覚悟
あれから三ヵ月がたった。
カトレア・スカーレットは全ての罪を自供し、その結果修道院へと送られることが決定した。
当初は高位貴族ということを加味しても、事件の悪質さからもう少し重い処分が妥当とされていた。けれど、彼女の父親が必死で温情を願い出たのだ。
それによりスカーレット公爵家は一部の領地を国に返還し、侯爵へと降格することが決まった。また、現スカーレット公爵家当主は当然、この件の責任を取ってその座を退くことを求められ、後任には現当主の四親等以内の者が就くことが禁止された。これにより、スカーレット侯爵家は存続するものの、実質ほぼ他人の手に渡ることが決まった。なお、後任が決まるまではスカーレット侯爵領はスヴェロフ王家が預かることとなるのだという。
カトレアの修道院行きには監視役が同行することになっていて、人員はデューイ様が派遣するという話にまとまったようだ。術者よりも強い魔力の持ち主には精神操作系の魔術は効かないので、何が起きてもカトレアを抑え込める人員が送られるそうだ。本当は自分が名乗り出たかった、と研究熱心なデューイ様は残念そうに言っていたけれどーー。
それから、もし今後カトレアに自分の罪を認め、悔い改める様子が見られなければ、より残酷な手段がとられることが決まっている。猶予を設けられている間にぜひとも猛省することを願う。
シエンナは本来ならば極刑のはずだった。けれど、被害者である私がそれを望まなかったため、国外追放となることが一足先に決まっていた。身一つで国外へ放り出されるのだ。十分重い罰だろう。
「カトレアは、クラウスのことが本当に好きだったのですね……」
「婚約破棄の本当の理由を教えてやっても『そんなはずはない』の一点張りだったしね」
「カトレアの目にはクラウスが完璧な男性に見えていたのですね。ただの浮気男なのに……」
「うん。そんな男のためにどうしてリリーが苦しまなければならなかったのか……。彼女がしたことは決して許されることではない。その上『意図してやったことではない』と
「ルイ様は私よりもよっぽど怒ってくださっていましたものね。……私はもう十分です。おかげでルイ様を好きになって、これ以上ない幸せを手にできたのですから」
私とルイ様はカトレア・スカーレットの供述を振り返っていた。
もう自分の部屋のようにくつろげる空間になってしまったルイ様の部屋で。もちろん二人きり。
私は名実ともにルイナルド王太子殿下の婚約者となったので、私たちが二人きりでいることを咎める人は誰一人としていない。誰に遠慮する必要もないのだけれど……。
カトレア・スカーレットの事情聴取はルイ様の監視下でデューイ様が主体となって行われた。
当事者である私が参加することは反対されたが、私が無理を言って押し通した。彼女自身の口から語られる真実を聞くことができたので、そうしてよかったと思う。
「それにしても、闇の魔力って最強じゃないです?」
「『自白の魔術』な。僕も使えたらいいのにと心底思うよ」
デューイ様は豊富に持つ闇の魔力を利用し、多くの闇魔術を操ることができるという。カトレアが使ったような精神操作系の魔術の中でも最も有用なのが、真実しか語れなくなる「自白」の魔術なのだそうだ。
「デューイ様には隠しごとはできませんね……」
「使えるからこそ、ここぞという時にしか使わないようにしているようだけどね」
「多用すると人を信じられなくなるかもしれませんね……」
ちなみに、今回の件にはカトレアとシエンナしか関わっておらず、危惧していたフィドヘル王国との繋がりもなかった。フィドヘル王国で禁術指定されている魔術を、カトレアは我流で身につけてしまったということになる。彼女はやはり天性の才能を持っていたのかもしれない。
懸念事項については杞憂に終わったので、デューイ様は短期留学の期間を切り上げ、今日あっさりと帰っていった。
――まさか、ロザリア様を連れて帰ってしまわれるとは思わなかったけれど……。
デューイ様はスヴェロフ王国へ来る対価として、「王妃探し」をルイ様に要求していたそうだ。国内の貴族を娶るには問題があるので、スヴェロフ王国から連れて帰ろうと目論んでいたらしいのだ。
結局はロザリア様に本気で惚れてしまったデューイ様に、私も協力を惜しまなかった。
――ロザリア様ならきっと素敵な王妃様になられるわ。
私が微笑みながら考え込んでいると、隣に座っていたルイ様が、いつの間にか二人の間にあった距離を縮めていた。あっという間に私を腕の中にすっぽりと抱え込み、耳のすぐそばで囁いた。
「うん。僕はリリーの前では真実しか言ってないけどね?」
「はい。伝わっていますよ」
私は後ろから私のお腹に回されたルイ様の手の上に自分の手を重ねた。
ルイ様は私の肩に顎を置き、深く息をついた。吐息が首筋をかすめてくすぐったい。
「実は……話しておきたいことがある」
「……? なんでしょうか?」
思い出したくないだろうけど、ごめんね。そう断って、ルイ様は話し始めた。
「……時が戻る前、リリーが息を引き取るときに、クラウスとカトレアが何か話してたよね?」
「……はい」
「リリーは、その会話を聞いてショックを受けたようだった。……僕は遠くからリリーのそばまで駆け寄るところで、二人の会話の内容までは聞こえなかったんだが……」
「『リリアーヌがいっそ死んでくれればいいのに』と言っていました。それからカトレアに『すぐにでも君と婚約したい』と。クラウスが」
ルイ様は一瞬息を呑んで、言った。
「……それ、きっとカトレアに言わされた
「……そうか。精神操作……」
「多分ね。クラウスを
後ろを向いてルイ様の顔を見上げると、不安そうな瞳が私を映していた。
――私が、ちゃんと伝えられていなかったのね。
クラウスの本心がわかったところで、私の気持ちが変わることも、揺らぐことすらないのに。
たとえクラウスが私のことを好きだと思っていたのだとしても、それが私に伝わっていないのだから意味がない。
それに、彼が浮気をしたのは事実だ。私がそっけなくなって不安だったから仕方なかった、と言っていたが、私には仕方ないとは思えなかった。
――好きな人から「死んでくれればいいのに」って言われて、そのときはすごく傷ついたけれど……。
その傷はすでに癒えている。
――あなたのおかげで。
私が誰を想っていようと、何をしようと。
すべて肯定して、いつも私の味方でいてくれた。
私が知らない間もずっと。きっと時を遡る前からずっと。
――愛の大きさなんて比べるものじゃないかもしれないけれど。でも……私はルイ様が私に向けてくれる、狂おしいほど深い愛に溺れていたいから。
あのままクラウスと結婚していたとしても、ルイ様を愛し、ルイ様に愛されている今以上の幸せを得られたとは思えない。
だから、もう二度と他の誰かを選ぶことはない。
「ルイ様。愛しています」
そう伝えると、ルイ様は柔らかく微笑んでくれた。
――ずっと笑っていて。これから不安になる暇がないくらい想いを伝えるから。
「私は、これからもあなたと一緒にいられることが嬉しくて仕方がないのです」
私は、ありったけの思いを言葉に込めた。
「私の中はもうルイ様でいっぱいで、他の誰かが入れる隙間なんて一ミリもないんですよ。……だから、覚悟してくださいね」
――これから一生をかけて私に愛し抜かれることを。
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