恐怖のおもてなし
秋月流弥
恐怖のおもてなし
休日、無性にラーメンが食べたくなった
「醤油にするか、それとも味噌にするか」
気分はすっかりラーメン。
頭の中ではいつも店内でかかっている謎のBGMが流れる。ラーメンの口になっていた。
驚いたことに、中華料理店に着いたものの、駐車場は県外ナンバーの車で埋め尽くされていた。
「そういえば、昨日テレビでこの店紹介してたっけ」
ついてないな。
麺麺亭は昨夜のテレビで特集されたため、地元と県外の客で溢れかえっていて満席状態だった。店の外で座り込んで待っている客も見える。
「これは短くても一時間待ちか……」
和也は車を店からUターンした。
飯に長時間も費やしたくない。
なかには並ぶのが好きという酔狂な人種もいるが、和也は違う。空いてる方がいいに決まってる。
「お、ここなんかガラガラだぞ」
麺麺亭の近くに見覚えのないレストランらしき建物があった。
この間ここへ来た時はなかった気がする。新しくオープンした店だろうか。
しかし、レストランの駐車場には車が全く入っていない。
一台だけワゴン車が隅に置いてあったが、位地からして従業員の車だろう。
麺麺亭は満員御礼だというのに、このレストランは閑古鳥が鳴いている。
「なんというか、不気味な外観だな」
店の周りを大きな木が何本も鬱蒼と囲んでいて、外の壁に蔦が何重にも這っている。レストランにしてはあまり入りたくない外観だ。
「まぁいいや、空いてるし。ここにしよう」
それよりも自分は空腹だった。もはや和也には空いている店が何より魅力的に映ってしまった。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると人を何人か葬っていそうな顔つきの従業員が出てきた。
「あ、どうも」
思わず怯む和也。
デカイな。こんなのに殴られたら一発であの世行きだな、などとレストランで物騒なことを考えてしまう。
「何名様でしょうか」
「一人です」
どう見ても一人しかいないのに何で人数を確認するんだ。
和也は後ろを振り返る。誰もいない。何故だ。何故人数を確認したんだ。
店員の強面と別の恐怖が和也を支配する。
「こちらへどうぞ」
通された席は五、六人が座れるソファー席だった。
(いるのか!? やっぱり俺の周りに誰かいる!?)
例えば幽霊の団体様とか……
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
つまんない用で呼び出したら絞めるからな、という幻聴まで聞こえてきた。
ソファー席の端で縮こまりながらメニューを開く。
「こ、これは……!」
値段が書かれていない。
和也に新たな恐怖が襲いかかってくる。
「どうしよう。俺三千円しか持ってないよ……かといって何も頼まずに出てったら殺されそうだし」
「……どうぞ」
「ひゃっ」
コト、とグラスが置かれた。この水も料金がとられるのだろうか。
「ご注文決まりましたら申し付けください」
店員が厨房の奥へ消えていく。
早く決めろよこの野郎、と軽めに脅された気がして焦りと恐怖でメニューを持つ手が震えだす。
「とととにかく一番安そうなもの……」
しかし、メニューの名前がやたらと長くヘンテコなものが多くて一体何の料理で何の素材が使われているか全くわからない。あとドリンクの種類が無駄に多い気がする。
「どうぞ」
「へあっ!?」
いつの間にか店員がいて、新たに水の入ったグラスを渡された。
何故新たにグラスを置く。
(いるのか!? やっぱり自分以外に誰かいるのか!?)
緊張で水が進む和也にワンコそばのようにグラスを渡してく店員。
七つ目のグラスを空にしたところで我に返る。
この水は料金に含まれるのか。まさか追加料金にされてないだろうか。
「ご注文が決まりましたら」
「あ、あの! このお水は有料なんですかね?」
店員の言葉を遮って聞いてしまった。
しまった殺される!
