第二話 皆さん、興奮が収まりそうにありません!

 富士山。

 それは言わずとしれた日本最高峰、標高3776メートルの活火山。世界文化遺産にも登録されるほど、その優美な風貌は海外でも日本の象徴として広く知られている。

 日本には富士山の美しい姿が見られると言われる「富士見」と名の付く地名が、北海道から九州まで300件以上あるらしい。(いや、流石に九州や四国から富士山を望むのは無理あるだろ……。北斎も驚くレベル。)

 その中の一つがこの東京都豊島区にある富士見坂だ。


 三郷は江見に連れられて、「冴えカノ」の聖地巡礼を楽しんでいた。

「さっきも見かけましたけど、結構人通りが激しい気がするね」

「都内の住宅地ってのもあるでしょうけど、冴えカノの他にも何個か作品の舞台になってるってものあると思うわ」

「確かに! この富士見坂、『仮面ライダーW』で見たことあるよ!」

 風都探偵が記憶に新しい。特撮の血が騒ぐな。ここが風の街、風都か。

「仮面ライダーはあまり詳しくないけれど……。有名所でいうとのぞき坂は『天気の子』。この富士見坂は『時をかける少女』かしらね」

 江見さんは特撮にはあまり知見がないらしい。

「冴えカノでは、この富士見坂の上に英梨々の自宅の豪邸があって、自転車で駆け下りたりしてたわね。まあ、実際の豪邸のモデルは『旧古河邸』という名の美術館が北区にあるわ」

「坂の上に英梨々の家があるってことは、まさか坂の途中に……」

「そう、この坂の途中に倫也の自宅のモデルがある! といいたいところだけれど、実は無いのよ。確かに倫也の自宅はこの近辺だという設定だけれど、あそこまで土地の広い家は実際には無い。実在しない」

「えぇ、そうなんだね……」

 でも、江見さん曰く、坂を下った先に特別な場所があるらしい。にしても、またしても斜面が急な坂だな。さっきも思ったけど、ここまで角度があると登り下りするだけで相当息が上がる。

 ちらと江見さんの顔を覗くと、少し疲れている様子。だよね。だが、顔色が良いのは聖地を巡って興奮しているのだろう。わかる。


 下った先は三叉路になっていた。目にした瞬間、思い出す。劇場版で一番盛り上がるシーンで登場する場所だ。

 クライマックスシーンここで、倫也が恵に再開し、精一杯の告白をする。そして、キスシーン。裏で流れている劇中歌の流れるタイミングも絶妙で歌詞も素晴らしい。何度泣かされたことか。

 現在の時間帯もシーンとピッタリで、少し薄暗く夕暮れも終わりを迎える。目の前の朱色の住居も赤く増して、とても映える写真になること間違いなし。

 私は劇中での様子を振り返り、類似点を探しながら物思いに耽り、江見さんは写真を撮るのに夢中になっていた。

「ここ、好きなのよね……」

「そうだね。いつまでもいれる感じがするね」


 黄昏時の三叉路を堪能した後、二人で坂下したから上を見上げる詩羽先輩と英梨々の真似事をして、来た道を戻ることになった。

 作中にも登場する「都電早稲田駅」から、電車に乗り、「面影橋」、「学習院下」を通り越し、豊ヶ崎学園の学生になった気分で窓の外を眺めていた。揺れに体を任せながら、オープニング映像で流れる踏切の場所などの知識も江見さんから授かっていると「大塚駅前」に到着し、今回は解散となった。

「じゃあ、また学校で」

「ばいばーい」


 *


 部員が4人以上いれば部を設立し直せると江見さんはいっていた。ということならば、一人は候補が出ている。

「それが、私ってわけかー?」

「そうそう」

 私は昼休みに弁当を食べながら、幼馴染の瑞穂に昨日の部活の話をしていた。

「だからー、私あんまアニメとか詳しくないっていってるじゃんかよ!」

「そこをなんとか! チヨちゃんが頼りなの。このままじゃ廃部になっちゃう……」

「大丈夫だって! 部活で友達作れなくてもクラスで.....そうか、自己紹介で失敗してから、ほとんどクラスのやつとも話さなかったから絶賛ぼっちか……」

「そうなんだよ……。だから親友よ。私を助けておくれ.……」

「えええーー」

 ここでチヨちゃんを逃してはいけないのだ。昨日江見さんに「私に心当たりがあるの! 絶対入部してくれそうな人!」といってしまった手前どうにかしてチヨちゃんを部室に行かせなくては。

「あっ、そうだ。部室いったら写真だらけでめっちゃ驚いた。江見さんもカメラ詳しそうだったし、ほぼ写真部じゃんって……」

「それほんと!?」

 チヨちゃんはカメラの話をした瞬間、急に身を乗り出して目を輝かせる。よし、きたぞ。

「いやー、私もな? 写真部の部活見学行ってきたんだけどな? なんか皆そこまでやる気はないみたいなんだよね。ノリで写真を撮るお遊びサークル的な? あるのは部費で買ったカメラ一台だけ」

