秘密の日記 side ルイナルド

 父に秘術を使ってもらって戻った


 戻った瞬間、すぐに彼女の姿を確認しに行った。元気そうな彼女が笑っていた。

 リリアーヌが生きてくれているだけで泣きそうになった私は、生きて笑っているリリアーヌを目にできるだけで心が満たされ、一度目のとき以上にリリアーヌとは関わらないようにして生きていた。


――生きてくれているだけでいい。それだけで……。


 リリアーヌが亡くなる原因となった疫病の治療薬は自分が開発した。だからもう大丈夫。


 そう安堵していた私を嘲笑あざわらうかのように、は再びリリアーヌを襲った。


――なぜだ⁉︎ 原因は例の病ではなかったのか⁉︎


 私は再び彼女を失うかもしれない危機に陥った。


――例の病ではないのならなんなのだ⁉︎ 考えろ、考えろ、考えろ……!


 王宮図書館の書物を読み漁った。似たような症例の他の病気でもない。毒でもない。こうしている間にもリリアーヌは苦しんでいる。気がはやるばかりで原因は一向にわからない。

 貪るように文献を読んでいた私は、いつの間にかスヴェロフの王宮図書館の蔵書を残らず読破していた。それでもわからないのなら、国境をまたぐしかない。

 そう考えた私は藁にもすがる思いで隣国フィドヘル王国へ向かった。リリアーヌの近くを離れたくなかったが、背に腹は代えられない。

 そして、私は思わぬところから天啓を得ることになるのだ。


「それ、もしかして呪術じゃない?」


 その考えを授けてくれたのは、フィドヘル王国の国王であるデューイ・フィドヘルだった。

 フィドヘル王国はスヴェロフ王国よりも遥かに魔法への造詣ぞうけいが深く、デューイ自身も大きな魔力の持ち主だった。

 スヴェロフ王国は魔法に関しての知識が乏しいので、そこに考えが至るまでの下地が存在しなかったのだ。


「呪術……。その話、詳しく聞かせてもらっていいか?」

「いいけど、対価はもらうぞ」

「なんでもやる。望みはなんでも叶えるから、どうかリリアーヌを助けてくれ……!」

「その言葉忘れるなよ」


 デューイの助けにより、リリーの命を脅かしている原因は呪術の可能性が高いということがわかった。

 可能性が高いというだけで確証はなかったが、私は急いでジェセニア伯爵家にも情報を伝えた。ジェセニア伯爵家でも力の限りリリアーヌを救おうと頑張ってくれている。


――急げ!


 デューイがいなければ解呪はできない。

 それなのに、国王という職業柄、デューイはおいそれと国を離れることはできない。連れ出すまでに時間がかかりすぎていた。


 私がリリアーヌのもとへと到着したときには、彼女はすでに命を落とす寸前だった。

 彼女の死を受け入れるのは、私には耐えられなかった。


――確か、リリアーヌにも少しだけ王族の血が流れていたはず。頼む……!


 私は祈るような思いで秘術を施した。

 

 術が完成し、発動するまでの間、リリアーヌはずっと泣いていた。視線を辿ると、その先にはリリアーヌの婚約者であるはずの男と……。


――確かあれは、スカーレット公爵家の……。


 女は不敵に笑い、男は虚な瞳で女を見つめていた。

 その時、リリアーヌが流しているこの涙は絶望からくるものだと理解した。


 一度目は死に目に会えなかったから気づかなかった真実だ。その瞬間に馬鹿な自分に腹が立った。


 リリアーヌが心から愛しているのだから見守ろうなんてもう思わない。次は絶対にリリーを死なせないし、私が自分の手で彼女を幸せにする。

 

 三度目は必ず――。



――――――――――――――――――――


 私はパタリと日記を閉じた。

 

 この日記は物心ついた頃から父に毎日つけるようにと言われたものだ。公務の一貫だというから、今まで一日も欠かすことなく書いている。この日記のおかげで一度目の時戻りを経験したあと、姿父親のことも把握できた。


 時戻りの魔法は生涯一度だけ使える王家の秘術だが、発動するのには条件がいくつかある。


 絶対条件は、術者・被術者はどちらも王家の血が流れている者でなければならないということ。

 

 手順としては、

 ①術者の剣に魔力をこめる。

 ②その剣を使って術者の身体に傷をつけ、その血を被術者の口に含ませる。

 ③被術者が亡くなる前に術を完成させれば、被術者の命が尽きる瞬間に時戻りが成立する。

 というものだ。

 

 おまけのように、被術者は必ず術者の記憶を失うという副作用もある。

 

 一度目のときは父が術者となり、私の命を消費して時を遡ったので、私は父の記憶を全て失っていたのだ。

 細かく日記をつけていなければ、さぞ他人行儀な親子となっていたことだろうと思う。時戻りの弊害をフォローするために日記をつける習慣ができたのだろう。時を遡っても、日記の内容は消えていなかったから驚いたものだ。特殊な魔術が施されているらしい。

 一見なぜだかわからないような習慣にも意味はあるのだとそこで初めて納得したものだ。


――父には感謝しなければ。

 

