第25話
北へと向かう馬車の中
「ふん♪ふふ〜ん♪ふふ〜ん♪」
普段なら物静かな集団だが、一人の可愛らしい存在が混じるだけで一気に場が華やかに変貌していた。
「随分と楽しそうだな」
「だってお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に遊べるんだもん。楽しいに決まってるじゃん」
「遊びに行くわけじゃないからな」
「はーい」
リリアは不貞腐れたような返事をするが、すぐにパァッと花開いたように笑う。
「何読んでるのカナお姉ちゃん」
「魔族に関するこれまでの情報よ」
「この分厚いの全部?」
「ええ」
「ふ〜ん」
リリアはジロジロと本の山を見る。
ページを開くのではなく、本のタイトルを確認するかのような仕草はなんだが違和感を感じた。
そしてその理由は直ぐに判明する。
「カナお姉ちゃん、これを読んでもあまり収穫はないと思うよ」
「どうして?」
「だってここの本読んだことあるけど、大したことは書いてなかったから」
「読んだ?ここにあるもの全て?」
「うん」
さも当然かのように頷くリリア。
さすがは天才少女。
小さな時から閉じ籠り気味だったあの子にとって、これらのコアな書物ですら見知ったもののわけだ。
「さすがチートキャラだ」
「チート?お兄ちゃんチートって何?」
「ん?あーチートってのはリリアの能力みたいなもんだよ」
「……え?」
キョトンとした顔をするリリア。
その姿は大変愛らしいが、それ程驚かせることを言っただろうか?
「だってリリアと俺らは……ん?待てよ?」
「あ」
リリアは慌てた様子で俺の前に立ち
「仲間、だよね?」
「あ、ああ、そうだな。……今、俺何を話そうとしてたんだっけ?」
「魔族のことでしょ?シェイドお兄ちゃんしっかりしてよ」
「そう……だったな。悪い、あんまり二人と違って記憶力はいい方じゃないからな」
「気を付けてね」
そう言ってリリアは少し疲れたと離れた場所に座る。
勝手に騒いで勝手に疲れたとは自由だなと思ったが、ある意味で子供らしい。
10歳の子供にしてはむしろ大人び過ぎている方だ。
「何でリリアの能力を知って……でもこれ以上踏み込むと能力が効かないし……」
ブツブツと念仏か何かを唱え始めたリリアを無視し、俺はカナの方に寄る。
「で?意味ないと言われたがどうするんだ?」
「しょうがないから元々読んでいた本の続きでも見るわ。あの子が嘘をついているとは思えないし」
「そうか」
カナもリリアに対しては俺と違って寛大な様子を見せていることに安心する。
元々カナは村でもパールを可愛がっていたし、多分だけど小さい女の子が好きなんだろう。
個性だらけの連中ばかりだから仲間にしたとしても大変そうと思っていたが、これなら暫くは安心だな。
暫くだけど……
「それにしても一週間か……暇だな。原作知識でも書き出そうかな?」
「やめておいた方がいいわ。シェイドの知識は下手に世に出たら一貫の終わりよ」
「……だよなー」
「原作知識?また知らない言葉……」
お気楽に本を読むカナ、ボケーっと外を眺める俺、そして分かりやすく何か悩んでいるリリア。
こうして俺達の長旅は平穏に過ぎ去っていくのだった。
◇◆◇◆
「おはよう御座います」
「……聖!!お、おはようございます!!」
「ふふ、今日もお元気そうで何よりです」
オースは慌てた様子で汗を拭き取る。
セレンの前で少しでも見栄えを良くしようとしたのだが、幸か不幸かセレンにはその姿を見ることは叶わない。
そもそも
(汗ってなんだかエッチですよね)
相手が性女の時点で常識は通じないのである。
「な、何故こちらに?」
「最近オース様は根を詰めすぎているとお聞きしたので、気分転換にお話しでもと思ったのですが……ご迷惑だったでしょうか?」
「い、いえ!!全然問題ありません!!」
「それならよかったです」
一人でに車椅子が動き、近くにあったベンチの横で止まる。
「どうぞ、お隣に」
「あ、は、はい」
オースはどうやって車椅子が動いたのか気になったが、セレンと喋れるという状況を前に些細なことだと忘れることにした。
「し、失礼しましゅ!!」
「ふふ、相変わらずカチカチですね」
「あはは、お恥ずかしい」
確かに相変わらずすれ違う二人。
「聖剣には慣れてきましたか?」
「実は……まだまだダメそうです。聖剣は僕に応えてくれようという思いが伝わってくるんですが、僕がまだまだ扱いきれず……」
「なるほど」
セレンは考える仕草を取る。
オースはただその様子をポケーっと眺める。
「……ま、大丈夫でしょうね」
「大丈夫……とは?」
「いえ、元来聖剣を扱うというのは一朝一夕で出来ることではありません。特に、力の強いもの程その過程は更に甚大。つまりですね」
セレンは笑顔を向け
「あまり焦り過ぎず、これからも頑張って下さい」
「は、はい、ありがとうございます……」
正直セレンの笑顔に目が行き話をあまり聞いていなかったオースだが、僅かに肩の荷が降りたのを感じ取った。
「……では」
「あ」
オースは珍しく察する。
セレンが目的を達し、帰ろうとしている事実に。
何か話題を出さなければこの至福の時間が終わってしまう。
オースはその頭をこ回転させ、とある噂話を思い出す。
「そ、そういえばなんですけど!!」
「は、はい」
「第四王女様が失踪したという話は本当なんですか?」
「そのことですか」
セレンがまだ話を続けてくれる様子に、オースは自分自身を全力で褒めてやった。
「オース様はあの子のことをどこまでご存知に?」
「え、え〜と」
