第一話 “聖地巡礼”はじめました!
終わった。
私の高校生活、ここで終了のお知らせ。
高校からは心機一転、中学のクラスメイトがいないようなところで、さらに漫研がある高校を目指した。
しかし、唐突にその部員らしき人から発せられた言葉からは「廃部」の二文字。
そ、そんな……。あれだけやってこんな結末だなんて……。
「あわあわあわあわあわあわあわあわあわ……」
私はいつの間にか入口の隅のほうで丸くうずくまり、あわあわ言っていた。
「さ、さっきからどうしたのよ急に……。『えええー』とか『あわわわー』とか」
その白く透き通るような肌を持ち、少しあどけなさを残す仕草でこちらを覗き込む彼女。
「い、いえ……。漫研があるって聞いてこの高校に入学したから……。」
「そ、それは気の毒ね……。とりあえず部室だけでも見ていく? 丁度人手がほしかったの」
「わかりました、みていきます……」
それは彼女にとって精一杯の励ましだったのだろうが、それはそれで辛いよう……。
「じゃ、じゃあこの壁に貼られている写真たちを一緒に剝がしてもらえる?」
「この写真……ですか……?」
さっきまで「廃部」という言葉に絶望し、下を向いていて気付かなかったが、部室内をよく見ると壁一面に様々な風景の写真が貼られていた。
綺麗な風景や夜景の写真もあれば、よく分からない建物や場所の写真が疎らにあった。でも、どこか見覚えのあるような……。
「……っていうか、ここ漫研じゃないんですか? なんか写真部っぽくないですか?」
「んーそうね。いってしまうとほぼほぼ写真部ね。元だけど」
ガーーーーーン。脳内で頭にタライが落ちる音がした。
「えええええええええええええええええええええええ」
「なんかデジャヴを感じるわ……」
漫研は廃部で、しかも、その漫研は写真部だったなんて……。人生は非情だ。元々希望なんてなかった。
「落ち着いて? 写真部とはいったけど、しっかり漫研ではあったのよ。ただちょっと普通の漫研と比べて異色だっただけで……。」
「異色とは?」
「それはね……作品の“聖地巡礼”をすることよ!」
彼女は「これもこれも全部マンガやアニメや小説の聖地なのよ」と私に言い聞かせながら指を差す。
「で、今剝がしてもらってるのは私の兄の代の部員の写真。そして、もう卒業しちゃったから今は部員はゼロ。何故か私が今頃になって兄の後始末をさせられてるってわけ」彼女は興奮したかのように息を荒くする。私は思わず、「おおー」と拍手していた。
へえ、これもこれも全部色々な作品の聖地。だからなんとなく見覚えがあったのか! で、この写真たちは先輩のお兄さんの代の写真。そして、今は部員ゼロと。え? ゼロ……?
「部員ゼロって先輩は部員じゃなかったんですか?」
「え? ああ、あたしは部員じゃないし、多分あなたと同じ1年だから先輩ではないわ」
「えつ、あっ、そうだったんですね。勝手に勘違いしてすみませんっ!」
卒業したお兄さんの手伝いをしていただけだったのか。私より大人びてるし、部室に佇んでいたからてっきり最後に残された伝説の部員なのかと思ってしまった。恥ずかしい。
「同学年だし、敬語はいいよ。あっ、そうだ。予定より作業は早く終わりそうだし、済ました後、あなたさえ良かったら、一緒にどう?」
「どうってどこに?」
「聖地巡礼に決まってんじゃん」
*
流れに任せてついてきてしまったが本当に良かったのだろうか。せっかく誘ってもらったが、迷惑でないだろうか。そんなことを苦悩しながら電車に揺られていた。
到着したのは都心「池袋駅」埼玉県民が「週末に出かける場所ナンバー2」(タマ調べ)の池袋だ。だから、もう池袋は埼玉県といっていい。ちなみに一位は大宮駅。
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったわね。あたしの名前は佐倉江見。江見って呼んで?」
「あ、私は児玉三郷です! 児玉でも三郷でもどっちでもどうぞ!」
「じゃあ三郷さん、ここまで来て、どこでなんの聖地巡礼か気になってるでしょう?」
「気になります!」
確かに気になる。
「今日は、『冴えカノ』の聖地巡礼をしようと思うわ」
「『冴えカノ』ってまさかあの!?」
「そう、あの『冴えカノ』。知っているなら良かった」
ふう、胸をなでおろす江見さん。
「まさかこんなところに聖地があるなんて。大好きな作品だから嬉しい」
「あたしも好きな作品の一つなの。だからたまに、ここにくる」
原作は全巻持っているほど好きだ。だからか少し楽しみになってきた。
江見さんに連れていかれながら、ヒロインたちの良さについて話していると、まず着いたのが「ジュンク堂書店本店」
「こっちよ。ここがジュンク堂書店。倫也と詩羽先輩がきてたところね」
池袋駅東口から徒歩5分のところに位置するジュンク堂書店。6本もの公道が交わる交差点の目の前にあり、そのビル一棟ごと書店になっていて、大きく「ジュンク堂書店」と緑色で書かれている。
「ここがあの詩羽先輩が『物語シリーズ』を全巻購入したところですか!」
「よく知ってるわね。あの物語をパロった倫也の独白のシーンが面白かったのを覚えているわ」
二人で作品について話を弾ましていると、江見さんはおもむろにポケットから携帯を取り出した。
「写真、撮らない?」
「撮ります!」
私は勢いよく携帯を取り出し、パシャパシャと写真を撮り始めた。
「聖地にくると、必ず写真を撮りたいという欲求が湧いてくるのよね……。これが写真部になる原因の一つなの」
「なるほどー」
私は写真を撮るのに夢中で生返事のような返ししかできなかった。にしても、このビル高けぇー。画面縦にしても写らないよ。
撮影し終わるまでしっかり待っててくれた江見さんは次へ移動する。
到着した先は広めなオシャレな公園だった。ここも見たことがある。
「ここは『南池袋公園』。なんとなく察してるかもしれないけど、丁度この時計塔が劇場版で恵が倫也に約束をすっぽかされた場所なの」
こちらも池袋駅東口から徒歩5分のところに位置している。2016年にリニューアルオープンしたため、芝生に入り、都会のど真ん中でピクニック気分を味わえたり、パンの美味しいカフェがあるので若者に人気の場所らしい。
「確かに! そのまんまだ! あれは残された恵が可哀そうに見えたよね」
「そうね、でもあたしが初見で映画を見に行ったとき、隣に兄がいたんだけどね? その兄が原作勢で、『倫也がこない』っていうネタバレをシーンの直前でつぶやいて、殺そうかと思ったわ……。あと、ほんの5秒待てば良かったものを……。なんで……!」
江見さんは急に思い出を語り出し、固く握った拳を振り下ろしながら悲痛な声を上げた。
「あはは……。それは、ちょっと辛い出来事だね」
私も直前でネタバレを食らったら悔しい思いをするだろうな。でも、私はだいたい一人で見に行くから、ネタバレを食らう可能性無かったよ!
