怪人のおんがえし

麻木香豆

1話完結

 ガルルルル……

 

 放課後のとある高校の校庭。なにか獣のような匂いが立ち込める。そして呻き声だが誰も気にせず下校していた。


 そこに一人の車椅子に座る生徒。彼は高校2年生、容姿端麗で女子生徒からも人気の伊集院圭佑。


 地元の大手企業の御曹司だが三男坊ともあり他の出来が良い長男や次男に比べると扱いは下の方であることは昔から変わらない。

 先日、部活動で大怪我をして一生歩けない体になりもちろん部活動も引退、付き合っていた恋人ともいざこざで別れてしまい絶望の淵にいた。モテてはいたものの高飛車ぶっていた彼には友達とも呼べる人や心から腹を割って話せる人なんぞいなかった。


 今ここにいるのも辞めた部活動のメンバーと口論をし大口を叩いて一人で出ていったものの校庭まで車椅子で一人たどり着くまでにも時間を要した。

 いつも電話一本で来るはずのお世話係も多忙ですぐ迎えにいけないとのこと。圭佑にはわかっていた。兄たちの仕事が忙しくなっているから自分のことはあと回しになっているのだと。



「あぁっ……」

 絶望の縁に追いやられた圭佑はさらに校庭の根っこに引っかかり車椅子ごと転倒してしまったのだ。運の悪いことに周りには誰もいない。上半身は動くのだが肘を打った。とことん運のない男だ。