「なるほど、そっちはそっちでそんなことがあったのか」

「だからまあ……、タマがそこまでいうならそちらの部に顔を出してみても構わなくもないぞ?」

 チヨちゃんは溢れる興奮を抑えながら問うてくる。

「やったー! じゃあ、放課後一緒に部室に行こう!」


 放課後、私はチヨちゃんを連れてウキウキで部室の扉を開ける。

 ガラガラガラ。

「江見さーん! 新入部員連れてきましたー!」

「おい、タマ! 私はまだ一言も入るとはいってな.....」

 どうしてこうも江見さんは座っているだけで画になるのだろうか。窓際のイスで座りながら本を読む姿は、まるで世界が終わっても彼女はそこで何かを待ち続けているかのようだった。チヨちゃんもそれに気づいたのか彼女に見惚れ、私をツッコムのを止めた。まあ、多分これでも私と同じくらいのオタクなのだけど。

「あら、こんにちは」

 耳に髪をかけながら挨拶をする江見さん。

「こ、こんにちは。タマの友達の千代田瑞穂っていいます。よろしくお願いします……」

 お、おい、何でこんな美人さんが漫研のオタクでカメラ好きなんだって顔してるねチヨちゃん。私も分からない。

「佐倉江見っていいナス。こちらこそよろしくナス。同学年だしタメ語でいいナスよ」

「……ん?」

「……え?」

 しばらく部室内は沈黙が続いた。江見さん噛んだのか? 嚙んだんだよな。いや、そうであってほしい。

「……あれ? この本によるとこれでひと笑いとれて掴みは抜群って書いてあるのに。おかしいわね……」

 おかしいのは江見さんですよ! とは言えず、苦笑いしかできない私。

「そりゃ、悪手だろー江見さん。初対面で笑いをとるにはそれではなかなか厳しいっす」

 流石私の幼馴染。こうゆう時の切り返しは頼りになる。

「もしかして、江見さんって天然……?」

 チヨちゃんのおかげで私も話を出せる。

「そんなことないわ! 多分きっとこの本のせい。この本を貸してきたアイツのせいなのよ……」

 そんな本を借りてくる江見さんも江見さんだよなあ……。ってか、もっと頭良さそうな文庫本読んでるかと思ったらなんだよこの本! 「120%人生が上手くいくコツ①~読んだら貴方有名人に!~」?胡散臭え……。①ってまだ続くの? 絶対初版で絶版だろ。

「えっと、話をがそれたけど、私タマから紹介されて、なんかここは写真部みたいに写真をめっちゃ撮れるって聞いて……」

「そうね、結構撮影するわね。うちの高校の写真部ってあまり活動してないって噂だものね。だからここにきたんでしょ? 」

「そうなんだよなあ。ちなみに何を撮影してどこまで本格的なんだ?」

「主に、うちはマンガやアニメ、映画などの作品の舞台となった聖地に行ってカメラで撮影を楽しむ感じかしらね。部の名前も変わるみたいだし」

 話の終わりに話題を私に振ってきた江見さん。チヨちゃんは驚いたかと思うと、今度は私を訝しむ。

「聖地研究部のことね。なんか漫研廃部予定なら、新しく設立し直す時に名前も変えていいんじゃないかなぁって思っただけで……。だってホントに前から聖地巡礼してるみたいだったしね……?」

 昨日片づけた写真の山はどうしたの? と私は江見さんを促す。すると、江見さんは壁際の箱の中から取り外した写真たちは机に広げて見せてくれた。

「おおおー!」

 チヨちゃんは感嘆の声を上げる。

「これ全部、その聖地の写真なんだけど、千代田さんはなんか好きな作品ってあったりする?」

「うーんと、タマからはよくマンガとかアニメを薦められるけど、それほど詳しくないからなー……」

 チヨちゃんはこめかみ辺りを抑えて唸っている。

「あ! 『君の名は。』は見れて良かったなと思ったんだよね~」

「いいじゃん! 『君の名は。』いいわよね」

 私もうんうんと頷く。

「はい、これが『君の名は。』の聖地諏訪湖。糸守湖の元になったのは有名よね」

 ってあるんかーい!知ってたけど。

「ってあるんかーい!写真出すの早すぎでしょ」

 同じツッコミすな。江見さんは一瞬で諏訪湖の写真を見せてきた。

「でも、これは兄の写真なの。あたしも行ってきたけれど、おに……いや、兄の一眼レフには勝てなかったわ……」

「やっぱり、一眼使ってたんだね! どこのメーカー!? 何倍のレンズかな!?」

 なんか急に押しが強くなるチヨちゃん。カメラのことになると凄いな。

「あ、あたしは、兄より詳しくないんだよね……。このコンデジもおに……いや、兄に選んでもらったし……」

 さっきから「おに……」ってなんだ? もしかして江見さん家では「お兄ちゃん♡」とか「おにぃ♡」とかって読んでるの!? やべえ、想像するだけでかわいい。でもなんかチヨちゃんは気づいてないっぽいな。

「わー! コンデジじゃん! コンデジもいいよねー! 持ち運びやすいし、一眼よりはお手頃価格だしな。スマホカメラより少しグレードアップした写真を撮りたい初心者には向いてると思う」

 チヨちゃんのスピードは止まらない。だが、江見さんは何を思ったのか、こんなことを切り出した。

「あたしなんかよりずっと兄のほうがカメラ好きだから、あたしの家来る? 写真ももっと見せられるし」

「行くわ!」

 マジかよー。チヨちゃん興奮のゲージが止まらないよー。アクセルで振り切っちゃうよー。

 まあ、でもいっか。江見さんの家見れそうだし、部屋行きたい。

「今からでもいいわ」

「「行こう!!!」」

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“聖地巡礼”はじめました! 曲がり @magari

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