第2話 選出、ゲームマスター
彼女は、はっとして「いや……」と顔を逸らす。
……クラスのみんなは知らないか……、彼女とはちょっとした交流があって、だからこそ思わず声を上げてしまったのだろう。
ギャルと勉強バカの俺の関係性は隠してきたことだ……と言っても、別に恋人ってわけじゃない。小学校も別で――幼稚園は一緒だったけどな。
親同士の交流で、顔を合わせることが多かった……、だからギャルになる前の彼女を知っている。
お互いに、深いところのプライベートな部分を知っているだけの関係だ……、だから犠牲者になるという俺の声に反応して声を上げたのは、仕方ないことだろう。
きっと彼女なら、俺でなくとも犠牲者になると認めた段階で、声を上げたはずだけどね。
「……本当に、これでいいの……?」
「いいって。別に化けて出たりしないからさ……。それに、犠牲者になった俺が死ぬとも限らないわけだし……一番乗りで脱出しているかもしれないよ?」
「んなわけないでしょ、バカじゃないの……」
言葉こそ否定しているけど、「そうだよね」と言い聞かせているような表情だった。
そんなわけないのに。
「決まりだな」
と、不良生徒。
冷たいと思われることを承知で、仕切っている。誰かが言わないと、この空気は動かない。
そして、俺に『自分でいけ』と言うほど、彼も鬼ではなかった。
断頭台へ向かう足は、重く、固いのだ……。
誰かが引くか、押すかしなければ、俺の足は動いてくれないと思う……。
「第一の犠牲者は、お前だ、浦川」
「うん……」
「仕方ねえよな、お前はこれまでなにもしてこなかったんだ……、こういう時に他人から庇われるような功績を残しておくべきだったんだ……。
そして、強さを持っておくべきだった。それを怠ったお前の自業自得だぜ、バカが」
「うん……その通りだ」
「お前の勉強バカの頭、必要かもしれなかったのによぉ……」
「代わりなんていくらでもいるさ。……委員長、勉強できるし」
「でも、あいつは偽善じゃんか」
聞こえる声で言うな。
デリカシーがないな……、他人を攻撃することでしか意見を言えないのかよ。
「浦川……お前、下の名前は」
「え、知らな――そっか、そりゃ知らないか」
「ああ、知らねえ。だから教えろ」
いいけど……でも、彼に言うのはなんだか……、言いづらいなあ。
「…………
「大将か。覚えておく。
まあ、戦果は、歩兵みたいなもんだけどな」
うるせえ。
「だが。
全員の士気を上げたという意味じゃ、大将らしい功績だぜ」
それから、扉が開いた。
開かなかったはずの扉が開き、現れたのは警官服を着た、黒い…………人間か?
黒いとは言ったが、褐色なんてものじゃない。影、闇? そういう黒さである。
底が見えない穴を覗いているような闇が警官服を着ていて――そいつが拳銃を取り出した。
ラジオが喋った。
『不要な生徒が決まったね? では、彼を射殺するとしよう』
「待、」
委員長の声が遮られ、銃声が響き渡る。
弾丸が、俺の額にめり込ん、
―――
――
―
「浦川大将……覚えておく。オレたちの恩人の名前だ――」
『ファーストステージクリアです。
それでは皆様、これよりセカンドステージへ移行しますので――校庭へ移動をしてください』
―
――
―――
「浦川さーん、大将さーん……起きてくださいよー」
ぺちぺち、と痛くもない強さで頬を叩かれ、不愉快な起床だった。
目を開けると早速、不快な液体が目の中に入ってきて、再び目を瞑る。
指で拭ってから、しばらくは目が開けられなかったが……、遅れて渡されたタオルで拭いて、なんとか目を開けることができるようになった。
「……血だ」
「偽物ですけどね。額にめり込んだ弾丸なんて嘘ですから。実際は額にぶつかった段階で弾けて、中の赤い液体が散っただけです。
頭部に抜けた衝撃で浦川さんは気絶していただけで、もちろん、死んではいません。ですからここは天国でも地獄でもなく――、どこかのスイートルームですよ」
「天国でも、地獄でもない……じゃああんたはなに? 天使の輪っかと翼があって、手には大きな鎌が握られてある……、どっちでもないと言うか、どっちもじゃない?」
しかも背中の翼は黒と白、両方あるし……。
「天国も地獄もありませんよ。死んだ人間は同じ場所へいくんです。生前のおこないなんて関係なく、死後の扱われ方なんてみな一緒ですからね。
だから生前、善人でいる必要なんかありません。無理して、ですけどね……。したいならすればいいですが」
きわどい水着姿の、高校生? もしくは同い年くらいか……な女の子だった。
真っ白な髪のおかげで天使色が強いけど、でもだからこそ、細部にあてられた黒がより目立つ……。死神色が強いとも言える。
たぶんきっと、彼女はどっちでもあるのだろう……、天使的な振る舞いをすることもあれば、同じくらい死神のような振る舞いをすることもあり……、
俺たちを拉致、監禁した『誰か』はきっと、この子だ――。
「天使であり、死神であり――『
「お、いいですねそれ、いただきです」
「え、違うのかよ……」
じゃあ本当の名前はなんだったんだ……?
