最終話 マスカレードは終わらない!
『それじゃ、今日はこれで終わり! ありがとうございました!』
《最高だった!》
《また待ってるぞ!》
《働く意味……見つかったな……!》
配信開始から1時間後、過去最高の大盛況を見せた『天野ツララ』のゲリラ配信は30万人を超える過去最高クラスの視聴者とともに幕を閉じた。
(この配信だけで登録者5万人増えてるんだけど……!?)
俺は配信終了後の画面を見ながら、心の中で戦慄する。5万人増加って頭おかしすぎるだろ……さすが大型新人Vtuberと呼ばれるのも頷ける。
「ふぅ、疲れた……ありがとう、爽馬くん。上手に……出来てた、かな?」
「うん。凄かったよ……色々と」
「なんでそんな怖がってるの?」
これなら本当にすぐに追いつかれてもおかしくない。俺ももっと配信を頑張らないとな……なんて思っていると、機材を脱いだ神凪さんが歩いてこちらに近づいてきた。
「あのさ、爽馬くん」
「……なに、急に改まって」
「あの……えっと、その…‥」
砂浜の上に座っている俺の前にかがみ込んだ神凪さんは、まだ配信の火照りが残っているのかやけに顔が赤い。何かを言おうとして言い淀んだ後にひとつ大きな息を吸い、乱れた髪を手で梳かした後にゆっくりと俺の手を取った。
「あのっ、さっきの話、なんだけど……」
「さっきのって……あっ」
……そういえば俺、告白したんだった。驚きやら恥ずかしさやらで頭の中から完全に抜けていたが……答えをまだ聞いていなかったな。
(でも、多分無理だよなぁ……)
忘れてはいけない。神凪さんはこれでも学校中のどんな男子にも靡かなかった『氷の人形』……色々と噂に尾ひれがついているのもあるが、高嶺の花なのは変わらない。
「……私、ちゃんと答えるのは、初めてで……その、なんて言えば良いか…‥分からないの」
(これ、遠回しにダメって言われてない……?)
語調から不穏な空気を感じとり、俺は心の中で少し落胆する。別に振られたからといって気持ちが変わることはないだろうけど心にくるのは事実だ。
「……だから。目、瞑って」
「……えっ?」
「話すのは、下手だから……恥ずかしいし、早く」
「は、はい……?」
俺は神凪さんに言われるがままに目を閉じる。両側の頬が神凪さんの手に包まれるのを感じ、驚いて目を開いてしまいそうになる。
「……ダメ、だよ?」
「ご、ごめんなさい……」
少し低めの声でそれを諭され、俺は堪えてよかったと安堵する。開いてたら多分本気で怒られていただろう。
(……何、されるんだ?)
心臓の鼓動が速くなる。俺の顔を包む手が熱くなっていくのを感じる。神凪さんの髪の毛が顔に当たり、すぐそこに彼女がいることを理解した。
(待て、いや待て! マジで何するつもりだ!?)
もしかして……まさか、だとしたら早くないか!? もし本当に
高鳴る鼓動を抑えながら、俺は来るその時を膨れ上がる期待と共に待つ。そして、次の瞬間────天に舞うような感触が全身に走った。いや、というか……
「それは、早すぎでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃっ!?」
「痛っっっった!?」
思いっきり髪を掴まれて、後ろに引っ張られている! マジで痛い! 多分何十本か髪抜けてる!! 神凪さんも驚いて飛び退いてしまったし……もうメチャクチャだ。
「雪月!? なんで、ここに……」
「はぁ、はぁ……電車乗り継いで来たんですよ! 先輩が心配で……そしたら……やっぱりアンタを先に行かせた私がバカだったわ!!」
「だからってこんな強引にする必要ある!?」
俺の後ろ髪を思いっきり引っ張った張本人は他でもない雪月だった。彼女の反応を見るあたり、恐らく神凪さんは俺の予想通りのことをしようとしていたのだろう。
「そういうことはもっと……その、段階踏んでやるもんでしょ! アンタもちゃんと止めなさいよ!」
「だからって今のは乱暴すぎない!?」
「えっと……2人とも……?」
いや、あの状況で神凪さんを止めろというのは流石に無理だと思う。せっかく最高のシチュエーションだったのに……
「まあまあ、2人とも落ち着いてよ。神凪さんも驚いてるし……雪月ちゃんも急に走っちゃったからボク驚いたもん」
「あぁ、日向も来てたのか……」
「それは……悪かったわよ」
顔を真っ赤にして俺を非難する言い争っていると後ろから日向もやってきて俺たち2人を宥める。格好がいつのまにか女子のものに戻っているが、いつ着替えたのだろうか?