しかし、和也の質問に強面だった店員からは間抜けな声が飛び出した。
「えっ。お水ってお金とるんですか?」
「え?」
「すみません。自分店を経営するの初めてなもんで、そういうのよくわからなくて」
「そ、そうなんですか」
「お客様のグラスが空になってたからおかわりを出さなきゃと思った所存です」
「普通おかわりは空いたグラスに注ぐんですよ! 洗い物大変なことになっちゃいますよ!」
「あ、そうなんですか」
「ちなみに僕をソファー席に通したのは」
「ゆったり落ち着ける席の方がいいと思って。生憎誰もお客様がいないですし、ははは」
「あはは……いや反応に困る」
よかった。霊的なものが憑いてるわけではなかった。
「すみません、この日替わりランチ的なもの何円ですか。値段が書いてなくて」
「本当だ、メニューの写真で値段載せるスペース取りすぎちゃって。八百円です」
写真の量の割りに安い。やっていけるのかこの店。とりあえず懐の心配はしなくて済みそうだ。
「じゃあそれで」
「かしこまりました……あ」
「どうしました?」
「レストラン開店以来初めての日替わりランチだから何出していいかわからないんです。日替わり初日だし、何をお出ししよう。いきなりトンカツはもたれるか。初日でパスタもちょっと違う気もするし……」
ブツブツ呟く店員はまるで呪詛を吐いているようで怖い。怖いうえに面倒くさい。
「あの、じゃあこのカレーみたいなのでお願いします。ちなみにおいくら?」
「
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
店員は厨房へ早足で消えていった。
(もしかしてあの人一人で切り盛りしてるのかな)
だとするとあの人が店長だな。従業員を雇うほど忙しくはないだろうが大変だな、と和也は思った。
「ていうか、腸カレーってなに?」
「お待たせしました」
腸カレーがテーブルに到着した。
「味は普通にうまい」
「ありがとうございます」
まだいた店長にカレーを吹き出す。普通にとかいらんことを言ってしまった。
「こ、このお肉美味しいですね。腸でしたっけ。どこらへんですかね」
苦し紛れに変な質問をしてしまった。
「ここですよ、ここ」
自分の腹を叩く店長。何故ジェスチャーを使う。普通に言葉で答えればいいのに。
カレー完食。
余裕が出てきたところで店内を見渡す。
「……にしても変わったレストランだよな」
照明は薄暗いし、店内で流れる音楽もどことなく陰気。変な観葉植物や不気味なオブジェが並んでいる。
しかし、慣れてしまえば味のある感じで嫌いではない。
「店長はあんな顔だけど喋ってみたらいい人そうだし、外観と雰囲気で損してるな」
第一印象って大事だなと思ってしまう。
「まいどありがとうございます」
レジの前で店長が立っていた。
お会計をしよう財布から札を出そうとすると腹に痛みが走った。
「……う、腹が」
「え、大丈夫ですか!? どうしよう、初めてのお客様に初回特典のように食中毒を出すなんて!」
「いやたぶん水の飲み過ぎだと……」
ていうか初めての客だったんかい。
「と、トイレ借りてもいいですか」
「もちろん! どっさり出していってください」
***
店内奥の長い廊下を歩く。薄暗い店内よりさらに暗い。
「いててて……」
腹をさすりながら男子トイレの個室のドアノブを捻る。
しかし扉は開かなかった。
よく見るとドアノブの色が赤くなっていた。誰か入っている。
「すみません! 後で来ます」
そそくさと廊下へ戻る。
「参ったなぁ。どのくらい待つんだろう」
お腹の痛みと戦いながら和也は長く暗い廊下を行ったり来たり。
往復した回数が二桁になるくらいで和也はさっき起きた出来事がおかしいことに気づいた。
「お店に客なんていなかったよな?」
お会計の時、店長は和也が初めての来客者だと言っていた。他に客なんていないはずだ。
自分の顔から血の気が引いたと同時にレジへ駆け出していた。
「あの……! ト、トイレに誰かいるんですけどっ」
肩を上下させながら店長に訴える。
「ええ? お客様以外のお客様なんていないですよ。何かの間違いでは?」
「だって、個室のドアノブが赤色で、鍵がかかってて!」
「ああ、あれ掃除用具入れですよ。手前にあるから間違えやすいですよね。個室はトイレの一番奥です」
「まったく、ややこしいな」
言われた通り一番奥には個室があった。
用をたし、手を洗う。
後ろを見ると掃除用具入れのドアノブは相変わらず赤色だった。
「はー、すっきりした」
嘘だ。全然すっきりしていない。
だって普通掃除用具入れにドアノブ機能なんてない。あれは絶対誰か入ってる。しかも返事を返せないほどずっと前から。
和也は一刻も早くこのレストランから出たかった。
***
「三百円のお返しです。宜しければポイントカードをどうぞ」
「どうも」
もう二度と来ることはないだろうが社交辞令として貰っておく。
「千円で一ポイントですが初めてのお客様なのでおまけで一ポイントつけときますね」
ポイントが付いてしまった。
「どうも……」
「十ポイントで粗品プレゼントです」
早々に車に乗り秒でエンジンを蒸かす。
とにかく早く家に帰りたい。
「お待ちくださいお客様!」
アクセルを踏もうとすると店長が飛び出てきた。しかも片手には包丁を持っている。
「ぎゃああ人殺しぃぃッ!!」
和也はついに叫んだ。
「お、お客様!? 違います! 初めてのお客様なんでね、サービスにデザートをお持ちしようと思って」
「なんでデザートに包丁持ってるんですか! 赤い汁付いてるし!」
「スイカですよスイカ!」
和也は店内に戻されスイカをかじった。血の色のように赤い色をしたスイカは瑞瑞しくて美味だった。
「サービスでスイカ分の二ポイント付けときますね」
「スイカ二千円もするんですか!?」
「サービスなのでお気になさらず」
「いや、そういう意味では……もういいや」
もう嫌だこのレストラン。
今日の出来事は一生忘れることはないだろう。和也はそう思った。
***
納期の関係でしばらく仕事が忙しく外食に行けなかった和也は四ヶ月ぶりに麺麺亭に来店した。
テレビの取材で盛り上がった頃ほどではないが、店内は大勢の客で賑わっている。
麺麺亭の窓から近くにあったレストランの方を見る。そこにはレストランの建物はなく、鬱蒼と繁る木しかなかった。
「あの店潰れたんだ」
たぶん最初で最後の客になっちゃったな。
しんみりと水滴のつくグラスを傾ける。
「ご注文決まりましたら申し付けください」
「え」
水を一杯飲みきると、隣にグラスを置かれた。次々と増えるグラスに和也ははっとした。
顔を上げると、見覚えのある後ろ姿が遠ざかっていった。
「世知辛いなぁ」
和也は置かれたグラスの水を一気に飲み干した。
恐怖のおもてなし 秋月流弥 @akidukiryuya
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