「あれは、許すまじ。一生、許すまじ」
次に向かったのは「都電雑司ヶ谷駅」。古き良きレトロな風貌の現代では珍しい路面電車の駅舎。こちらは池袋駅東口から徒歩13分なのだそう。「雑司ヶ谷駅」は、近辺ある東京メトロにもあるから注意が必要だ。
「ここは、恵と倫也が恋人繋ぎをしたあのキュンキュンくるところでは!?」
「そうなの! そのキュンキュンくるところよ! 実際に倫也が萌えシーンを描いているからって理由付けから、二人で実践するところがもう、グッとくるわよね.....。」
「めっちゃわかるよ! しかもこの時間にきたのも最高だね。学校終わりの放課後っていう」
「正解だわ」
「次はお待ちかねの『探偵坂』よ!」
「わーい!」
やってきました、探偵坂。「冴えカノ」といえばここといわれるくらいに作中にも度々出てくる有名な坂だ。こちらは駅から20分。
「作品の中では『探偵坂』といわれているけれど、本当は俗称があって「のぞき坂」といわれているの」
都内でも屈指の勾配の22%もあるらしい。22%がどのくらいかというと、名前の通り、覗かないと下が見えないほど急な坂なのだ。
「おおー! 本当に急な坂なんだね。倫也みたく自転車で駆け下りてみたいけど、ちょっと危なそうだね」
危なそうだといいながらも上からの景観は圧巻の景色で、自分が作品の中に吸い込まれたかのように思えて、とても高揚した。
「4月だからもしかしたらって思ったけど、実際、アニメほど桜は植えられてないんだね」
「そうね、でもこの場所で、写真撮りたくない?」
「撮りたくなる!」
「そこで待ってて、あたしが下から撮影してあげるから」
「え、いいの? ありがとう!」
江見さんは駆け足で坂の下まで下ってポースをとっている私を撮ってくれた。
「はい、坂の上に美少女がいる感じで撮れたと思うわ」
自分も下まで行き、画面を見せてもらうと、アニメとしっかり同じ画角で撮影されていて流石だと感心した。
「じゃあ、あたしも……」
江見さんも上まで登り直すのかと思っていたが、何やらバックから取り出している。
「じゃん! どうよ!」
おもむろに取り出されたのは、少し大き目のコンデジと原作Memorial2巻。
冴えカノの原作の1巻の表紙は珍しく、メインヒロインが描かれていない。しかし、その対となるように、Memorial2巻は1巻の英梨々のポーズと同じ恵が描かれている。それをどう使うんだろう……。
「どうしてもスマホじゃ限界があるからね……。そしてこのアイテムを合わせれば……」
江見さんはカメラの設定を調整しながら、左手でレンズのほうに原作本を近づける。カメラの画面は探偵坂の登った先を写している。
カシャカシャカシャカシャ。連続でシャッター音が隣で響く。
「こんな感じで、本の表紙にピントが合って、背景の坂の上は少しぼやかすと、綺麗に撮影ができるのよ」
確かに綺麗だ。かっこいい。まさにそこに恵が存在しているかのように感じられる。
「あたしも昔はスマホ一本で聖地回ってたけど、だんだんスマホカメラじゃ限界を感じちゃって、いつしかコンデジを買っちゃったのよ。うちの兄はやたらとデカい一眼レフとか持ってるけどね」
「デカくて邪魔なのよね……」と文句を垂らす江見さん。でもどこか楽しそうに話す彼女を見ていると、私も他にどんな楽しみが詰まっているのか気になってしまう。始めに感じた一抹の不安はすっかり忘れてしまった。そして高まり続ける高揚感。私は決心し、彼女に問う。
「あ、あの……。また私と“聖地巡礼”してくれますか?」
「もちろん! あたしも楽しかったわ」
江見さんはぼそぼそと次の言葉を声に出す。
「えっと……、実は、部活の件なんだけどね……? 部員が4人以上いれば同好会として部を設立し直せるみないなの……。やってみる?」
答えは決まってた。
「やりましょう! 聖地研究部!」
今考えた突飛な部の名前に私たちは笑っていた。
だが、こんなにも熱く綺麗な夕日の中で、握手を交わすのは初めてかもしれない。
「でも、今日回るところはここで終わりじゃないわよ? 急がないと!」
「えっ、まだ歩くの!? 坂キツイよ~~~~」
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