第2話 村の宿屋にて

長旅から帰って来た彼女はいつもの宿でおかみさんの料理をお腹一杯食べた後、この店のなじみの客たちと雑談しながら、食後のワインを楽しんでいました。

やっぱりおかみさんの料理は美味しくて元気が出るわ~。

長旅の疲れも消えていく気がする。

もう何の食べ物も入らないくらいの量の料理をお腹の中に収めたはずなのに、彼女はワインを飲みながら、これから追加でデザートも頼もうかと思い始めていました。


さすがに今日はちょっと食べすぎかな・・・一瞬そんな言葉が頭をよぎりましたが、数か月ぶりの帰国でしたし、なによりおかみさん特製のデザートはケーキもパイもタルトも甘さの加減が絶妙で、旅先でこれまで食べたどんな美味しいお菓子にも引けを取らない美味しさなので、ここに帰って来ておかみさんのデザートを食べずに済ませるなんてことは彼女には到底無理な話なのでした。


彼女はこの国で生まれ育ち今でも国籍は土の国にありますが、一年のほとんどを商売の為に旅をして過ごすので、自分の家はあるものの留守の間の家の手入れや管理が大変なので、友人に代わりに住んでもらい、仕事が終わって帰って来た後も、家にはあまり戻らず、いつもこの宿に逗留することにしていました。


家には愛着はあるけど手入れができるほどいられる時間がないのよね。

かといって思い出のある家だから手放す気にもなれないから・・・と、家で過ごすのは新年や夏休みの時に友人と一緒に過ごす時くらいになっていました。


さて、デザートは何にしようか・・・今の時期なら数種の甘酸っぱいベリーがのったパイにしようか、それとも定番のシナモンがきいたアップルパイか。チェリーパイも美味しいのよね。

そうだ、蜂蜜と糖蜜を混ぜた特製のシロップで漬けたマロングラッセで作ったマロンパイも美味しいんだよなぁ。

それとも、あの噛み心地の良い生地で作られたフルーツタルトの方がいいか・・・やはり濃厚なココアパウダーがたっぷりかかったチョコケーキにしようか・・と多彩なお菓子メニュー見ながら迷っていると、


「マローネお姉ちゃんが戻って来てるって聞いたけど、いますか~?」

宿のドアが開いたかと思うと、元気な声でそう呼びかけながらミアがやって来ました。

「ミア、ここよ。さっき帰ったよ」ドアの方へ振り返って答えると、

「お姉ちゃんお帰りなさい~!」とミアはこちらに向かって小走りで勢いよく近づいてきて、

「今回はどんな旅だった?何か面白いことはあった?

今まで見たことのない珍しいものは見たりした?」といつものように次々と聞いてきました。


「そうね~。今回はあちこち回って長く出かけていたから色んな面白い物を見たんだけど・・・

ちょうど今デザートを頼もうと思っていたところだから、話をする前に注文しちゃおうかな。食べながら話しましょ。ミアも好きなものを選んでいいわよ。いつもの様におごるわよ」


「お姉ちゃんありがとう~!じゃあ今日はチェリーパイにする!」と嬉しそうにミアは答えました。


「おかみさん、チェリーパイとチョコケーキ、それからアールグレイティーを二つお願いするわ」とおかみさんに頼みました。


注文を待つ間もミアはそわそわした様子で話を聞くのが待ちきれないようです。

「ねえ、お姉ちゃん今回の旅で面白かったことを教えて!」

デザートがテーブルに来る前に我慢できずにそう話しかけてきました。

「今回は何から話したらいいかな。

こっちに帰る前に金の国で大きな催しがあってね。

そこであなたにお土産を買って来たのよ」

そう言うとマローネは傍らに置いていた繊細な刺繍が施されたバッグの中から何かを取り出しました。それはマローネの片方の手のひらの中にすっぽり入ってしまっているようで、何を掴みだしたのかは見ることはできませんでした。


ミアは中身が気になってそわそわしていましたが、こういう時にこの人に逆らってもかえって待つ時間が長くなるだけだと知っていたので、なんとか我慢してそのまま様子を見ていました。


マローネはミアにこっちに来てと指先をちょっと動かして手招きしました。ミアはイスから立ち上がって近づいていくと「ちょっと目をつぶっていてね」と声をかけられたので素直に目をつぶりました。(本当はどうしても気になってちょっとだけ薄目の状態ではありましたけど。)


しばらくすると鎖骨の下あたりにコツンと重さを感じたかと思うと首筋に少し冷たい感触が感じられました。


「さあ目を開けて見てちょうだい」とマローネが声をかけたので、

ミアはすぐに首を下げてそれを確認してみると、胸元に橙色に輝くシルバーの綺麗なネックレスがあったのでした。


「ちょうど金の国で天然石と彫金細工のアクセサリーの大きな催しをやっていたから買い付けの途中でミア似合いそうなものを選んできたのよ。

綺麗な物がいっぱいあったからどれにしようか大分迷ったわ」


「この石の色とっても綺麗で見ているだけで元気をもらえる感じがする。

お姉ちゃん、このネックレス本当にもらってもいいの?」


「もちろんよ。あなたはずっと旅に出たいと言っていたでしょ?この石は私たちの土の国のエネルギーを表す橙色をしていて、この国でとれる石なの。きっとあなたに力を与えてくれると思うわ。


