだけど誰か知ってる?」

 と聞いた。私の名前を知ってるってことは同じ高校?

「深澤だよ」

「ああ! あいつか」

 いたいた! クラスにチャラいやついたわ。いかにも股間に脳みそが付いてるやつ。

 私は墨子に礼を言って、パウダールームに向かった。


 パウダールームでする必要のない化粧直しをしていると、小山田が入ってきた。私の反対側に小山田の友人がいて、すぐに、

「あれ? 河口って人とはもういいの?」

 と聞いた。

 小山田そちらにすぐ足を向けたため、私には気付かなかったようだ。

 河口。知らない人だ。花婿側の知人友人かな?

「あいつ、駄目。オタク……というかマニア? マニアね。釣りマニア。駄目だわ」

「釣りならいいんじゃない? アウトドアで」

「少しならね。でも、あいつ釣りについてめちゃくちゃ語るし。話を聞く限り、あれはめっちゃ金を注ぎ込んでるね。趣味に注ぎ込む奴は駄目よ。駄目」

「へえ。あの斉藤って人は?」

 斉藤? 知らないな。そちら花婿側の人かな?

「キモい。ちょっと社交辞令言ったら自惚うぬぼれちゃって」

「深澤は? めっちゃ弾んでなかった?」

「どこがよ?」

 小山田は嫌悪の声を出して、

「あいつはクソじゃない。高校時代から何も変わってない。いつまでもチョットチョットなのよ。本当にウザイ」

 どこぞ双子芸人のようなチョットチョットは、深澤が何かにつけて「チョットだけ、チョットだけ」とうるさく頼んでくるから生まれたもの。しかも、そのチョットが終わるとまたチョットが始まるのだ。最終的には何かをやらせようとしているのだ。

 それで被害に遭った者も少なくない。しかも俺に責任はないとか言い張るから、まじで警戒されている。

 それゆえに周りからはクソ面倒くさいやつとして有名。女子全員も暗黙にあいつには関わるなと決めている。

「バーで働いているって言ってたよね」

「働いているってのが怪しい。経営者でもないし、バーテンでもない。あれはバイトね。服からして安っぽかったもの」

「なんか薬とか裏で売ってそう」

「まじ売ってんじゃない?」

「で、亜美の本命は上白石?」

 確か税理士をやっていると小耳に挟んだ。そして小山田もこっそり耳打ちで年収を聞き、黄色い悲鳴を上げていた。そしてそれからというもの、急に上白石への態度が変わっていた。

「職も年収もいいんだけど……」

 そこで小山田はプッと笑う。

「やっぱハゲは無理」

 と言い、大笑いし始めた。

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