第3話 旅立ちの時

宿屋で二人は夢中で話しているうちに大分夜も更けてきたので、マローネはミアにそろそろ帰るように言いました。


「それでミアはどの国から旅を始める予定なの?」


「まずは木の国に行ってみようと思ってるんだ。

あの国は土の国と特徴が大分違ってとてもエネルギーに溢れた国だと聞いてるから、ずっと気になっていて、旅に出たら一番最初に行きたいって考えてた国なの」


「そう、木の国から旅を始めるんだね。私のご先祖様がいた国から始めるなんて、なんだか嬉しいね。

あの国から旅を始めるんだったら、少し注意が必要かもしれないよ。この国と木の国の人間は大分気質が違っているから。

ここで暮らしている時の様にのんびりしていると危険もあるかもしれないからね」


「はい、お姉ちゃん。充分気を付けるようにします」とミアはいつもより真面目な顔でそう答えて、マローネの忠告を素直に受け入れました。


「じゃあおやすみなさい、お姉ちゃん」

ミアは家に帰ろうと椅子から立ち上がって歩き出そうとすると、マローネは、すっと軽くミアの腕を引いて、ミアの丸いおでこに優しくキスをしてこう言いました。

「おやすみ、可愛いミア。良い夢をね」


いつも通りの別れの挨拶が嬉しくて、ミアもいつもの様にマローネに抱きつき「たくさんアドバイスしてくれてありがとう、お姉ちゃん」

「次はいつまた会えるかな・・・」と心の声が思わずこぼれてしまいました。

恥ずかしさと別れの寂しさとで、ミアはさらにマローネの身体をさらにギューッと強く抱きしめました。

「すぐに会えるよ、きっとね」

マローネがそう言ってくれたので、半泣きになりながらも笑顔でマローネの顔を見上げたのでした。


うっすらと感じられる月明かりの中、ミアが静かな帰り道を歩いていると、春の独特の柔らかな風が吹いてきて、周囲にある田園から優しい緑の香りがしてきました。

そんな気持ちの良い夜の道を歩きながら、ミアは静かな気持ちでこう決心しました。

明日から旅を始めよう、と。


これまではずっと強い気持ちで旅に出たいとばかり思っていたけれど、

いざそれを決行すると決める時はこんなに落ち着いた気持ちになるのかと、彼女は驚きました。

人間って不思議だな・・・。大事な事を決める時、こんなにも心は静かになるものなんだな。

ミアにとってこの旅を始める決断は、彼女の人生で初めての大事な決断だったのでした。


遅くに家に帰ったので家族に見つからないように、こっそりと庭の木に登り、窓近くまで伸びている枝をつたって二階の自分の部屋に入りました。

それから明日から始まる旅の為に準備していた鞄と道具を、隠しておいたベットの下から取り出しました。

「ええと、まずは日記帳でしょ?誕生日にもらった万年筆と、それにレターセットと、旅の間に絶対読みたくなる本を何冊か・・・、それから最低限の着替えと洗面用具にブランケットかな。あとは非常用の食料とお菓子に、薬も持って行かないとね」

荷物のほとんどはもう準備をしてありましたので、すぐに荷物が用意できました。


明日からは本当に一人で過ごすことになるのか・・・そう思うと少しだけ不安な気持ちにもなりましたが、これから出かける国々のことをあれこれ考えているとわくわくする気持ちの方が勝って、次第に夜が明けるのが待ち遠しくなりました。


翌日、まだ夜も明けきらない時間に、家族が起きだす前に彼女は出かけることにしました。

昨晩準備した荷物を持って身支度を整えてから、昨日書き上げた家族への手紙を机の上に置きました。

そしてこれも絶対に持って行かなくちゃね!

マローネから昨晩もらったオレンジ色のマンダリンガーネットのアミュレット(お守り)を優しく手に取って、静かに首にかけると、だんだんと旅への不安も消えて行くような気がしました。

この先、色々なことがあるだろうけれどこの石が護ってくれる、だからきっと大丈夫、そんな風に思えるのでした。

これからの旅への期待と緊張が混ざった気持ちのミアを、このお守りの石のエネルギー励ましてくれる気がしました。


昨晩と同じように庭の木づたいに自分の部屋から抜け出して地面に降りました。

そして背筋を伸ばして家の方へ向いてから、ゆっくりと深いお辞儀をして「行ってきます。私が帰るまでみんな元気でいてね」と、しばらくは戻ることのない我が家と家族に挨拶をしました。

そして村の外に続く道へと歩き出したのでした。


田園風景が続く中を歩いていると、だんだんとお日様が出てきました。するとその温度や湿度の変化によって、いつものようにあの匂いがしてきました。

あったかい土の香り・・・。

ミアが生まれてから暮してきた土の国は、昔から豊かな土壌に恵まれ、その土にはたくさんの栄養と適度な湿気が含まれていて周囲の植物や動物たちへ大きな恵みを与えています。

土の恵みは生き物が生きていく為にはなくてはならないもの。

その恵みのおかげで人々は豊かな自然と作物に恵まれて穏やかで安定した生活を送ることができ、その穏やかさがこの国の人間の気質にもなっていました。

(この土の香りともしばらくはお別れなのね・・・)と少し寂しく思いながら、ミアはまだ人通りが少ない村の大きな一本道を国境へ向けて歩き続けました。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を彩る七つの国 明璃 @akari48

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