 圭佑は自分を哀れに思った。


「いっつもなんで俺はこんな思いしなきゃだめなんだよ!」


 と地面に突っ伏していたそのときだった。



 ジャリジャリ……



 と誰かの足音。

「だ、誰か……助けてくれ……えぇ!」

 ようやく助けが来たかと思って見上げると……声を詰まらせた。人ではない。この世にいるものではない、顔が狼の男がそこに立っていた。

 顔はオオカミだがドス黒い体に鋭い爪のある手、体自体もとても大きい。大きな口には尖った牙、ベロが垂れさがっれ涎が垂れている。


「だ、だだだ誰だっ!」

「……私は怪人ザック、お前美味そうだな」

「美味そうって……何がだ! やめろ、俺はこの通り歩けない。そんな人間も食べるのか。いや待って、これは夢か? 夢だ……絶対に夢だ……」

 圭佑は負傷してない方の腕を使って逃げようとするが怪人ザックの恐ろしい目で睨みつけられて震えて逃げられない。


「お前のその弱った心、美味そうだ。俺の養分になる……喰わせろ」

「……なっ……な……」


 圭佑が声を発する前にザックは口を大きく開けたその瞬間であった。


「待てぇい!」

 何かが飛んできた。


「グヘェ!!!!」

 ザックの開けた口の中に大きな岩が投げ入れられた。圭佑が投げたわけではない。

 ザックはぐあぁああああと唸り、倒れ込んだ。圭佑は何事かと辺りを見回すとそこに見知らぬ2人が立っていた。しかしそのものも完全な人間ではなかった。

 全身タイツ、それぞれ赤と緑。ポーズを構える。


「あなたたちは!?」

 圭佑がそのものたちに聞く。


「僕たちはヨナオシジャー!」

「ヨナオシジャー?!」

「認定のスーパー戦隊だ」

「……戦隊がなんだか知らないけど助けてくれたのか?」

 圭佑は安堵する。緑色の全身タイツが駆け寄り車椅子ごと体を起こす。

 すると口の中に岩を入れられたザックが岩を吐き捨て唸り声を上げた。


「貴様ら! 前の時に倒したはずだったが……」

「ああ、あの時は負けた。でも僕らはもうあの時の僕らではない!」

 そう、一度ザックはヨナオシジャーを倒しているのだ。

「あんな雑魚みたいな戦隊……本当にらくだったなぁ。簡単だ、すぐに飲み込んで……」

 ザックはたじろぐ。


「てお前らには心の弱さがないっ!?」

 ヨナオシジャーのオーラには弱さや悲しみが全くないのだ。


「言ったろ、あの頃の僕らとは違うと……ファイヤーアタックだ!!!!!」


 といきなり炎の塊を投げつけられてザックは不意打ちで避けられずに当たった。


「ぐあぉあああ!!!」


 予想以上に痛いとザックは地面を転がる。

「まだまだ! アイスブロック!」

「ぬぐあぉああ」


 転がっていたザックに次は氷の山。悶え苦しんでいる。


「ヨナオシジャー、意外と残酷だな」

 圭佑は口を右に引き攣らせて見ていた。


「俺たちはあの頃のへっぽこではない!」

「もう、弱くなんかない!」

 ヨナオシジャーがそうザックに叫ぶ。ザックもなんとか痛い体を起こして立ち上がって笑った。


 だが体が痛すぎて必殺技を出す気力が出ない。ヨナオシジャーたちは何か気を溜めている。

 このままではまずい、と察知したザックはまた高笑いをした。

「ど、どうしたんだ?! 怪人ザック!」

「やられすぎておかしくなったか?!」

 ザックは首を横に振る。


「今日はここまでだ!」

 は?! という疑問系の空気がその場に流れる。しかもいつの間にか人だかりもできていた。

 こんな中で負けたら死んだらしたくない、ザックはそう思った。


「また、いつか!」

 と去っていった。


「待てー! くそ、逃した!」

「怪人ザックめ!」

 ヨナオシジャーはガッカリした。



 ※※※



 命からがらザックは森の奥まで逃げ切った。ゼーゼーと負傷しながらの逃走は相当な体力の消費だった。


「はぁ、ここまで来たなら大丈夫だ」

 回復をしたい、だがそれには養分=心の弱い人間、を食べることが必須だ。

 日頃の食事だけでは補えない、ザックにとっての命の養分だ。


「さっきのやつは絶対美味しかったろうに。不幸に不幸が重なってジューシー。それが俺の好みなんだよな。はぁ、そうじゃなくても養分さえあればまたあいつらと戦えるのだが……いたたた」