「一応、キリンと言います。首を長くして待っていたので」
「それ、いま思いついたんじゃないの?」
にや、と笑われたのでたぶんそうなのだ。
元より、俺に名前を教えるつもりはないようだった。
「……生きてるな……」
額を何度も触る。
指先で撃たれたところを擦るけど、違和感も、指先から分かる凹みなどもなかった。
傷口さえなさそうだ……。
「だから言ったじゃないですか。第一犠牲者であるあなたは、殺されたフリをして、ここに連れてこられたのですから……。浦川さんにはやってもらいたいことがあるんです」
「そこまでは言われてないけどな……やってもらいたいこと?」
「はい」
第一犠牲者になった者を引き入れる予定だったらしい……、最初から、『不要な生徒』として選出された者であれば誰でも良かった……俺でなくとも。
「不要な生徒、として、ほとんど強制的に退場させられたのですから……、ショックでしたよね? 嫌でしたよね?
だってあなたはみんなに、崖の下へ突き落とされたようなものですから」
「まあ、言い方はちょっと強いけどさ……間違ってはいないけど」
「復讐、したくありませんか?」
……なるほど、だからこそ、あのファーストステージか。
強い復讐心を持った者を引き入れる……、
なぜなら復讐の力がより輝く役目が、この後に待っているのだから。
「【デス(ゲーム)マスター】を、あなたにお願いしたいのです。セカンド、サードステージ……、もっと増やしてもいいですけどね。
あなたを崖の下へ突き落とした、かつての友人を、手の平の上で弄びたくないですか? ……好き放題にできますよ、グロもエロも、許容範囲内です!」
「グロ、エロも……」
「はい!」
「エロも?」
「はい! ……答えましたよ?」
ゲームマスター……、安全地帯から箱の中を見下ろし、苦しむ参加者を観察することができる。俺の提案でルールを変えることも、参加者を操作することもできる……。
確かにこれは、復讐者にとってはこれ以上ない道具である――そしておもちゃ箱だ。
なんでもできる。
ゲームを作ったゲームマスターなら、なんでも――。
「分かった、やるよ」
「ありがとうございます!!」
「ただし、あんたらが思い描く通りにはならないだろうさ」
「?」
「デスゲームとしての最低限の体裁は整えるが……、俺が求めるのは『全員が無事にクリアし、脱出する』ことだ。
あんたらが用意した舞台で、あんたらの期待通りに動くことはしない。仮に俺が復讐に燃えていたとしても、用意された箱の中で復讐をしたって、俺の気は晴れないんだよ――」
「ええ、構いませんよ……ただ――」
ただ?
「ゲームマスターとしてのあなたの振る舞いも評価対象なので。ゲームマスターとして及第点に達していなければ、あなたも最終的に殺されますけど……気を付けてくださいね」
「…………え」
「せっかく助かった命なんですから、無駄に捨てるのは勿体ないです……ね?」
安全地帯?
バカを言うな――ここが最も危険で、胃が痛い現場だった……!
―― おわり? ――
第一犠牲者【兼】デス(ゲーム)マスター 渡貫とゐち @josho
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