石は特別な儀式を経て加工されているものを選んできたから、このネックレスはアミュレット(お守り)としてもあなたを守ってくれるはずよ。

マンダリンガーネットという石よ。

あなたの旅路を守ってくれるはず。

少し珍しい石だけど、あなたの髪と目の色とも良く似合うし、身に付けていて気分がいいなら、きっと石との相性も良いんだと思う。

石の事は自分で調べたり一緒にいることで感じて学ぶといいわ。

先にあれこれ教えてしまうと先入観があって頼りすぎてしまったりすることもあるから。親友だと思って仲良くしていくといいわ」

とマローネは言いました。


「お姉ちゃん、そんなに私の事を気にかけてくれていたのね。

そろそろ旅に出ようと思っていたところだったから、このアミュレットがあれば安心して出かけられるわ。お姉ちゃんありがとう・・・」

ミアは思わず泣きそうになるのを必死にこらえつつ、マローネにお礼を言いました。


「あなたは私の大事な妹分だもの。

もう大人になったんだから、これからは自由に自分の好きな事をして欲しいわ。

これはちょっとしたものだけど、こういうものがあれば、きっと何かと力になってくれるはず。この世界ではそれぞれの国にそれぞれのエネルギーが存在していて、生まれた国のエネルギーは一生私達に力を与えてくれるからね。

どこへ行っても大事にしてちょうだい」


「うん。大事にするね。いつも身に着けて守ってもらうよ。

お姉ちゃんと一緒にいるみたいな気持ちになれるから心強いよ」

ミアはマローネの心づかいがありがたくてじっと彼女を見つめながらそう言いました。


数か月ぶりに帰って来たマローネの姿を見られるのが嬉しくて、そのままずっとまじまじと見つめているうちにミアは

「やっぱりお姉ちゃんの瞳って不思議な色合いで綺麗だよね・・・」とつぶやいていました。


マローネは綺麗な栗色のふわりとしたウエーブがかかった豊かな髪の毛に、健康的な肌色の肌、そして光の加減で色が違って見える瞳を持っていました。

「ああ、私の瞳はヘーゼルだからね。緑と茶色が混ざったようなグラデーションの色でしょ?

ここの土地の茶色、それからこの緑色は大昔の祖先に別の国の血を引いた人がいたらしくてね、それでこの色が混ざってるんだって。

だから私はこの国の人間にしては何かと勢いがある性格らしいよ。

代々旅の商人なんて仕事をやっているのも、その血のなせる業なのかもしれないね」


「緑色は青色と同じ、あの国に属する色だよね。

じゃあミア、それはどこの国かわかる?」


「うん、木の国でしょ?」


「そうだね。正解!

私は栗を表す茶色のマローネという名前になったけど、瞳の色を選んだらヘーゼルって名前にしたかもしれないと父が言っていたよ。私はどちらの血も受け継いでいて影響を受けているから、ヘーゼルでも良かったけどね。

茶も緑もどちらも気に入っているけど、血として濃いのは土の国の方だし、きっとこの国の加護を受けやすい様に親は名前を選んだのかもしれないね。

この国の色は土を表すのは黄色や橙の様な色、そして茶色の様な色合いで、物事の安定を表す色だからね」


ミアは話を聞きながらマローネを見ていると、彼女の髪が今まで見たことのないかんざしでまとめられていることに気が付きました。

それは植物の蔦が絡まった様なすこしうねりのあるゴールドのデザインで、マラカイトの石がはめ込まれているかんざしで、その流れるようなデザインと深みのある緑色は彼女のヘーゼルの瞳に良く似合っていました。

それを見たミアは、マローネがこの国の土のエネルギーである茶色を大事に思いながらも、先祖から受け継ぐ緑色のエネルギーをも愛していることを感じたのでした。

きっとこのかんざしもミアのアミュレットを買った催し物の場所で一緒に買ったのでしょう。

なにしろ彼女は美しい物、綺麗な物には目が無い女性でしたから。


「ミア、どこに行っても、土の国の出身であることを忘れずに、心も体も穏やかにバランスを取ることを心がけて過ごしてね。

そうすることできっと他の国に行っても、上手く旅をすることができると思うから。

ミアは土の国の生まれの割には安定より冒険を好むみたいだから、ご先祖に私と同じように他の国の人がいたのかもしれないね。

この世界ではそう言ったことは珍しいらしいけど」


マローネはミアの旅立ちが近いことが分かっていたようでした。

ミアはマローネの優しさに感謝しながら、もしかしたらしばらくは一緒に食べられないかもしれないデザートを二人で笑い合いながら美味しく食べたのでした。

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