ショコラ
「今年のバレンタインはどっちが多く貰うのかな」
昼休み、目の前に座った幼馴染みの
私の通う高校でモテ男と言えば
これは誇張でもなんでもなくて、学祭のミスターコンでは1・2位を争う人気だし、毎年バレンタインの時期には教室に女子が列をなし、東雲と天草の机の上はチョコレートの山。
確かに東雲の姿形はいい。身長180cm超えの頭身を大幅に増す小さな頭とバランス良くすらりと伸びた手足。祖父が外国人なのでさらさらの髪は天然の薄茶色。形の良いアーモンド形の二重の目は瞳も同じ色で、少し垂れた
対して天草は黒目黒髪の純日本人の特徴を備え、家が道場をやっていて本人も空手の有段者。耳の上で切り揃えた真っ直ぐな黒髪、背は172cmほどだが切れ長の鋭い瞳と常にキリリと引き結ばれた薄い唇が「凛として硬派な雰囲気が素敵」と女子の心を鷲掴みにしている、らしい。(当社調べ)
2人は幼馴染み同士で、我が校のショコラ王子 (笑)と若様 (苦笑)と言えば彼らで間違い無いのではあるけれど……。
実を言えば若様は女性だし、さらに言えばそれは「私」についたあまり有り難くない二つ名である。制服はスカートなのに男子と間違えられるけどれっきとした女だ。
どっちが女の子にモテるかなんて不毛な話だし、私は甘いものが好きじゃない。
「どうでもいいよ。興味ない」
私も牛乳のパックにストローを挿しながら答える。これ以上背が伸びるのも嫌なんだけど、好きなんだから仕方ない。と、思っていたら、上からひょいと伸びた大きな手が私の牛乳を奪った。
「あっ」
「もーらい」
甘やかな低い声が悪巧みの音色で耳を撫でる。見上げれば薫が私の牛乳を片手に悪戯な笑みを浮かべていた。
この男は何から何まで甘ったるい。老若男女魅了する笑みと甘いマスク。多分他の女子なら頬を赤らめるところだろうが、子供の頃から見慣れている私にはあまり効き目はない。
「返せ」
「いいじゃん、一口くらい」
「人のものばっかり取るな」
「多香ちゃんの食べてるものってなんか美味しそうに見えるんだもん」
いい年して「だもん」てなんだ。こいつが言うとまた似合ってしまうところが憎らしい。
子供の頃はガリガリのチビだった薫。食が細いのを心配していたご両親だが、なぜか私といるとたくさん食べるからとよく隣家に招かれて一緒にご飯を食べていたものだ。
返せ、返さないと小競り合っていると、向かいに座った栞がウットリと頬を染めて私達を見ているのに気づいた。
「はあ……今日も眼福」
栞はいわゆる腐女子だ。何が楽しいのか理解不能だが、私と薫の遣り取りを眺めて「リアルBL」「尊い」などとブツブツ呟きながら胸を押さえている。またおかしな妄想をしているに違いない。
「栞……」
「ねえ、ちょっと顎クイしてみて」
「はあ?」
私はちょうどその時、隣の席に腰を下ろした薫の上に乗り上げるようにして、牛乳を取り戻そうと奮闘しているところだった。薫は無駄に手足が長いので、椅子に膝をかけて身を乗り出しても指先は空を切るばかり。
ふむ。顎クイか。少女漫画とかによくあるアレでしょう?相手の顎を持ち上げてクイッと上に向けさせるやつ。私は眼下の美麗な顔を見下ろした。一瞬動きを止めた薫の唇がひくりと歪む。
「え、ちょ、多香ちゃん?」
「なに」
「ほんとにやらない、よね?」
たまには栞の要望に応えるのも悪くない。最近は身長差でやられっぱなしなので、意趣返しの意味も込めて、私は硬直する薫の顎をそっと指でつまんでみた。
昔は細かった顎も今ではしっかり男性的な骨格になっていて、
「きゃー!」という悲鳴が教室のあちこちから聞こえ、なんだか面白くなってきた私はそのまま顔を近づける。寄せた唇から立ち上る甘くてビターでスパイシーな香り。こいつ匂いまで甘いのかと感心していると、カメラのシャッター音と興奮した栞の声が聞こえてくる。
「
台詞ねえ。なんだろう。栞が喜びそうなやつって。栞オススメのBL本は読んだことはないが、なんかそれっぽいこと言えばいいの?私は朱に染まった耳元に口を寄せて、吐息混じりに低く囁く。
「……悪い子だな、薫」
悲鳴はますます大きくなり、薫の手からポトリと牛乳が落ちる。それをすんでのところでキャッチして、私はさっさと体を離した。
