廃墟の秘密2



 今回の私の冒険は失敗に終わった。

 

 夏樹さんの事を「あの子」と呼んだ管理人さん。そして瞳の色に、資料の作成者の名前。私の考えすぎなのかもしれないけれど、それにしたら随分と偶然が重なるものだ。ひょっとしたら夏樹さんは管理人さん達の娘さんで、だからこそ、二人は地図を渡してしまったのではないか。


 安楽椅子に座り、頓挫してしまった連休の計画を練り直す。窓の外で、日が暮れかけていた。引っかかっていたのは〝巳〟周辺の詳細な地図の存在だ。長く滞在すれば身体に悪影響が出るという場所だけれど、それならばなぜその地図を作ることが出来たのか。


 短時間であればさほど影響は無い?

 それとも、もう崩壊の危険自体が〝卯・辰〟に無いのか。


 リスクが少ないならば管理人さん達がそろって〝卯・辰〟に現れた事も納得ができる。

「〝巳〟は、そんなに遠くない。でも……」


 鳥居の迷路のような地帯を上手く抜けられれば多分1時間もしないで着ける場所だ。管理人の奥さんは、教会に何も無かったと言っていたけれど、自分の目で確認したい気持ちは未だにあった。


「……」


 テーブルの上に置いた古いカードが照明を浴びて光っている。外国へのゲートを抜ける為のもの。じわりと手に汗が滲んだ。管理人さんの部屋でファイルを見ていた時に見つけてしまった。

 外国の会社に夏樹さんは通勤していた──。

 管理人さん達は、外国の公務員だった。

 祖父は、外国を選ばず、八番街で暮していた。


 ほんの少しの好奇心が首を擡げた。


 私が通っている学校は、外国のほんの端っこにある。ほとんど内国と言っていい。図書館から見た、鏡のように光るビル群があるのはもっと奥地だ。八番街とは対をなす、無機質な印象の場所。

 「それ」を決めた人達がいて、インフラの中枢であって、この土地に残った人類の叡智の残る場所。本当ならば外国こそ、内国と呼ばれてしかるべき場所であるのだと思う。

 きっと行ってなにが変わるわけでもない。けれど、変わらなかったとしても、何かを知ることはできる気がした。


 決行するなら、今夜か、明日の夜か。

 線路沿いに歩いて行けば、いずれは着くだろう。大学の最寄から一駅先にそのゲートはある。真っ暗な中を散策するのは少し怖いけれど、昼間は流石に二人の目があるから派手な行動は起こせない。


 管理人さんの奥さんに、別れる間際に何故他人の為に危険を冒すのかと問われた。身体に影響があるかもしれない場所に行くのは、しかも夜に動くのは、確かに危険なことだ。

 でも、私にとって夏樹さんは友達で、そしてある意味で家族のようなものだった。一度失くしてしまったものをむざむざまた失くすくらいなら、一生に一度くらい無茶をしても良いのではないだろうか。


「なんて遠回り」


 ため息交じりに背もたれに体重をかけると、安楽椅子が鳴いた。

 祖父であれば、こんな風に乱暴に漕いだりしないに違いない。


 祖父は、何故私達と暮らさなかったのだろう。元々暮らしていた家を捨てて、八番街を自身の最後の住処と決めたのは、どんな理由があったのだろう。私が祖父の立場だったら?


「私なら、迷惑を掛けたくない、本に囲まれ好きに暮らしていたい……」


 その位の理由しか思いつかない。

 外国はここよりももっと先進的な筈だから、選ばなかった理由にはならない気がした。


「お金がかかる?」


 通貨は存在する。

 でも、祖父の元にも両親が「それ」を選んだ為に入ったお金があったはずだ。祖父が亡くなって私の元にやってきたのだから、それは確かな事実だ。

 私の両親が「それ」に手を伸ばした時に、祖父はどう思ったのかは分からない。悲しかったのかもしれないし、呆れ果てたのかもわからない。私が本で隠してしまいたかったように、無かったことにしたかったのかもしれない。


 祖父は記憶にある限り、私達の家に来たことはない。「それ」が行われた後も結局一度も無かった。本に囲まれた場所で外界の刺激を遮断して自分の城の中で暮した祖父。本で両親の部屋を隠した私。

 ある意味、逃避なのだ。

 立ち向かっても良いことがないのであれば、逃げるが勝ち。これまでそうやって生きてきた。


 でも、今回は違う。「それ」を行う可能性の高い人を引き留めたいのであれば、逃避していても解決にはならない。



 隣にある、空の安楽椅子を見る。以前夢で見たようなコードや機械など付いていない、普通の椅子だ。祖父が私にと買ってくれた、お気に入り。ブランコみたいに漕いでいたら、頭を撫でて「十羽は元気だなぁ」とそれは嬉しそうな顔を見せてくれたっけ。


 祖父はもういない。悲しいかと問われれば悲しい。でも、両親がいなくなると知った時よりは悲しくなかった。ここにある本の山が祖父の代わりにいてくれたから。


「家族か。家族、ね」


 きっと家族の数だけ、想いはある。

 庭に花を植えていた母。新聞を読んでいた父。二人の記憶は少しずつ褪せていく。どんなに家を掃除しても古びてしまうのを止められないように、「それ」以前の記憶は、段々とすり減って、やがて消えてしまうのかもしれない。 


 私は手帳を開いた。鳥居だらけの地帯と〝卯・辰〟の間の公園。新たに〝卯〟の内部について加筆されたメモ。やはりいずれは〝巳〟の傍にあるという教会に行かねばならない。

 ポケットに入れっぱなしにしていた金属片を取り出して灯りに翳した。H型の内側に引っ掻いたような跡があるのを見つけた。何かを嵌めようとしたようにも見える跡だ。この金属片は端切れのようなもので、実はもっと大きなものの一部だったのかもしれない。

 都市開発という大きなものを相手にする仕事についていた彼女。何か大きなものを作っていた可能性はある。

 工房が見つかれば、これの正体も分かるだろう。

 夏樹さんが大事にしていたものが分かれば──分かるのか?


 正体が分かったとして、夏樹さんの気持ちは理解できるのか?



「多分、無理だ」


 

 レミング達がレミング達になってしまった理由。世間に蔓延る諦観の理由を私は知らないから。その答えは外国にあるのではないか。

 なら、見てやりたい。

 考え無しに進んでいる方が楽だと知っているけれど、世界の一端を知るチャンスだった。 


 咄嗟に持ってきてしまったゲートキー。

 本当なら、明日にも返さなければならない。迎えに来てくれ、家にまで上げてくれた管理人さんを裏切るような行為に胃が重たくなる。

 それでも、知らなければいけないような気がした。




 決断は早い方が良い。窓の外で〝寅〟が段々と闇に沈んで行くのが見えた。心は決まった。深夜0時を回ったら出かけよう。

 まずは、外国へ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カラっぽ砦の蝶 @nekoken222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