 相当傷が深いようだ。ザックはうずくまる。


「あのぉ」

 いきなり声をかけられたザック。振り返って誰も来られなさそうな森の奥で声をかけてきたのか確かめた。


 そこにはお腹の大きな20代後半くらいのボブヘアの女性が立っていた。いかにもウォーキング中、という格好である。


「大丈夫?」

「なにがだ!」

 と口を開けて大きな声でザックが喋っても女は驚かない。


「お前は怖くないのか? そしてなんでこんなところにいる!」

 詰め寄るとさすがに女は驚いて後ろに身を引く。手で大きなお腹を庇う。


「散歩よ。こないだの定期検診でお医者さんに歩きなさい、10000歩よ! って言われて歩いてたらここまで歩いちゃった」

「妊婦か……」

「そう、見た通り」

 女は微笑む。


「にしても一人で……こんな時間にだぞ。しかも暗い……」

 女はライトは持ってはいるが女一人で歩くのにはどう考えてもおかしいシチュエーションだ。その時女は顔を曇らせた。


「あ、そのね……仕事も忙しいからこんな時間になったの」


「にしても一人でだぞ。仕事もそんな大きなお腹でできるのか? 夫は?!」

 なぜか心配するザック。すると女は目線を下に逸らす。


「夫は私の女友達に唆されて蒸発しちゃった」

「唆された?! 蒸発?!」

 そのキーワードに過敏に反応するザック。


「ちょっと、静かな森だとより一層響くわ」

「すまん、つい……」


 女は涙を流した。

「大切な親友が夫を奪うだなんて。でもこのお腹の子供は大好きな夫との子供だから守っていかなきゃ」

 ふとザックは話を聞いてニヤニヤとしてしまう。さっきの唆された、蒸発というキーワードにも過敏に反応したのも女の深い悲しみ……自分の養分だ、と。


 しかしなぜか躊躇してしまう。女のお腹の中には子供が……と。だがそこで躊躇してはダメだ、という葛藤がザックの中で起きている。

「ううっ」

 傷はまだ痛む。

「もう、ほんとーに、大丈夫?」

 女は心配する。

「大丈夫、これくらい……うっ!」

 傷は化膿し始めていた。

「ほら、見せなさい! その傷」

 腕を掴まれたザック。怪我をしたところだ。


「……こんな怪我をして、すぐ消毒しないと」

 ザックは今が一番食べるにはいいチャンスだとさらに近づく。が。


 女が手を当てたところがいきなり光り、ザックは怯んだ。

「な、なんだ! 傷が治ってる!」

「少し深かったけど大丈夫……」

「ヒーラーか?! お前は」

 女は笑った。


「ヒーラー? わたしは菜穂子。ただ絆創膏貼っただけ」

 絆創膏? と言われてザックが傷口を見るとテープみたいなものが傷口を塞いでいた。


「お、お前は! こんな俺が怖くないのか? 手当てしてるうちに喰ってたかもしれんぞ!!」

 と大きな声を出すザック。だが菜穂子は怯まない。


「あら、襲おうとしたの? いやんなっちゃう」

 とあしらわれた。


「弟が特撮が好きでこういう怪人の写真や映像は見慣れてるから怖くないわ」

「特撮ぅ? なんじゃそりゃ。……まぁいいとしてその弟や、他の家族は?」

 するとまた菜穂子は悲しそうな顔をする。


「……弟も他の家族も5年前に事故で死んだわ」

 それを聞いたザックはより深い悲しみに養分が濃いものだと確信し、よだれが出る。


「私にはもう、親友と夫しかいなかった……なのに……」

 しかし涙を拭って菜穂子は目をキリッとさせた。


「でも私、弱ってる場合じゃないわ! この子を守らなきゃ!」

 ザックはこのまま悲しんでいてほしいと思ったが、話を聞いているうちにいたたまれなくなってしまったようである。彼もよだれを拭いた。

 そして自分の傷口を治してくれたお礼をしたくなった。今までこんな優しくされたことがなかったから尚更である。


「その、この……お礼をしたい」

 少し口籠もりながらザックが言うと菜穂子は笑った。


「お礼だなんて、別に大したこと……うっ!」

 菜穂子は急にかがみ込んだ。ザックは心配する。

「どうしたっ!」

「陣痛が……赤ちゃんが産まれてくる……」

「そりゃここまで歩いてたからだろ! 病院は?」

「どうしよ、まだ出産予定日まで二ヶ月……うっ!」

 ザックは初めての事態に困惑する。まさかこの力を使ったからか? といまだにザックは菜穂子をヒーラーと思っている。すると菜穂子が見つめている。


「今、お願いしていいかしら?」

「へっ?! も、も、も、もちろん!」

「私を病院に連れていって! うううっ」

 菜穂子は倒れ込んだ。ザックは抱えた。


「病院だな! わかった、行くぞ!」

「れいわグリーンフラワーベビー病院よ!」

「わかった! 長ったらしー名前だな!」

「でしょ、ここら辺にあった助産院が医者不足で合併して……。多分ここから三十分! 地図はここよ」

 と菜穂子はスマートフォンを渡すが地図の見方がわからないザックの頭の中ではダッシュでは間に合わないと推測した。

 テレポーテーションであれば間に合うのだが、それをするのに養分を要する。せっかく治してもらったのに……とザックは思ったのだが菜穂子が苦しんでいる。

 それを見たら迷っている場合でないと察した。

「よし、捕まってろ!」

「へ?」

「テレポーテーション!!!」



 ※※※



 ザックが叫ぶと菜穂子は声を上げる間も無く一瞬暗くなり、気づくと病院に着いていた。


「ついた! ありがとう……うっ」

 また菜穂子はうずくまる。歩けないようだ。


「歩けやしないのか?! ……あれしかないか?」

 ザックはまたかんがえた。だが今から使う技も養分を要する。だが苦しむ彼女を前につかわざるおえない。


「よし、捕まってろ!」

「はいっ!」

「ダッシュターボー!」

 一定距離を最高速度で駆け抜ける技をザックは使った。



ヒュン!