「……ふふっ……本当に、来てくれたんだ。爽馬くんの、言った通り……だね」
そうやって話す俺たち3人を見て、神凪さんは静かに笑う。もうその顔には不安も、悲しさも、寂しさも残っておらず……いつも通りの、幸せそうな笑顔だった。
「当たり前じゃないですか……このケダモノに襲われてないか心配だったんですから」
「いやー、爽馬1人だったらやっぱり怖いからね」
「なんか辛辣じゃない?」
俺はなんでこんなにヘイトを買っているんだろうか。というか雪月に関しては1人で行けって言ってなかったか?
(……でもまあ、こっちも悪くないな)
結局、神凪さんからはっきりとした答えを得ることは出来なかったけど……俺はやっぱりこの雰囲気も好きだ。一度は諦めかけた景色が確かに目の前にあることに、俺は小さな感慨を覚えていた。
(これから色々あるだろうけど……今は考えなくてもいいか)
まだ引っ越しの話とか、雪月への弁明とかやらなければいけないことはある。それでも……今は、今だけはこの瞬間を噛み締めていたい。
「みんな、上、上! すっごく綺麗!」
この楽しい空間にいられることが嬉しかった。
「あれ、流れ星じゃない!? 何頼もうかしら……」
何気ないこんな会話が出来ることが幸せだった。
「爽馬くん、今度は……ちゃんと、答えるね」
「……うん、待ってるよ」
────今度は4人で星を見られて、本当に良かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「サムネ準備OK! 機材も点検OK! ボイチェンと覆面で顔バレの心配も0! 指差し確認ヨシ!」
それから1ヶ月後。俺はいつものように自分の机の前に座り、配信機材をセットして配信前の最終確認をしていた。どうやら3人はもう準備OKなようで、俺も『Vmotion』のコラボ配信モードをオンにする。
『すみません、ちょっと遅れちゃって!』
『まだ5分前ですし、大丈夫ですよ!』
『ボクは準備OK! アイちゃん、いつでも始めちゃって!』
画面に映るのは、『蒼井ハル』と『姫川りんご』。そして……
『えっと……私、混ざっていいんでしょうか』
『何言ってるの! ツララちゃんがいないと意味ないでしょ!』
『なんてったって、登録者100万人記念配信なんだし!』
『そう……ですよね! ありがとうございます!』
あの伝説の星降り配信から2週間、ついに登録者100万人を達成した『天野ツララ』のお祝い配信。全員の準備も出来たことだし、視聴者たちもみんな待っている。
(まさかこっちでも集まることになるなんてな)
神凪さんが日本に残ることが決まり、最近は4人でよく遊んでいたけど……やっぱり何かの縁ってやつだろうか、気づいたら
(……って、集中集中。ボロが出たらヤバいぞ)
おっと、いけない。今の俺はミツメアイ……そして、一緒に配信するのは3人の仲がいい配信者。ただそれだけだ。
『それじゃあ……始めよっか!』
配信開始ボタンを押した瞬間、画面に映った世界が一変する。虚構は現実に変わり、想像が実像となって形を成し────
(さあ……配信、開始だ!)
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