そして興奮冷めやらぬ様子でスマホを握り締める栞に向かって告げる。
「早く食べないと昼休み終わるよ」
「もう、もう、ありがとうございます!多香ちゃんサイコー!一生ついて行きます!」
「どうも」
良く分からないけどこれがファンサというもの?素知らぬ顔でカツサンドを頬張る私の横で、顔を真っ赤にした薫がブルブル震えながら立ち上がった。
「……最低だ」
「ふん。私に歯向かおうなんて100年早い」
「ひどいっ!」
涙目で教室を出ていく男の背中を、「そういえばアイツ泣き虫だったなあ」と感慨も薄く見送った。そのままモグモグとソースの絡んだカツの脂身を堪能していると、成り行きを見守っていた栞がポツリと呟いた。
「あーあ、薫君も大変だねえ」
「何が?」
「そういうとこ」
自分も一緒になって揶揄ったくせに、栞が呆れた表情で私を見るのはどうしてだ。
薫は拗ねてしまったのか、バレンタイン当日まで口を利かなかった。そういうところも昔と変わらずで、可愛いと言えば可愛いのだけど、少しばかりめんどくさい。
これは少々対策を講じねばなるまい。
「勝負だ!多香ちゃん!」
少し用事があったので遅れて学校から帰って部屋に入ると、チョコの入った大量の紙袋に埋もれた薫が膨れっ面で待ち構えていた。
いや、勝負って……毎年のことだけど女子とチョコの数を競うって虚しくないか?私は白けた目を薫に向けた。
「今年は薫の勝ちだよ」
「なんで!?」
「私は一つも貰ってないから」
「え?え?だって今日も行列出来てたじゃん!いっぱい机の上に置いてあったじゃん!」
「全部返してきた」
一つ一つ謝罪をしながら返したので遅くなった。どうしても贈り主の分からないものは甘党の栞にあげた。栞は「ファンに殺されそう」と言いながらも嬉しそうに持ち帰ったので、肝が太いというかなんというか、伊達に私たちの友人を何年もやってない。
顔中に「?マーク」を浮かべている薫を尻目に、机の引き出しに入れておいた箱を取り出す。
「あ、やっぱ貰ってるじゃん」
「ん?」
「手に持ってるやつ……まさか本命?」
「そうだね。貰ったんじゃなくてあげるんだけど」
「誰に?」
質問には答えないまま包装を解き、中に入っていた細長いチョコ掛けのオレンジピールを薫に見せつけるように口に含む。チョコの甘さとオレンジの爽やかな苦みが絶妙のバランスで舌の上に広がる。我ながら上手く出来た。
薫は惚けたように私の顔を見つめ、今やすっかり男らしくなった喉仏を上下する。
「食べる?」
「え?は?」
「私の食べてるものは美味しそうに見えるんでしょ?」
新しく取り出したオレンジを口に咥え「ん」と顎を突き出せば、薫の白い顔がみるみるうちに赤く染まる。じりじりと膝を詰めればその分距離を開けようとする。
「ま、またからかって」
「ほんとめんどくさい子だね」
私は薫の肩に手をかけ膝の上に乗った。昔は私より小さかったのに、大きくなったもんだ。
戸惑いながらも危なげなく私の腰を支えた薫に体重を預け、ポカンと開いたままの口にチョコの付いたオレンジの端を押し込んでやる。
「どう?美味しい?私が作った本命チョコ」
「おいひいれす……」
まだ事態を把握してないらしい薫がモグモグしながらぼんやり答える。私は可笑しくなってチョコの付いてしまった柔らかい唇の端をペロリと舐めてやった。
すると不意に顔を覆った薫が身悶えしながら後ろに倒れた。紙袋から溢れたチョコがラグの上に散らばって、色とりどりの包装紙とリボンの海に溺れているみたい。
「くそっ!今年も負けた!」
「数では薫の勝ちじゃない?」
「そうじゃないの!多香ちゃんが男前すぎて悔しい!」
なにその乙女みたいな反応。モテるくせに相変わらず初心だなあ。私は広い胸の上に耳を寄せ、あり得ないスピードで鳴る鼓動を聞きながら、手も首筋も真っ赤になった薫の甘くてスパイシーな香りを吸い込んだ。
「まだ勝負する?」
囁くと薫は息を詰め、「一生勝てる気がしない」と小さな声で呟いた。
香水 ~香りの物語~ 鳥尾巻 @toriokan
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