「着いた!」

 ザックは入ろうとした患者の前を遮って菜穂子を医師の前に座らせた。


「うわぁああ! なんじゃ君……いや、菜穂子くんではないか!」

 菜穂子よりも、ザックの存在に驚いた医師たちだが身寄りのない菜穂子を心配していた医師は慌てて彼女を横にする。


「菜穂子くん、まだ予定日まで二ヶ月だが……他にも疾病があって気にしてはいたんだ」

「疾病?!」

 また養分と結びつけてしまうザック。

「声がでかい。体重増加が異常でな……それよりも君は誰だ!」


 ザックはギクッとする。見た目で驚く一般人に久しぶりに会ったからでもあるが。


「その……」

 しどろもどろに返答できないザック。

「私をここまで運んでくれたんです!」

「そうか……だ、大丈夫かね?」

 やはり心配する医師たち。


「彼女をなんとかしてくれ!」

「ま、まぁ……あとはこっちに任せておきなさい」

 ザックは息が荒くなってるのに気づいた。養分がやはり減っている。

「あとは何かしてほしいことないか?」

「……あと?」

「まだ足りぬ、もっとなにかしてやりたい!」

 なぜかザックは前のめりになる。やはり養分が足りないようだ。

 菜穂子は困った顔してポケットから写真を取り出した。

「誰だ、この二人は」

 男女二人が写った写真。

「夫……真司と親友よ。夫を見つけてここまで連れてきて!」

 菜穂子は涙を流す。


「今っ?!」

「だってさっきテレポーテーションにダッシュなんたらってやつ使ったからできるかなぁって……うっ!」

 また菜穂子は苦しむ。ザックは慌てて

「わかった! 見つけてくる!」

「え、冗談で言ったのに!」

 ザックは写真を額に当てて念じた。その念じた相手の場所につける技だがもちろんこれも養分を要する。


「サーチ!」

 光ってその場から消えたザック。みんなあっけに取られてる。



 ※※※


 そしてザックはとある夜の繁華街についた。

「ここか、どこにいるんだ?」

 キョロキョロ見渡すがカップルが何組か腕を組んで歩いている。


 するととある二人が目の前をよぎる。

「ねぇーここのホテルがいいな」

「ええっ、ちょっと高いよ」

「いいじゃーん、素敵な部屋よ」

 ザックは察知した。


「見つけたぞぉおおおおお!」

「うわぁああああ化け物だ!」

 男の方……菜穂子の夫、真司は腰を抜かした。

「やだぁ、この辺のキャバクラの客引きの着ぐるみじゃないの?」

 女は顔を歪めてる。


「化け物でも着ぐるみでもない! 怪人だぁあああああ!」

 そう叫ぶと周りのカップルたちは逃げ惑う。二人も逃げようとしたがザックが二人を捕まえる。

「人の男を唆して!」

「唆してないもんーだってー」

「言い訳するな!!!」

 ザックは口をシャー!!! と開ける。ザックは一目見てその女の違和感を感じた。ザックを見ても何事もないように扱う。


「しかも人間に化けて!」

「ちっ、同じ怪人同士同業者はわかってしまうか!」

 と舌打ちした女。そう、菜穂子の親友の正体は……。



「男たらし怪人マジャールだ!」

 ザックが言う前に聞き覚えのある声がそう答えた。


「誰だっ!」

 振り返るとこれまた見覚えのある二人。


「ヨナオシジャー!」

 そして目の前にいた女は怪人マジャールの姿になった。とてもおぞましい姿に真司はガクガクと震える。

「えっ、なになに?」

「そっちの狼みたいなやつは弱い心の持ち主を、そっちの女狐みたいなやつは男の性欲を養分として喰って強くなる怪人なんだ!」

 ヨナオシジャーがそう解説する。


「そんなぁ、僕ら会って5年目だろ?」

 するとザックは写真を真司に見せた。

「この頃に比べてだいぶ痩せたな。お前は確実に養分吸われてるな、この醜い女狐に」

「……よ、養分」


 確かに一般男性に比べると痩せ細っている真司。

「妻よりも気が利いてセクシーで……誘いに拒否をしないいい女だったのに。そういうことだったのか!」


 その真司の言葉にザックはため息をついた。

「菜穂子という素敵な妻がいるのに……いや、妻と子供が」

「え? 子供?!」

「知らなかったのか……」