オースの歯切れが悪くなる。
「構いませんよ」
「ですが……」
「むしろ、そう言った方があの子は喜びますし」
「?よく分かりませんが、僕の場合はただ噂を聞いただけなんですが」
オースは語る。
第四王女リリアは歴代の王族の中でも群を抜いて気性が荒く、その見た目は醜悪で、赤子以下の知能を持つとされる最悪の存在。
心優しい父(笑)である王は、そんな娘をあくまで同じ子供として大切に今も暮らしているそう。
「という話を少々……」
「……」
「ど、どうかしたんですか?」
「い、いえ、ふふ、あまりにも面白い話でつい……」
オースは笑っているセレンの姿を見て、酷く動揺した。
好意的な相手が笑うことはオースにとっては天上の喜びとなるだろう。
実際、オースは村ではルナを笑わせることが大好きだった。
だが、今目の前の女の子は違う。
お腹を抱えて笑う度、その表情は歪む。
それは痛みに耐えているものだ。
ただ笑うという動作一つ、それだけで体が痛みを全身に蔓延させる。
魔王の呪いとまではいかずとも、オースはセレンの体が蝕まれていることを知っていた。
だからこそ歯がゆい。
何も出来ない自分がである。
聖剣は凶器だ。
いくら勇者といえど、暴走する聖剣を扱うことが出来ずに外に、ましてや人々のいる場所に行くことは叶わない。
一秒でも長くこの武器に慣れる時間が欲しい。
だが、オースだって人間だ。
この一瞬の束の間の癒しを求めてしまうことを許さなければ、壊れてしまうと自身でも分かっているのだ。
「結局、王女様は本当にそのような方なんですか?」
「そう……ですね。これは言っていいのでしょうか?……まぁ、ダメなら邪魔してきますし大丈夫でしょうか」
セレンは「これは秘密ですよ」と小悪魔のような笑顔を浮かべとある少女の話を語る。
「あの子が歴代で最も気性が荒いという話は……ある意味正解ですね。態度の変化が大きいと言いますか、好き嫌いがハッキリしてるタイプなんですよね」
「それは子供なら当たり前では?」
「子供……子供ですか……」
セレンは遠い目をする。
「実際にあの子に会って、同じ言葉を一体この世界で何人の人が言えるのでしょうか」
「何の話です?」
「……」
セレンは悲しさを吐露する。
「天才というのは、時に疎外感を覚えてしまうものです。勇者であるオース様にも心当たりがあるのでは?」
「僕は……」
心当たりならあった。
オースは小さな頃から村で一番強かった。
時が経てばその差はどんどん大きくなり、いつしか戦う相手はいなくなる。
同じ環境、同じ年のルナですら自分には遠く及ばない現実に、オースは確かな寂しさを覚えていた。
だが、最近は自分よりも強い存在を知り、その孤独は和らいでいた。
しかし、悲しいことに彼女は違った。
「リリアの才能は予想以上でした。しかも私やアイギス、オース様とは別のベクトルで」
圧倒的な力には、多大な全能感と責任感を伴う。
アイギスの場合は守ることで責任を果たす。
セレンの場合は生い先短い人生であることで全能感を打ち消す。
目的が見えなければ、その個人が抱えるには大きすぎる力は凶器へと変わる。
「あの子は色々としてきました。天才と持て囃されることも、英雄と呼ばれることも、それをまだ10年も生きていない少女が成し遂げました」
「……では何故、王女様の評価は今のような……その……」
「簡単ですよ。見限ったんです」
「見限る?」
「……はい」
ある日、天才となったリリアは未来に国を案じた。
だから人々の生活がより良いものになる為に様々な政策を行い、見事失敗した。
理由は甘い汁を啜ろうとする人間が多過ぎたからだ。
ある日、リリアは英雄となった。
決して強いとは言えないが、その指揮能力と特殊な力で数多くの魔族や魔物を打ち破った。
なんとか強敵との戦いに勝利し、帰国したリリアの耳に入った言葉は
「次だ」
期待という名の束縛であった。
ある日、リリアは絶世の美女となった。
民衆を相手にする為には、技術や力ではなく心を動かす力が大事だと気付いたのだ。
そして内戦は起きた。
リリアを我が物にしようと人々は争った。
ある日、リリアは暴君となった。
初めて順調に事が進んだ。
リリアは戸惑った。
何が正解で、何が間違っているのか分からなくなったのだ。
結局、とある騎士と聖女の助言により圧政は消え去った。
だが、その名残は未だに残り続けている。
「……」
オースは息を呑んだ。
何か言わなければと口を開くが、言葉が出ない。
村で一番強いからと、勇者だからと平然と考えていた自分が恥ずかしくなるくらい、セレンの口から出た事実は重くて苦しいものであった。
「僕は……」
オースの言葉を止めるように、セレンは首を横に振る。
「あまり気にしない方が良いかと。あの子は賢過ぎますから」
「……どうにか、ならないんですか」
「残念ながら、私にはあの子を救う手立てがありません。私達は幸福なことに、力の使い所を知っているのですから」
「……」
「でも」
とセレンは続ける。
「もし、あの子以上の才能……もしくは、あの子を心から認めてくれる存在が現れた時」
セレンは希望を抱く。
「あの子は本当の意味で救われるかもですね」
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真面目なセレン怖
チート主人公に殺される咬ませ犬に転生したので、チートキャラを集めて返り討ちにしたいと思います @NEET0Tk
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