17 僕なりのやりがいの話

「本日はお悔やみ申し上げます。本日ご納棺を担当させていただきます――」


「あ、待って。『本日』は言わないようにね。細かいところなんだけど……。

 まるで『昨日』も『明日』もお葬式があるような印象になっちゃうの分かるかな? お葬式があるって事は身内に不幸があったって事だから」


「は、はい!」


 僕は緊張気味の新人を安心させるように笑いかけた。


 研修期間に入って間もない新人納棺師だ。


 残暑厳しいこの時期に新しい人が入社してくれた事は有難い。


 不謹慎な事を暴露してしまうと納棺師は季節の変わり目が忙しいのだ。






 納棺師は難しいし、厳しい。


 見かけによらず重労働で、大きな浴槽を一人で運ばなければならない。


 知識と技術をどれほど詰めこんでも毎回自分の実力不足を恨む。


 ご遺体に触れ、多く悲しみに触れるから自分の心のバランスを取らないと病んでしまう。


 礼儀作法に容赦がない。

 歩き方、立ち上がり方、言葉遣いに至るまで気を配らなくてはならない。


 それでも、最期のお別れをお手伝いする仕事には代えがたいやりがいがあると僕は思う。


「覚える事多いけど、頑張ろうね」


 僕が励ますと、新人の女性はやっと笑顔になった。


「取り敢えず休憩にして、昼ご飯食べよう」


「あ、はい」


 油照りのアスファルトから立ち昇る熱が事務所の窓硝子を叩く。


 午後からご納棺の業務が二件。

 気を引き締めなければならない。


 空腹のままで良い仕事ができるわけがない、と自分に発破をかける。


 僕は極暑に張り合うように、熱々の牛丼を口一杯に掻きこんだ。




〈終〉





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納棺師 @kazura1441

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