ポニーテールは引っ張られる

赤城ハル

第1話

「……高槻か」

 最初に場所を聞いておくべきだった。

 予定と祝福を告げた後では、今更お断りすることは出来ない。

『どした?』

「なんでもない。高槻駅近くのシロデスビルね。うん。分かった」

『詳細はハガキで』

「うん」

 そして私は通話を切った。

 後から私は無意識的に早口になっていたと気づいた。

「……高槻か」


 高槻は隣りの市であるが、私は行ったことがなかった。というのも高槻へは淀川を越えなくてはいけないからであり、そして私が住んでいる町は淀川からかなり離れている。

 高槻に行くには、まずバスで京阪の駅に向かい、そこで違うバスに乗り換えて淀川を越えて高槻駅に向かわなければならない。

 ちなみにバスを使わない電車オンリーだと家から近いJR線で梅田に向かい、阪急線に乗り換えなくてはいけない。けれどそれは地図で線路を見ると右に倒れた大きなU字をしている。電車だと馬鹿みたいな超大回りということ。

 これはバス利用か。しかし、それでも遠い。ちょっと嫌気がさしてたところで、武から着信がきた。

 高校卒業からだから6年ぶりか。

「もしもし?」

『柊木か?』

「どちら様?」

 分かってたけど聞いた。

『武。水無月武。高校の時、同じクラスだった』

 覚えてる。てかスマホ画面に武って出てるし。

 武とは周りが京阪組ばっかの中、数少ない同じJR組だった。

「あー、はいはい。武ね。何か用?」

『塩崎の結婚聞いた?』

「うん。聞いた」

 ついさっきね。

『出席するの?』

「うん」

『今、お前どこに住んでる?』

「実家」

『そっか。なら高槻は遠くね』

「くそ遠い」

『俺、車で行くからさ。送ってやろうか?』

「マジで?」


 そして式当日。天気は曇りで空は真っ白。ただ雨が降る予定はないらしい。

 私はJR駅のロータリーで待っていると白ワゴン車が止まり、助手席側の窓が開いて、予想よりも少し老けた武が、

「柊木、久しぶり」

 私は手を挙げて応える。

 そして助手席側のドアを開いて中に入る。

「久しぶりね。ずいぶん変わったじゃない」

 私は助手席に座り、視線を合わせずに前を見て言う。

「お前もずいぶん変わったな。垢抜けたみたいな」

 確かに高校卒業して髪を染め、パーマをあてた。

 武はアクセルを踏み、ワゴンを発進させる。

「よく私って分かったわね」

「写真だよ」

「写真?」

「お前、墨子と同じ大学だったろ?」

「……学部は違うけどね」

 私は文系で墨子は理系。キャンパスが違うので会うことも少ない。というか会った記憶がない。

「その墨子が何?」

「だいぶ前にお前の写真を見せてくれた」

「え? それって大学時代の私ってことよね?」

「当たり前だろ」

「私、墨子と会ってないわ」

「2年の時に文化祭でお前を見たって」

「え?」

「お前が一生懸命焼きそば作ってたから声をかけずらかったんだって」

「で、写真だけを撮ったと?」

「そうそう」

「その後、あんたは墨子から写真を見せてもらったと?」

「そうそう」

「あんた、墨子と接点あったっけ?」

「元カノが墨子の友人でな」

「あー、合コンをセッティングさせたんだ」

「違う、違う」

 武が強く否定してこっちを向いてきた。

「前! 余所見すんな!」

 すぐに武は前に向き直り、

「本当に偶然だったんだよ。まさか元カノが墨子の友人だったとは」

「ふうん」


 淀川新橋の上をワゴンが走る。

 広い川が窓から見える。これだけ広い川の上を橋で渡っていると、まるで空を渡っているような気がする。

 にしても今日は空が曇ってるせいか、川も生き生きさがない。

「うわー。どんどん曇ってくわ。これは高槻駅では雨降ってるかも」

 武が空を見て言う。

 私も空を見上げると、確かに徐々に雲が黒を帯びてきている。

「でも、これなら平気じゃない? もうすぐなんだし」

「何言ってんだよ。まだまだ先だろ?」

「?」

「お前、高槻駅行ったことない?」

「淀川を越えたことないわ」

「まじかよ」

「でも地図で見ると、ほら……て、あれ? これ新幹線?」

 スマホの地図アプリで確認すると、今まで阪急線と見てた線路が実は新幹線の線路だと分かった。

「新幹線? じゃあ、阪急線は……うっそ、これ?」

 地図には新幹線の線路が横に走っているが、さらにその向こうに横に走る線路がある。

 どうやらそれが阪急線らしい。

「遠! これまじなの!」

 橋を越えても高槻駅はまだまだ向こうであった。

「これマジで雨降るかもね」

 私はうんざりして言う。

「柊木、傘持ってる?」

「持ってない。あんたは?」

「一つ。ビニール傘がある」

「なら、それでいっか……よくないな。相合傘になる」

 もし小山田あたりに見られたら何を言われるか。

 小山田亜美。クラスには一人いるマウンター。嫌味と嫌味と、あと嫌味ったらしい人間。嫌味の塊。

 今更だけど小山田も来るのかな?

 やっぱ出席やめとけばよかった。

 両肩がやけに重く感じた。気圧の変化かな? 空を伺うと雲のお尻が黒かった。

「コンビニでビニール傘を買いましょう」


 母から女の子なんだから舌打ちはやめなさいと口酸っぱく言われてきた。

 私個人も舌打ちをするような人間は嫌いだったから、全く舌打ちをせずに生きてきた。

 でも今は舌打ちをせずにいはいられなかった。

 コンビニでビニール傘を買った。そして手持ちの一本を盗まれたのだ。一本買って一本盗まれる。何だよそれ。これだと何のためにコンビニに寄って買ったんだよと突っ込みたくなる。

「だから言ったじゃん! 駐車場から出入り口は近いんだから、わざわざ傘を差す必要はないって!」

「でも、少しでも濡れるとうるさいだろ」

「とにかく、私、もう一本買いに戻るから。あんたはその一本使って車に戻っていて」

 私は怒り肩でコンビニへと戻る。


 傘を買って車に戻った私はマジックペンで星印を書いた。

「何で?」

 と武が聞く。

「どれが自分のか分かるようによ」

 さすがにビニール傘に自分の名前を書くのは恥ずかしいので星印にした。

「歪な丸だな」

「星よ」

「ええ!?」

「車の振動のせいよ」

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