神の木

クロノヒョウ

第1話



 二年生の頃、僕たちのクラスにルイちゃんは転校生としてやってきた。


 ルイちゃんは少し変わっていて、おとなしくておっとりしていてぼーっとしていたからよく先生に怒られていた。


 そんなだからみんなにからかわれていた。


 でもルイちゃんはいつもいつも笑顔だった。


 席が隣だった僕はそんなルイちゃんが心配だった。


「ルイちゃん大丈夫?」


「うん、大丈夫。ありがと」


 そう言って笑うルイちゃん。


 僕は親友のマモルくんとケンくんに相談した。


「ねえ、ルイちゃんも仲間に入れていい?」


 僕がそう言うと、早速マモルくんはルイちゃんに話しかけてくれた。


「ルイちゃん今から皆で俺んちに行くけどくる?」


 マモルくんは優しい。


「ゲーム出来る?」


 ケンくんも優しい。


「ゲーム、やったことない」


 ルイちゃんがそう言って笑う。


「じゃあ僕が教えてあげる」


「うん!」


 嬉しそうにするルイちゃん。


 僕たちは何だかうかれながらマモルくんの家に行った。


 僕はルイちゃんにゲームのやり方を教えようとした。


 一対一で格闘するゲームだ。


「ダメ。これはダメ」


 でもルイちゃんはコントローラーを床に置いた。


「どうしたのルイちゃん。何がダメ?」


 僕が聞くとルイちゃんはうつ向いた。


「人を傷付けちゃダメ。人間はすぐ人を傷付ける」


 いつも笑顔のルイちゃんが悲しそうな顔をしていた。


「ルイちゃん、これはゲームだよ。本当に人を傷付けたりしないよ?」


「そうだよ。人を殴ったりしたら警察に捕まるからな」


「でも、ダメ」


「わかった。……じゃあおやつにしようぜ」


「そうだね」


 マモルくんが気をつかってくれた。


 僕たちはマモルくんが用意してくれたお菓子の袋をいくつも開けてテーブルに広げた。


「わあー」


 ルイちゃんに笑顔が戻った。


「食べて、いいの?」


「もちろん」


 ルイちゃんは「いただきます」と言ってスナック菓子を口に入れた。


「……おいしい」


「はは、初めて食べたような顔だな」


「うん。初めて食べた」


「え?」

「マジで?」


「うん。私の星にはない」


 僕たち三人は顔を見合わせた。


「ねえルイちゃん。さっきからルイちゃんが言ってることって」

「人間とか、星とか」

「ルイちゃんって天然?」

「天然とは違うだろ。妄想?」

「ルイちゃんの妄想?」


 僕たちが次々に聞くとルイちゃんは笑顔で答えた。


「わからないけど、遠いお空のお星様から来たの」


「は?」

「マジか」

「本当?」


「うん」


「え、よくわかんねえ」

「じゃあルイちゃんって宇宙人?」

「ねえルイちゃん、どういうこと?」


「パパとママが地球でお仕事するって。人間にバレないうちにすぐ帰る」


「仕事って、何?」


「わからない」


 僕たちはまた顔を見合わせた。


「なんかよくわかんねえけど、これは俺たちだけの秘密だぞ」


「うん」

「わかった」

「秘密だ」


「絶対に誰にも言うなよ」


 マモルくんがそう言うと僕たちは何度も頷いた。


 三日後、ルイちゃんは姿を消した。


 学校や先生は大慌てだった。


 突然行方不明になった一家。


 僕たちは何度も先生に呼び出されたが三人とも何も知らないと首を横にふるだけだった。


 あれから僕たちはちゃんとルイちゃんとお別れをした。


 ルイちゃんは僕たちと遊んだことを喜んでくれていて、絶対に忘れないと言ってくれた。


 そして僕たちは絶対に人を傷付けないとルイちゃんと約束をした。


 結局ルイちゃんの両親の記録や痕跡はどこにもなく、ルイちゃんのことはいつの間にか学校の七不思議となった。



 そして十年後の今、朝起きるとあるニュースが目に飛び込んできた。


 世界中のいたる所で突如見たこともないほどの大きな木が生えてきたというのだった。


 僕はすぐに外を見た。


 視界に入るだけでも十本以上の大木が高層ビルの間をすり抜けるように、しかもビルよりも遥かに高くそびえ立っていた。


 話しによるとその木が芽を出したのは十年前だそうだ。


 木は一夜にして巨大な大木へと成長したという。


 (ルイちゃん……)


 僕はまさかと思いながらテレビのニュースをずっと眺めていた。


 巨大な大木のおかげか地球の空気が綺麗になったらしい。


 温暖化が治まり過ごしやすくなったために電力の使用量も減っているそうだ。


 有識者はそんな大木を神の木とよんでいた。


 ところが突然キャスターの顔色が変わった。


 ある国の神の木が人々を食べているというのだ。


 映像が切り替わった。


 その国はちょうど戦争を始めた国だった。


 神の木の枝はしなり、自由自在に伸縮しながら人々をさらっては葉っぱに食べさせていた。


 真っ赤に染まった神の木はとても美しかった。


 (人を傷付けちゃダメ)


 あの時のルイちゃんの言葉がよみがえる。


 キャスターは恐怖に怯えた顔をしながらこれは悪魔の木だとつぶやいた。


 いや、そうじゃない。


 この木は人間に人を傷付けるのをやめさせようとしているんだ。


 地球を、人間を守ろうとしてくれているんだ。


 この木は間違いなく神の木だ。


 僕は心の中でそう叫んだ。


 人が居なくなった国。


 そこに残されたのはただ静かに美しくそびえ立つ神の木たちだった。




           完





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神の木 クロノヒョウ @kurono-hyo

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