 「このような術があるのならもっと早く教えてくれればよかったのに」と文句を言う私に、父は「だって、愛する息子に存在を忘れ去られるなんて、絶対に嫌だったんだ……!」と子どものような駄々をこねていたーーと日記にあった。

 日記に残していなければ、父親の深い愛情すら忘れたままだったかもしれない。


――結局は、私が最愛のリリアーヌを失ってあまりにも憔悴しているものだから、仕方なく教えることにしたのだと言っていたとも書いてあったな。


 私が疫病の特効薬を開発したことも大きな理由になったようだったが……。

 現に、一度目の人生で国民の三分の一の命を奪った疫病も、時戻り後は特効薬のレシピをもって事前に十分な対策ができたため、大きな問題にはならなかった。



 手にしていた日記を鍵のついた引き出しに片付け、クローゼットの中、特別な場所に飾られている剣を手に取る。明日使う予定なので、イアンが手入れをしてくれていた。豪奢な飾り剣はいつもより輝きを増しているように見えた。


――この剣も、単なるスヴェロフ王族の正装用の飾り剣だと思っていたからな。まあ、秘術さえ使わなければそれもあながち間違いじゃないけど。


 ただ、社交界では国王の子が立太子するときに必ず作製される、王太子の身分を象徴する剣だということが広く知られている。

 だから、以前これをリリーの家に忘れて帰ったときも、リリー自らが必死の形相で届けにきてくれたのだ。


――僕のこの剣はリリーとの思い出も作ってくれたから、それだけで僕には価値のある代物だ。もう飾りとしてしか使えないけど、一生大切にしよう。


 リリーと正式に婚約を結んだ日に、初めて王宮の僕の部屋を訪れるきっかけを作ってくれた剣だ。この剣を見るといつも鮮明にあの日のことを思い出すことができる。本来の用途で使ったときには、こんなに幸せな記憶を上書きできるなんて想像もしてなかった。だからこそ、僕にはとても価値のあるものになった。


――僕とリリーの縁を結んでくれてありがとう。


 本来の仕事を終えた豪奢な飾り剣をひと撫でして、元あった場所へと大切に戻した。



✳︎✳︎✳︎

 


「ああ〜。やっぱり……」


――実は時戻りをしたのはこれがだったなんて、かっこ悪くてリリーには言えないよなぁ……。


 私はそんなことを考え、ときどき唸りながらもリリーのもとへと向かう道を歩く。身につけているのは王族の正装。腰にはきちんとあの飾り剣もいている。

 

 発する言葉とは裏腹に、朝から顔はにやけっぱなし。支度を手伝ってくれたイアンにも「その顔はまずいです」と言われてしまう始末だ。


――だって、今日は夢にまで見た……。


「ルイ!」


 愛しい人の声が聞こえてきて、反射のようにそちらへと視線が向かう。その先には……。


――ああ。なんて美しいんだ。死んでよかった。いや、生きててよかった。ああもう、涙が……。


 もうすでに感動して泣きそうだ。


「もう、ルイったらまた泣きそうになってる!」


 リリーは笑って両手を伸ばし、温かく柔らかな手のひらで私の頬を包みこむ。美しく澄んだ瞳が私を捉え、薔薇色の唇が私の乾いた唇に重ねられる。

 情緒不安定になると、いつもこうして私を安心させてくれるリリーが愛おしくて仕方がない。


「待ちきれなくなって出てきちゃった。早くルイに会いたくて」


 そう言って腕の中に飛び込んできたリリーは、純白のウエディングドレス姿。私だけの天使。

 

 僕と同じく日記によって時戻り以前の事実も知っている父は、母と結託し、僕のために全力でリリーとの結婚を後押ししてくれた。おかげでリリーの学園卒業を待ちつつ、最速でこの日を迎えることができた。


 学園でもいつの間にかリリーは人気者になっていたので、もはや反対する者は誰もいない。

 イアンの婚約者たちが「オシカプ」の「布教」を頑張ってくれたおかげだとリリーは意味のわからない謙遜をしていた。だが、僕は純粋にリリーの人柄が評価されたのだとわかっている。だってリリー以上に素晴らしい女性などどこにもいないのだから。


 王太子妃教育もあったので、リリーはほとんど王宮に住んでいて、家にはたまにしか帰れなくなってしまった。弟のノアには随分目の敵にされてしまった。それでも僕がリリーの夫になることは認めてくれているようで嬉しい。

 

 僕は今日からリリーの夫になる。

 これからは一番近くでリリーを守っていくと誓う。

 

 そんな気持ちをこめて、愛しくて仕方ないリリーを見つめる。


「嬉しい。僕もリリーとは少しも離れていたくないから。これからずっと一緒にいてくれる?」

「はい。もちろんです!」


 彼女の前ではかっこ悪い姿ばかり見せてしまっているから、もう少しだけ――。


 日記の存在は秘密にしておこうと思う。

 ただ、これだけは断言できる。


 今日のページは、世界で一番美しい花嫁であるリリーを賞賛する言葉で埋め尽くされるに違いないと――。



Fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される 葵 遥菜 @HAROI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