第3話 約束を果たした彼女

 夜の8時を過ぎるとさすがにもう夜も更けてきた。俺は夕食を食べて風呂にも入り、ワックスで固めていた髪を綺麗に洗ってドライヤーで乾かして部屋に入ったその時だ。

 どこか視線を感じる。しかし俺は一人暮らしでこの部屋に俺以外の誰もいない。気のせいだろう、そう片付けようにもこのねっとりとした視線が無くなることはなくそれどころか強くなっている気がする。

 ふと今日じいさんの家から持ってきた肖像画が目に入る。相変わらず悲しそうな顔をした女性、桜さんがそこには描かれている。


「そういえばじいさんは肖像画から視線を感じたとか言ってたよな」


 肖像画から視線を感じるなんて馬鹿馬鹿しい、そう思いながらもどこかでこの肖像画から視線を感じている気がすると考えている自分がいる。

 なんだか気味が悪くなってきた、とにかく何かかぶせて明日早朝にじいさんの家に行ってこれを返してこよう。そう思いそこら辺にあったタオルを手にしたその時。

 バチッと音がして部屋の明かりが突然消える。


「なんだ、停電か?っうわああ!」


 俺は誰かに足首をつかまれた。なんだ、誰なんだ? 俺以外の誰もこの部屋にはいないはずなのに、なんでなんでなんで。俺はその手を振りほどこうとするが、思いのほか力が強くふりほどくどころか足を引っ張られて転んでしまった。

 何が起こったかわからずパニックになっている俺に、足首をつかんだそれは強い感情をぶつけるかのように言葉を投げていった。


『愛しているのに愛しているのに、なんであんな女と結婚したの? 一緒に幸せになるっていったじゃない、私を忘れないっていったじゃない。それなのにあなたは』


『好きよ好き好き好き好き好き愛しているわ、だから約束通り私と一緒に幸せになりましょう?』


 俺は足首から徐々に手が上の方に伸びていくのを感じた。やめろやめろやめろ! 何の話だ、俺はそんな約束していない!


「っはなせ! 誰かああああ!!」


 この場から逃げ出そうと這うようにしてドアがあるであろう方向に行き、なんとかドアまでたどり着くがドアが開かない。ガチャガチャと必死にドアノブを回すが開くことはない。

 そうこうしているうちにそれは自分の上にのしかかってきた。もうダメなのか、俺は死ぬのか? しかし女性は俺の前髪をあげた瞬間こう言い残して消えていった。


『違う』


 それが消えた瞬間、電気はついてそこには何もいなかった。俺は呆然としながらもゆっくりと身体を起こす。あれはいったい何だったんだ、夢か? そう思いながら自分の足首に目をやると、そこにはくっきりと細い手の跡が残っていた。

 それを見た瞬間背筋が寒くなり、とにかく誰でもいいから電話をかけて声を聞きたい! そう思った俺はベッドの上に置いてあったスマホを手に取り、友人に連絡を取ろうとした。その時母さんから電話がかかってきた。


「母さん! 俺さっきへんなことが起きて」


「そんなことより大変よ元希! おじいちゃんが」


 その知らせを受けた俺はすぐに車を走らせて母さんに言われた病院まで向かった。道中怖くて仕方がなかったが、それよりもすぐに向かわなくてはいけなかったのだ。

 母さんと父さんと合流してすぐに目的地である霊安室に向かう。そこには昼間元気そうにしていたじいさんが白い布を顔にかぶせられてそこにいた。


 医者によると、老人ホームの介護士の人がじいさんがいる部屋から変な物音がしたため見に行ったらすでに息がなかったらしい。人工呼吸など手は尽くしだが、結果はこれだそうだ。

 首元にある手の跡と死因が窒息死であることから事件性があるとして警察に連絡がいくことになった。俺も念のため事情聴取を受けることになったが、その前にじいさんの首にある手の跡を見せてもらった。

 その手の跡は俺の足首にある手の跡とそっくりだった。気味が悪い、何かの冗談だ。そう自分に言い聞かせて事情聴取が終わった後、俺はアパートまで車で帰った。


「ただいま」


 そう言って部屋に入ると、すぐにあの肖像画が目に入った。あの時はパニックになって目に入らなかったが、今はその肖像画に目を奪われた。だって、絵が変わっていたのだ。

 以前は黒い髪をお団子に結んだ女性が淡いピンク色の着物を着ていて、手を胸の前で握り悲しそうな顔をしてはずだ。それなのに今はその女性、桜さんは笑顔で誰かと手をつないでいる。

 手をつないでいる人の顔は描かれておらず、彼女とつながれている左手だけが描かれていた。だが俺はその左腕だけでも誰だかわかってしまった。だって、どう見てもあの古ぼけた腕時計をした左腕は___。

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彼女の未練は 宮川雨 @sumire12064

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