「知りませんでした……ううう」

 泣き崩れる真司。

「そこで泣くな! お前は父親になるんだろ! もうすぐ生まれる、今から行くぞ!」

「行く?! えっ!」

 ザックは真司を掴んで叫んだ。


「テレポーテーション!!!」


 二人はその場から消えた。

「くそ! ザックめ!」

 マジャールは追いかけられなかった。しかしそこにはヨナオシジャーが残っていた。


「ちょうどよかった! 力は有り余っている」

「一発で仕留めるぞ!」

 ヨナオシジャーは二人がかりでマジャールに攻撃した。


「いやぁあああああああああ!!!」

 マジャールの叫び声は夜の繁華街に響いた。




 ※※※


 そのころ病院に戻ったザックは真司を連れて菜穂子の病室の前に着く。

「間に合ったか」

 真司はなにがなんだか、という顔だ。


「僕はどんな顔して妻に会えば……」

 ザックの中では菜穂子を裏切った男だからコテンパンにしたいところだが、彼女が会いたいほど探してる相手であるからそれはやめた。

「今は菜穂子さんは大切な時期だ。謝罪をしてあれこれ言わないほうがいいだろう。落ち着いたら信用を取り戻すよう努めるが良い」

 ザックはそう言うがやはり真司は便りなさげである。一瞬の気の緩みと欲に眩んだ情けない男の姿である。


「……写真の頃よりもだいぶ痩せちまったから菜穂子さんもびっくりするだろう。よし、これも彼女への恩返しだ」

 とザックは拳を握った。




 ※※※


 その頃病室の中では医師と菜穂子がいた。

 明日の朝、また診察をする。どうやら陣痛でなくてお腹の張りだったようだ。歩き過ぎが原因だったらしい。

 医師はもう寝なさい、と声をかけられ菜穂子は頷く。しかしそう簡単に眠れなかった。


「……怪人さんに無茶振りしちゃったかなー」

 ふとザックのことを思い出す。実はフラフラと夜道の中、死を覚悟していた。もう一人、絶望を感じていた。でもザックと出会い、なおかつお腹の中の子の存在……菜穂子を気持ちをとどめた。


「菜穂子ちゃん!」

「その声は……」

 ガラッとドアが開いた。そこには5年前みたいに丸々肥えた真司が立っていた。男にとっては肥えていたからの姿は嫌だったせいかあまり浮かない顔をしているように見える。

 蒸発する前はもう少し痩せていたが昔のような姿に戻っている彼を菜穂子は見てびっくりした。


「菜穂子ちゃーん!! 僕がいけなかったんだ、ごめんなさい」

「あなた! まさか……怪人さんが?」

 真司が頷く。

「怪人さんはどこ?!」

「えっ……そ、外に! どいて!」

「菜穂子ちゃん、安静にしてないと」

 菜穂子は点滴を外して外に出ようとする。


「あんたみたいな浮気者、信じられないっ!」

「菜穂子ちゃーん!」


 とドアを閉めて出ていった。



 ※※※

 少し遠くのベンチにザックは座っていた。それを菜穂子は見つけた。真夜中というのもあって周りに人はいない。


 ザックは腰掛けたまま、俯いている。菜穂子は近づいて声をかける。

「まさか……ザック……私が無茶振りしたから?」

 と喋ってもザックは答えない。


「もう私はあんな夫は捨ててあなたと一緒にいたいと思ったのに。死んでしまったの? 実は怖くなかったのもね、一目惚れしたからなの……怪人に一目惚れって、変でしょ?」

 菜穂子は一人笑う。


「あなたも失って……はぁ、私どうすればいいの?」


 涙が溢れる。


 すると死んだと思ったザックが動いた。


「えっ……」

 菜穂子は驚いた。少しホッとした。

「……?」



 ザックが大きな口を開いた。


「その不幸、養分としていただきますっ!!!!」


 ザックは待っていた。

 菜穂子の不幸のミルフィーユをわざと積みに積み重ねて腹ペコな自分のお腹にたんまりと味わうために。



 終

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怪人のおんがえし 麻木香豆 @hacchi3dayo

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